後編
8
トランジェニスはそこまで話すと、一つ、肩で大きく息をついた。
「お父さまは、私の知らないところで、あなたに密命を出していたのね」
「左様でございます。
しかしながら、この話は、陛下とわたくしだけの秘密でございまして、任務の成果も、これまでずっと、秘匿してきたのです」
「じゃあ、パトさんにも──」
「はい。
姫さまに知られてしまうおそれがございましたので、入力致しておりません。
パトロマルスが繋がりを認識出来ない理由は、こういうことだったからです」
謎の一つは解けたけど、私は不満を覚える。
「何それ?
あなたたち、随分勝手なことをしてくれたものね。
言いたいことが山ほどあるけど──まずはトーランくん、あなたの任務の結果について、報告してくれる?
エクセラ・テトで何があったか……。
確か──きのうあなたは、神官と戦ったと言ったわね。
お母さまのことを、聞けなかったのかしら?」
「──話さねば、なりませんでしょうか?」
トランジェニスは苦しげな表情を浮かべる。
「当然です。
お父さま──たとえ国王陛下の密命であったとしても、参謀総長の私に報告しないなどとは、あってはならぬことだわ」
「仕方ございません。
ご報告、申し上げます。
神官サルトバインドは、姫さまのお母上、ペルトメシア女王陛下の殺害について──嬉々として、話したのです」
❈❈❈❈❈
「よく来たな。
ここまでの道のり、さぞ辛い思いをしたことだろうて」
「まさか。
わたしがこれしきの道程を、“苦難”と思うものか。
『魔帝国』の神官も、大分お年召してきたようだな」
「ふはははっ!
随分な言われようだな。
貴様、儂に訊ねたいことがあってここまで来たのだろう?
そんな物言いで、素直に教えてやるとでも思っているのか?」
「ふん、それは失礼した。
わたしはあなたに仕えている訳ではないからな。
ぞんざいな口調になるのは、勘弁願いたい」
「面白い!
気に入った。
話せることなら、話してやっても良いぞ」
「ならば訊こう。
ペルトメシアさまを──自分の娘を殺害した、その理由を」
「ふははっ!
無駄が無い──実に単刀直入に訊くのだな。
いいだろう、教えてやる。
ペルトメシアは、我が秘術の完成に必要だったから殺した。
それだけだ」
「自分の、秘術の完成に必要だったから──それだけの理由で、実の娘を殺せるのか!」
「無論だ。
ペルトメシアは“魔力”の塊だった。
言うなれば、湯の中に入れ料理を完成させる『ルウ』のようなものだ。
よく溶けてくれたわ。
ふははははっ!」
「なんと、おぞましい……。
ペルトメシアさまの“魔力”、それが欲しいがためだけに……」
「あの女の系譜は、代々“魔力”を増大させていくのだ。
女が産まれれば、さらにその“魔力”を増大させる“因子”を持った男を宛てがい、子を産ませる──。
その繰り返しで強大な『魔女』をつくり出し、この『科学と魔法の融合した世界』などという、下らぬ世を終わらせてやるのだ!」
「なんと、愚かな……!
過去に──呪われし過去に、逆行しようというのか!
かつて、魔法が支配した時代は──確かに、あった。
だがそのために、多くの罪の無い人々が、命を落とした。
そんな過去に、また戻そうというのか!」
「くっ、はっはっはーっ!
片腹痛いわ、小僧!
貴様、魔法に取って代わった科学が何をした?
同じように人間を殺しまくっているではないか!
しかもまるで能力が欠如した薄らバカでも『ボタン一つで』大量の民を虐殺出来るではないか!
魔法ならば『選ばれた者』しか、そんなことは出来はしない!」
「そんなことはわかっている!」
「な、何だと!?」
「魔法だろうが、科学だろうが、それを扱う人の心が変わらなければ、同じような過ちは、何度だって繰り返される!
だからこその──『科学と魔法の融合した世界』なのだ。
科学は多くの人々に、恩恵を与えた。
特に鍛錬を積まなくても、様々なことが簡単に行えるようになった。人の移動、調査、戦争──どれも魔法の修練によって会得するより、断然に楽に出来るようになったのだ。
そう、簡単に人を殺すことも──」
「ふっ!
儂の言ったことではないか」
「つづきがある。
科学だけなら、歯止めなど、掛けられまい。いくらセーフティ・ロックを掛けようが、同じ科学の世で育った人間ならば──同じ思想の上に乗った人間だけならば、それは無理というものだ」
「何が言いたい?
ほざいていることの意味が、まったくわからんな」
「わからないか?
『魔法』に傾倒しているお前には、わらかないかも知れないな。
わたしは、一つの思想だけで動く世界が危険──と、言っているのだ。
科学を制御するのは科学ではない。
科学を制御するには、異なった思想の力を借りて制御するしかない。
その科学を制御する力──それが魔法だ」
「バカな。
テイトミアの軍幹部というから会ってみたものの、こんな戯言しか言えぬようでは、あの国を落とすのも、そう遠くはなさそうだな」
「サルトバインド!
ペルトメシアさまの亡骸を、頂戴したい。
秘術の完成に命を奪ったとしても、何も残してないとは思えん。
骨の一つでも、髪の一房でも、我がテイトミア王のため、持ち帰りたい」
「ふははっ!
亡骸ときたか。
確かに、『鍋の具』とはなったが、我が娘でもあるからな……。遺骨くらいは取ってある。
単身で乗り込んできたその肝に免じて、『土産』を持たせてやっても良かろう。
ほれっ!
受け取れいっ!」
「こ、これは……!?」
「骨の一つ──と、貴様が言ったではないか。
ペルトメシアのしゃれこうべだ。
良い魔除けになるぞ。
ふははははははっ!」
「おのれっ!
これでもくらえっ!」
「──!
ほう。
火炎魔法か。
だが、対した威力もない。
速度も──」
「はぁっ!」
「何だとっ!?
一気に間合いを!?」
「捉えたぞ、サルトバインド!
神妙に──」
「ツトレノグァートンっ!」
「何!?
消えた?」
「ふははははははっ!
小僧!
帰って愚かな王に伝えるがいい!
貴様の娘も、“魔力”を秘めた『道具』も戴くとな!
もう既に、儂の手は、貴様らの首に掛かっているとな!
ふわぁっはっはっはーっ!」
「むう!
声だけしか聞こえん!
くそっ!
どこだっ!
どこに居るっ……!」
❈❈❈❈❈
「以上でございます。
姫さま。
これが、わたくしがエクセラ・テトに潜入し、神官サルトバインドと相対した、一部始終になります」
トランジェニスは語り終えた。
私は──口を開くことが、出来なかった。
9
「ト、トーランくん……」
なんとか心を落ち着け、私は問う。
「その話──本当なの……?」
「ありのままを、偽らざらずに、ご報告申し上げました」
「なんて恐ろしい……。
お母さまは、秘術完成のための、生贄にされたのね。
そして──この私も……」
「姫さま。
敵の狙いは、明らかです。
ペルトメシアさまと同様、姫さまを手中に収めようと企んでおります。
まずはパトロマルスを奪い、“魔力”の増幅が叶わなくなった姫さまに、魔の手を伸ばす筈です」
「トーランくん。
一つ訊きたいのだけど……」
「姫さま……」
さすがトランジェニス。
私の訊ねることが、もうわかっている。
その、答えも──。
「エクセラ・テトの神官は、『儂の手』と──言ったのよね?」
「左様で、ございます」
「その『儂の手』とは──」
「姫さま!」
情けない。
私はその先が継げず、机の上に突っ伏した。
すかさず、トランジェニスが駆け寄ってくる。
「お気を確かに!」
ああ……。
トランジェニスの力強い両腕が、私を支えてくれる。
「姫さま。
これをどうぞ、お飲み下さい。
気付けでございます」
トランジェニスが取り出した丸薬を、私はなんの躊躇いもなく、飲み下した。
やや甘く、アルコールが入っているのか、胸が熱くなった。
「如何でございましょう?」
「ありがとう、トーランくん。
少しは、楽になったわ」
私はトランジェニスの腕に凭れた。
ああ!
その心地良さと言ったら!
このまま、眠ってしまいそう。
ところが──。
トランジェニスの腕が、急に固くなる。
ハッとして、顔を仰ぎ見ると、トランジェニスは空の一点を、じっと見つめていた。
「──居るのだろう?
いい加減に、出てきたらどうなんだ?
そんなに『ツトレノガトン』が、気に入ったのか?」
ほんの数秒だったのだろうけど、その沈黙は、永遠にも感じられた。
やがて──。
「トランジェニス、ぼくのお古の抱き心地はどうだい?
なかなか、いいものだろう?」
「そ、その声……!?」
「何を震えてるんだい、ローズ?
そういえば、キミはベッドの中でもよく震えていたねぇ
。
服を着ているときはあんなに勇ましいのに、それを脱ぐと、途端に弱々しい子猫になってしまうんだから……。
まぁ、そのギャップが、魅力でもあったのかなぁ」
「あ、あ、あ……」
声が、言葉として、出て来ない。
眼の前の空間が、ゆっくり揺らいだと思うと、すっと元に戻る。
そして──そこに立っていた。
私の愛していた、ルキアス・ザハルディが、胸に、パトロマルス・サーティーフォーを光らせて──。
❈❈❈❈❈
「やはり、結界呪文『ツトレノガトン』を使っていたのだな?
そして、我々の誰にもさとられないようにして、城内で悪事を働いていたという訳か」
「ご名答。
トランジェニスには、とっくに気付かれていると思ってたよ。
何せ、ローズが自分に惚れているって噂を流して、ぼくを動揺させようとしたんだから」
「えっ!?
あの噂、トーランくんが流したのっ!?」
「申し訳ございません、姫さま。
ルキアスに尻尾を出させるための手段でして……。
師団の団員の名では、軽過ぎて姫さまに失礼かと存じ──勝手ながら、わたくしの名で、情報を流しました」
「まぁ!
ホント、失礼しちゃうわねっ!」
第27護衛師団──諜報戦術に長けた部隊とはいえ、参謀総長の名を、当の本人に断りなく勝手に使い、作戦の運用を行うとは──開いた口が、塞がらない。
「ですが、その効果はあったようです。
早速、尻尾を出しましたから」
「おいおい、トランジェニス!
ぼくがそんな噂で動揺するなんて……。
冗談もほどほどにしてくれないかなぁ」
「だが、お前は行動を起こした。
それは、紛れもない事実だ」
「そりゃあ、そろそろ動かないと、サルトバインドの爺さんが五月蝿いからねぇ。
爺さんお気に入りの、結界呪文も試したかったし……。
もらった“魔力”が大分貯まったから、頃合いだと思ったのさ。
可愛い子猫と遊ぶのにも、飽きてきたことだしね」
ルキアスは、ほんの一瞬、私に視線を振った。
でも、それは本当に一瞬だけだった。
視線はすぐにトランジェニスに戻り、この場で一番注意を払わなければならない人間が誰であるかを、思い知らされた。
私は、我慢ならなかった。
トランジェニスの腕から離れ、ルキアスの眼の前に立つ。
「ルッキー。
あなた、もう私を愛してないの?」
真剣な問い掛けに、ルキアスは天を仰いだ
「いやぁ、まいったねぇ……。
お嬢さまだとは思ってたけど、これほどお子さまだとは思わなかったなぁ」
「な、何よ。
いったい、何が言いたいのよ?」
「ぼくはね、仕事でキミに近付いたんだよ?
そもそもここでの立場が上官と部下なんだし、本来の立場で考えれば、キミはただの道具に過ぎない。
“魔力”のチャージャーでしかないんだよ。
とても、恋人と呼べる存在じゃないよねぇ」
「な、何てことを……!」
眼の前が、真っ暗になった。
とても、立っていられなかった。
しかし──よろめき、後ろに倒れそうだった私を、がっしりとした腕が、また、支えてくれた。
「姫さま。
しっかりと、前を御覧なさい。
そして、きのうわたくしめが申し上げたことを、思い出して下さい」
「きのう、トーランくんが、言ったこと……?」
「『事実をまの辺りにすれば、たとえそれが信じたくないものであっても、肯んずるしかない』──そう、申し上げた筈です。
てすから、姫さま!
しっかりと前を見て、敵であると、認めるのです」
私は、自分の二本の脚で立った。
そして──眼の前の、敵を見据える。
「ルキアス・ザハルディ。
謀反の罪で、あなたを捕えます」
ひゅ〜っ!──という口笛。
「これはこれは!
凛々しく決めたねぇ。
でも残念だけど、キミには無理だなぁ。
キミはぼくと組んでこそ、力を発揮出来た。
支援・防御魔法の使い手であるキミでは、せいぜいぼくに殺されないようにするのが、精一杯じゃないの?」
「それはどうかな、ルキアス。
わたしが姫さまの支援を受け、お前と戦う。
姫さまの支援が無いお前こそ、翼をもがれた鳥ではないか?」
どくん!──と、胸が鳴った。
トランジェニスの支援をする──この言葉に、私の胸は不思議なざわめきを覚えた。
「ふうん、そうくるかぁ……。
どっちが浮気者なんだろうねぇ……。
でも、それだってぼくには勝てないぜ。
何せ元々の力が違うんだから。
しかも、パトロマルスはぼくの手にある。
ローズの力はパトロマルスの力だからね。
コイツがなきゃあ、姫はただのお子さまさ」
ルキアスは得意げに語ると、パトロマルスを指先で弾いた。
パトロマルスは、点滅していた。
「──さん」
「うん?
なんだい、ローズ?」
「パトさん。
もう、起きる時間よ!」
パパパパァァァッ!
「──!?
な、何だっ!?」
「姫さま。
おはようございます」
半日ぶりに聞けた!
パトロマルスの罅割れボイス!
「おはよう、パトさん。
早速だけど、あなたを掛けているならず者の動きを止めてくれる?
スリープレスナイト!
アプリファイ──パトロマルス!」
「畏まりました。
──というよりも、既に呪文の効果が発揮されております。
ならず者は、もう寝てしまっております」
「あとは任せたわ、トーランくん。
簀巻きにでもして、牢に閉じ込めておいてちょうだい」
「これは──驚きましたな……」
「パトさんが点滅状態だったから、私の声紋認証で起動出来ると思ったの。
多分、解析が終了して、私の命令を受け付けられるようになっていたのね」
パトロマルスは働き者だ。
一夜も使わずに、高速演算処理を終えたのだろう。
でも──。
「パトさんが解いていた謎は、もうすべてわかってる。
トーランくんが、きちんと説明してくれたもの」
「左様でございますか。
ならば、陛下にご報告して、この件は一件落着ということで……」
「──と、思った?
トーランくん」
「は。
まだ何か問題が?」
「大ありよ〜」
「ううむ。
これは困りましたな。
問題の所在がどこにあるのかすら、わかりませぬ……」
「それは──簡単よ」
「簡単──とは?」
「問題はね──私の、ここにあるの!」
私は、自分の胸を示す。
「姫さまの、胸に──で、ございますか?」
「そう。
トーランくん、あなたが私の支援を受ける──と言ったとき、この胸が、すごく高鳴ったの」
「ひ、姫さま!?」
トランジェニスは、とてつもなく動揺した顔をする。
「参謀総長として命令します。
トランジェニス・ゴルトバークは、ローゼスカ・ティアムの胸がどうして高鳴ったのか、すぐに調べるように!」
「ひ、姫さま──。
それは、ちょっと……」
トランジェニスはしどろもどろだったけど、それがなんだか可愛くみえた。
ツトレノガトン──という言葉から始まった一連の事象は、こうして、ひとまずの解決を見た。
敵国エクセラ・テトの生み出した結界呪文。
しかしこの私には、それは真実の愛を見出す、きっかけをくれた言葉だった。
ツトレノガトン──愛が失われそうになったとき、私は、その呪文を唱える。(了)
「ツトレノガトン」を読んで戴き、誠にありがとうございます。
「ツトレノガトン」と言って消えた人間を捜す──という思いつきのままに書き始めたので、色々なところで無理が生じてしまいました。
元々この短編一作で終わらそうと思っていたのですが、書いているうちに、キャラクターに愛着が湧いてきて、また世界観ももっと掘り下げてみたくなったので、この短編を元に、長編を書きたくなってきました。
まだまだ先の話ですが、もしこの物語やキャラクターを好きになって戴いた方がいらっしゃったのなら、ほんの少しだけ、期待していて下さい。
何はともあれ、「ツトレノガトン」を読んで下さった皆さんに感謝をして、あとがきにかえさせて戴きたいと思います。
ありがとうございました!