<おまけ>3.5話『戯』
キヨがカガミの寝所に入り、初めて『本当の姿』で顔合わせを終えた後の事ー。
キヨは浴場の脱衣所にいた。
官女の手を借りてある支度をしている。
湯釜のある別室から漂って来る湯の蒸気のお陰で、脱衣所の中は暖かい。
キヨは着物を脱ぎ終わり、肌小袖(肌着)の帯紐に手を掛けるが、そのまま動きを止めてしまった。
俯き、浮かない顔をしている。
(さっき、カガミ様の寝所で押し倒された時は食べられると思っていたから『そんな気』にはなっていなかったけど……。
改めて浴室に呼ばれたのなら、今度は本当に体を……。)
蛇のカガミにどのように操を奪われるのか不安だった。
人間との行為とは違うのは確かだ。手足が無い分、肉を掴まれたり、複雑な事はしないだろう。
寝所では長い体を巻き付けて撫でられたが、あのまま続けていたらどんな事をしてきたのか想像が付かない。
(普通の蛇なら雄と雌で絡み合って、しめ縄のようになっているのは見た事があるのだけど……。
その……人間で言う『肉棒』が何処にあるのか、それをどうしてるのか全然分からない。
いやそもそも、まだ夫婦の契りを交わすと決まった訳では無いのだから……。私は何て事を考えているのだろう……。)
チロチロと出す舌。変わらぬ表情。ゆっくりと柔軟にくねる長い体。キヨには分からない蛇の生殖器。
それを駆使して、どうするのか。
色々想像したせいで、キヨは自分の顔や体が熱くなっていくのを感じた。
「あのー、奥様?」
「は、はいっ!」
官女に呼ばれ、キヨは我に返った。
顔が益々赤くなる。
「な、何でしょう?」
「奥様は夫婦の契りをどの様に交わすか存じていますでしょうか?」
「……!」
恥ずかしさでキヨの喉がキュッと締まり、声が出せなくなる。
「いえ、人間達がお嫁様としてカガミ様の元にお届けしたのですから、生娘のお体である事はお間違い無いかと思いますが……。
体の作りは違えど、少しでも知っている方がよりお楽しみ頂けるかと。」
キヨは呼吸をどうにか整え、小声で答える。
「大体は、村で教えて貰ってます……。」
「そうですか。そうですか。」
官女はキヨのうぶな反応に、含み笑いをする。
「……主様、今回は凄くお楽しみになられるかも。」
「え……?!」
意味有りげな言葉を聞いて、必死そうに聞き返すキヨ。
「主様、普段は蛇だから感情に乏しくて何を考えてるか分からないようなお方ですけど、結構お茶目と言いますか、奥様みたいな素直な娘に悪戯するの好きなんですよね。
ほら、最初に御寝所に呼んだ時も、自分の姿の事とか何も詳しい事は言わずに急に『本当のお姿』になられて、奥様をビックリさせていたでしょう?
あれ、多分奥様のびっくりする姿が見たくてやってた節もあるんですよね……。」
つまり官女は覗き見していたことになる。しかし、キヨにとっては今はそこはどうでも良かった。
「そ、そんな。」
「それに、そのまま奥様に巻き付いて体を弄ってから満足そうな感じでしたから、お体の方も結構お気に召していたかも……。
だから、あのまま奥様が取り乱さなかったら、もしかするとそのまま続けて『契り』を……。」
官女は口に手を当てそれ以上言うのを止めた。
キヨが自分の身を小さく抱いて、のぼせた顔をしていたからだ。
「まあ、兎に角ですね。
今回のお戯れも、カガミ様が我慢し切れなかった場合、もしかしたら早くも奥様の『貞操』を奪ってしまわれるかも……と言う事です。それをお覚悟上で臨まれた方が宜しいかと。」
「わ、分かりました。」
キヨは変な声が出そうなのを堪えて返事した。
顔が熱くて、頭の中は混沌で満ちて冷静な思考は不可能になっていた。
***
数分後ー。
キヨは結局、肌小袖の姿のまま浴場へ足を踏み入れた。
屏風に囲まれた浴室は湯気で満ちていた。部屋の床や柱には漆が塗られ黒光りしており、金箔が貼られた屏風には天女や動植物が細密かつ色鮮やかに描かれ、大変豪華な内装であった。
湯気は部屋の中央の床に埋め込まれたひょうたん型の湯釜から立っており、湯には梅やギョリュウバイ、桃の花などが浮いている。
蛇のカガミは池にも似た湯釜の中を泳いでいる。
蛇故に、温かい場所や水辺が好きなようだ。
気持ち良さそうにスイスイと泳ぐその姿は、白龍が水と戯れているようで優雅だった。
「お、遅くなって申し訳ございません。」
キヨはその場に伏せる。
その頬は赤く、動悸が止まらないせいか声が震えている。
「うん。
早く入ると良い。花も綺麗だし、体が温まる。」
カガミは抑揚のない声でゆっくりと話す。
「お、お邪魔します……。」
キヨは裾を膝まで捲り、湯釜の縁に腰掛けた。
湯の中に通した足は、爪先の方から温かさが伝わり、緊張を和らげてくれた。
そこへ、カガミが寄ってくる。
水面から顔を出したまま、ゆっくりとその身をくねらせ、キヨの足元まで来る。
そして首をもたげ、キヨの膝の上の手に口先や下顎を着ける。
その触感は湯のせいで湿っており、少し温かい。
カガミはそのままキヨの手や膝に擦り寄る。
キヨはその仕草が犬や猫のように思え、可愛らしいと感じた。
キヨは少し緊張を解いて、手の平を上にして広げる。
それを合図に、カガミはキヨの膝に体の半分を登らせた。
カガミはキヨの目線に合わせてその身をもたげる。
キヨはまだ少し緊張を残しながらも、照れた顔で薄く微笑む。それに対し、カガミはただじっとキヨの方を向いて静止している。
暫くし、カガミはキヨの鎖骨や胸元に口先や下顎を擦り付け始めた。
甘えているかのような仕草に、キヨは少し戸惑いながらもカガミの頭や背中を撫でてやった。くすぐったさを感じ、また胸の鼓動が早くなる。
肌小袖の襟元が崩れて広がり、段々と肌が見えるようになる。
着崩れて素肌が見え始めた胸元や谷間を、カガミの口や下顎がくすぐり続ける。
「……ぅん。」
乳房だけでなくその頂の過敏な部分に当たり、キヨは思わず声を漏らす。
再び強く緊張し、胸元を隠そうとする。
その時、カガミがキヨの首にその身を素早く巻きつかせた。
同時に白い体が輝石のように煌めく。
キヨが目を見開いて一回瞬きをした時、カガミは人間の姿になっていた。
いつの間にか、キヨを自分の膝に乗せて頭や腰を引き寄せて抱き抱える体勢に入れ替わっていた。
「ず、ずるいです……。」
キヨは頬を染めたまま目を逸らし、胸元を隠して言う。
「長いこと人間とやり取りをしてれば、自然と狡さも覚える……。」
人間に化けたカガミは紅玉のような赤紫の瞳で見つめる。
「それとも、先程の姿のままお前を『知ろう』とした方が良かったか?お前はどちらの姿なら私を身を受け入れる事が出来る?」
カガミはキヨの帯紐に手を掛ける。
「わ、分かりません……。」
キヨは色付いた息を漏らさないように抑えながら答える。
「まあいい。
お前が心を開くまで、全てを尽くそう。私がお前の全てを知る為に。
天のツクヨミがアマテラスと入れ替わるその時まで……。」
カガミはキヨの帯を解き、その手と襟元を広げる。
キヨは自分の素の体が明かされたと悟ったその時、段々と己を隠そうと思う意思が眠気に似た目眩と共に遠退いて行った。
(おわり・本編4話『結』に続く)




