断片ノ物語リ
第壹断片
001
呼び出された場所に向かうと、そこには何に使うかもわからない機械がごった返していた。
「化物が存在すれば、幽霊も、地獄も、神だって存在する。私たちがこうして使うことのできる小さな能力も、そこから受け継がれていったもののひとつに過ぎない。
だからこそ、私達は生み出そうとしたんだ、神に近しい存在をね。ただの探究心だよ。自分で言うのもなんだけれど、私はそこそこ頭は良かったんだ。だから完成に至るまでの道を考えるのもそう難しいものではなかった。当時は私と同じくらい頭の良い友人が2名ほどいたからね。彼らにも手伝ってもらったんだ。
この世界に存在する全ての神権を足し合わせ、そして神と同等の力を持つ存在を、私たちは生み出した」
彼女、命喰宿黝逅はそう言いながら、とある機械の裏から歩み出て来た。いつものラフな格好とは違い、かっちりとしたフォーマルなジャケットを白衣の下に着て。命喰宿さんは雰囲気で服装を変える人で、シリアスな話はカジュアルな、それ以外はゆったりとしたパーカーを着用している。つまり、今日語られる話は、そういうことだろう。
「だがね、その一歩はそう易々と踏み出してはいけないものだった。
失敗したのだ、私達は。
神がいれど、人間が神になることは許されなかった。禁忌だった。
だからこそ、私達は罰を受けた。人間の域を越えようとした、その行為に相応しい大いなる罰を与えられた。
その罰によって私は全てが理解できるようになった。この世界で起きた、起きるべき全ての事象が理解できるようになった。
全知。
それが、私の負った罰だ」
そう言うと、ある一点を指差した。
しかし、そこには壁があるだけだった。正確には、この壁の裏側、だろう。
そこに何かがあるのだ。ナニカが。
「君には、伝えなければならない。語らなければならない。もう、ここまで足を踏み入れてしまったからね。私が作り出したものを。否、産み落としてしまったものを」
聞かなければならない。知らなければならない。
僕は未だ、この世界に足をつっこんだばかりの若輩者だけれど、それでも確かに彼女の、人間の域を越えようとした罪は知らなければならない。
暗闇の中、僅かに照らされた横顔に浮かび上がる瞳がこちらを向く。
「神に最も近しいモノを」
(場面・転換)
001
かつて存在していた貴族が、まるで住んでいそうな豪勢な屋敷の最奥の部屋で、僕は絲轆轤巫琴と対峙していた。
僕が背を向けている壁と顔を向けている壁が神社を思わせる朱で染められ、左右の壁が真っ白というなんとも奇妙な部屋だった。その壁際に、彼女は立っていた。
今回の出来事の黒幕。
どうにかしなければならない存在。
懲らしめる、と子供向けアニメじみたことはしないまでも、僕は彼女の力を、能力を、封印しなければならない。もうこれ以上被害を出さないために。
命喰宿さんも命喰宿さんで、なぜこんな未だ成人もしていない、早颯のいうところのガキに、こんな大役を押し付けたのか、甚だ理解はできないけれど、しかし命喰宿さんのことだからきっと何か理由があるのだろう。
こうやって対峙することは初めてではないけれど、しかしながら、今日の彼女は今までの彼女じゃなかった。
この言い方じゃまるで、彼女が今の今まで真の実力をひた隠しにしていて、こうして追い詰めて、対峙したことで真の実力を知って僕が恐れ慄いているように聞こえるかもしれないけれど、そうじゃあなかった。
狂っていた。
何かに囚われてしまったかのように。いや、何かが剥がされてしまったかのように。
「私はどうすればよかった。どうするのが正しかった。教えてくれ。私は、、、。何が正しい。何が正義だ。何が善で、何が悪なのか。私がしてきたことは正しかった。正しかったはずだ。いつから間違えた。いや、間違えているわけじゃない。そうだ。私は正しかった。あの人もそう言っていたんだ」
あの人? こいつのあの行為は1人で行ったものじゃながったのか?
まぁでも、あれほどの被害を出したのだから何者かと協力してきたと考えるのが普通なのか?
苦しそうな、前屈みの体制で、左手で顔を押さえながら、彼女は、ゆっくりと掌を僕にかざす。
恐怖はない。もう、戦闘準備はできている。多少傷つけることになろうとも、今ここで、確実に、彼女の能力を封じ込める。
「私は、私は私は、私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は、どうすればよかった?」
彼女が消え入りそうな声でそう叫ぶと、僕にかざしていた掌が光る。
光?
光の力は他でもないこの僕が与えられた能力であって、彼女の能力はこれじゃない。
この光はなんだ。1人が2つの能力を複数持つことは、ありえない。そう説明されたはずだ。ならば、この光は。
脳内に、彼女が語った一つの単語がよぎる。
あの人。
まるで僕を切り刻もうとしているかのような、ナイフの刃の様な尖った光が、僕を襲う。
視界が光に包まれる。だが、そこに痛みはなかった。
目が慣れ、身体中を確認するも、怪我なんて物はしていなかった。どこにも、僅かな切り傷一つなかった。
ただ、傷一つなくとも僕は危機的状況にあるようだった。たしかにあの人の能力は、僕に作用したらしい。
僕は白の世界にいた。全てが白で、影すら存在しない世界に、僕はいた。
002
体を確認した時に気づいたことだけれど、どうやらこの世界にいるのはどうやら僕だけではなかった。
僕の他に三人。
しかし僕と違い、あの光の能力によってこの世界に連れてこられた者ではないと、そう直感でわかった。明らかだった。
全員が能面と純白の能装束を身につけ、僕のことを直視していた。
三人は、僕を囲むように前、右後ろ、左後ろにそれぞれ立ち、全員が左手を僕に突き出していた。真正面にいる奴は孫次郎の面をつけ掌を上に、右後ろにいる奴は白式尉の面をつけ手を縦に、左後ろにいる奴は般若の面をつけ掌を下にして。
それが、攻撃に移るためのモーションかはわからないけれど、どうやら先程よりも悪い状況であることは確かだった。三人の、共通したこの衣装を見て、まず仲間であることは間違いだろう。
いくら僕の能力が戦闘面で役に立つとはいえ、この人数を1人で相手にするのは無理があった。
ふと、歌が聞こえた。
果たして、それは能楽音楽だった。三人の格好がそうなのだから。
まぁ、その曲は皮肉にも演目:三輪にて演奏されているものだったけれど。
相手に動きがあったのだから、何かしら攻撃なり動きがあると思ったのだけれど、何も起こらなかった。何、
否、起きた。時間差で起こった。
黒。白い世界に、黒があった。その佇まいは、影とは形容し難い何かで、そして三人を飲み込んだ。
いや、違う。
僕を中心に、まるで台風の目の如く黒が渦巻いていた。
あの三人は、自分の能力には影響されないってことか。どうすればいい。今のこの状況をどう乗り切ればいい。そもそもこれは、僕に対する攻撃なのか?
能力を使うか。黒が、闇があるならば、それに対する光は非常に厄介な存在であるはずだ。まぁ、これに関しては、この世界は最初は白で、光に包まれていたのだから、なんとも確信し難いものではあった。
だが、そんな事を考えているうちに、僕はどうやら自分の首を絞めてしまっていたらしい。
黒が、じわじわと、もう取り返しがつかないほどに、迫っていた。台風の目が消滅しようとしていた。
まずいな。
僕は掌を地にかざす。もう何かを考えている場合じゃない。まずはこの状況を脱しなければ。
掌に集中する。掌に力が集まっていく。
「照らせ!」
結論から言って、何も起こらなかった。
起きるべきはずのことが、起こらなかった。
本来ならば、溢れた閃光が地面を照らし、黒を僅かながらにでも切り裂いてそこから脱しようとしていたのだけれど。何も起こらずまるで中二病のように左手をかざして叫ぶとんでもなく格好の悪い高校生が、そこにはいた。
「しゃがめ」
どこからともなく、声がした。
僕はしゃがんだ。いや、正確にはしゃがまされた、と言った方がいいだろう。それだけの力が、その声にはあった。
しゃがんだ刹那、僕の頭上を何かが切り裂いた。迫っていた黒諸共に、全てを切り裂いた。
『ああああああああああああああああああああああああああ』
なんだ、これは。この叫び声は、この黒が発しているのか。この黒は、生きて、いたってことか。
「いや、まぁ生きてはいるのだけれど、こいつが本体じゃない。本体はもっと奥深くにいる」
僕を救ってくれたであろう人は、カランと一本下駄を鳴らしながら僕の隣にゆっくりと着地した。
空中にいたのか。気が付かないわけである。白しかなく、影もない世界で左右も、上下も認識できなくなっていたのだから仕方ないのかもしれないけれど。
体勢を戻すと、そこには僕と同年代と思われる好青年がいた。青年が、僕のことを青年と呼んぶことに違和感を感じた。それじゃあまるで、彼が本当は青年じゃないみたいじゃないか。
「間に合ったって感じだな」
青年は、剣———黒を切り裂いたのはこの剣だったのだ———を、肩に担ぎながら振り返る。長い髪を後ろで結い、白と青の混ざった神官用袴を着ていた。今世の中は空前の和服ブームなのだろうか。
自分で言うのもなんだけれど、彼女からかっこいい方だとは言われるけれど———付き合っているものからすればパートナーが格好良く感じるのは当たり前のような気もするが———、しかし彼は、男である僕も惚れ惚れしてしまうほどの格好良さであった。まるで、僕が魅せられてしまっているかの如く。
いや、待て。この感覚、僕は今まで一度だけこの感覚を味わったことがある。しかしここ数ヶ月の怒涛の出来事を思い返してみても、その感覚の正体を思い出せなかった。ベイカーベイカーパラドクスの、あのモヤモヤとした感覚が僕を襲う。
彼が剣を再び薙ぐと、逃げるぞと言って手を引いてきた。
彼は容姿だけでなく、運動能力も化け物のようで、何度か置いていかれかけながらも、どうやらあの黒からは逃げ切れたようだった。
「あ、あの。助けてもらった身で、失礼だとは思いますけれど、貴方は一体何者なんです? それに、あの黒はもう追ってこないんですか?」
立ち止まり僕は肩で息をしながら、途切れ途切れに尋ねた。
「俺は、ス……いや、イズモ。俺の名はイズモだ。姉から君を守るように言われてね。あと少し遅かったら、また大喧嘩する羽目になっただろうけれど、どうやらそれも回避できた」
彼は息を途切れされるわけでもなく、先刻と変わらぬように語った。彼は、いや、どこまで完璧なんだ。こんな場面で劣等感を感じている場合じゃないのだけれど。
姉、とは命喰宿さんのことだろうか。思えば、僕は命喰宿さんのことをほとんど何も知らなかった。
「それと、あれはもう追ってこない。境界線を超えたからな。あの人にも、そこまでするメリットはない」
境界線?
あの人?
彼、イズモさんと話すと次々と頭の中にクエスチョンマークが浮かんでくる。僕をわざと煙に巻こうとしているのか。
「まぁ、気にすることは、そんな訳のわからないことではなく、目の前で起きてることだ、って事だよ」
そう言ってイズモさんは、手にしていた剣を僕らが逃げてきた方角へと構えた。構えたと言うよりは、指し示したと言った方が姿勢的には良いのかもしれない。
訳がわからなくしてるしているのはあんただ、と恩人にそんな口を聞きそうになりつつも、僕は彼が指し示した方を見た。
そこには、この世界に来たばかりの時にいた、あの三人がいた。
真っ黒な能装束を着て。
(場面・転換)
000?
神経を切り裂き、感情を塗りつぶしてやってきた景色は、確かにその赤色を僕に叩きつける。逃れることはできず、ただ赤に包み込まれるしかない。
郷愁と感情を押し殺してできた赤は、まるで血のように世界を染め上げ僕を覗いている。
いつか失った自分自身を、思い出させる。
黒く、黒く、成っていく。僕の感情と共に。
「アア、ワタシハナニヲモツテウマレタ?ナニヲウシナイシンデユク?」
なんだ、これ。まるで、僕の中にもう1人の僕が、いるみたいだった。
いずれ死するその時まで、きっと今日の事を思い出す。
窓から入る風が頬を撫でる。赤と黄に染まった季節の涼しい風が、確かに僕を追い抜いてゆく。
「アア、ワタシハ。ボクハ。ワタクシハオレハウチハワレハジブンハワイハオラハワガハイハセツシヤハチンハオノレハヨハワラワハヤツガレハコナタハ、貴様ハ。イツタイナニヲミテイル?」
彼女のスカートが揺れ、髪が靡く。紅に光る瞳がこちらを覗く。
「別に、あなたが悪い訳では無いのよ。ただ、私がそう望んだだけ」
髪の隙間から光る赤が、僕の細胞を透過してゆく。
「世界はそうあるべきだからこそ、いまこうなっているだけ。ただそれが、私の想像通りでしか無いと言う、ただそれだけ」
美しいと思った。背筋が凍ってしまいそうなほどに。
「ふふ、怖いの? 私のことが。」
彼女の人差し指が、そっと僕の唇に触れる
いや、この感情は恐怖というより、畏怖に近い。神を目の前にしたあの感情に、限りなく近い。
「大丈夫。痛くないわ。すぐ済む事だもの」
そう言って、彼女は唇に当てた手をそのまま上にあげ、僕の目を隠し、彼女は僕に口付けをした。
そして、僕は。
僕は、死んだ。
(場面・転換)
001
2学期中間考査最終日が終わり、帰路についている途中僕は少しだけ寄り道をした。
別に普段から寄り道をしているわけではなく、今日の行動はほんの気まぐれだった。
そのほんの気まぐれで、僕は彼女に会った。遭った。
002
普段右に曲がる分岐点を、今日は気まぐれで左に曲がってみた。気まぐれ、というのはなんとなくという事で、僕は今日は何となく受験勉強をサボりたい気分だったのだ。定期考査が推薦組に必要なことは重々承知しているが、中の下である僕の様な生徒にとって推薦なんて言葉は無縁であるし、受験勉強で忙しい中で何故定期考査の勉強までしなければならないのかというのか率直な気持ちであった。
定期考査を迎えるにあたって、2週間で考査内容を全て詰め込んだわけだけれど———僕の脳で全てを詰め込んだというと語弊があるし、そんなことだから中の下なんだと言われればそれは全くその通りであった———僕はその勉強で疲弊しきった脳をどうにかこうにか言い訳して休ませたかった、もしくはただ単に勉強をしたくなくなったのだった。
左の道は、右の道とは違い木々が生い茂っており、それによって出来た影が原因でまだ昼時だというのに薄暗かった。夜には来たくない道だ。
しばらく歩くと、小川が見えて来た。ここはそれなりに人口の市であるから川縁も舗装はされていたけれど、ほとんど人通りがないせいもあってか、どうやら手入れはほとんどされていないようで、雑草が石畳の間からのさばっていた。
川縁へと続く階段を少し降り、腰を下ろす。
普段は気にしていなかったけれど、どうやらまだまだ僕が住む街には緑が沢山あるらしい。
「こないなん、うちらにとっては気休めにしかならへんなぁ。いずれ、ここの緑も消されるんやで」
視界の端から声がした。
声のする方を向き、僕は絶句した。
「なんや、おにい。そないなジロジロ見て。うちのこの豊満な胸に釘付けになってもうて」
ケラケラと笑いながら、彼女はゆっくりと僕の隣に座った。
思春期真っ只中の、一高校生として確かに大きな胸には惹かれるし、着物から溢れる胸をジロジロ見ていたのも、ほんの一瞬欲情してしまったのも事実だが、しかし、それではない。僕が彼女のことをジロジロ見た理由はそれではない。
てかてかとした緑色の肌、水かき、そして一番の特徴である、頭の上の皿。
彼女は、河童だった。
「なんや、うちのこと見えるやつが来た思て話しかけたのに、一言も喋らんのか。尻子玉抜いてまうぞ」
そう言って彼女は手をわちゃわちゃとさせながら、僕の目の前まで迫って来た。
尻子玉といえば、抜かれると腑抜けになると言われているけれど、それを知らない子供の頃、尻子玉を抜くって結構エッチな行為なんじゃないのかと思っていた時があったと思い出す。
流石にここで腑抜けになるわけにもいかず、反応する。
「い、いや、一応見えはしますけれど、でも実際こう、眼の前で妖怪を見てしまうと呆気に取られてしまうと言いますか」
挙動が完全に女性慣れしていない男子のそれになってしまっていた。
「今さっき出会うた相手に妖怪呼ばわりは失礼すぎるんちゃうかな、おにい。ま、その通りやけどなぁ」
特に気にしていなさそうに、彼女は笑う。その笑い顔を見ると、何故だかこちらの考えが見透かされているような、そんな感じがした。
「あ、あなたは、」
「うちはイト。見たまんま、河童やで」
僕の言葉を遮って彼女は言う。
「イトさん以外にも、この近くには河童って住んでいるんですか? 他の地域と違って、ここは緑も多いですし」
「住んでるわけあらへんやろ。出会うた時に言うたやん、気休めでしかあらへんって。この程度の緑、普通の河童じゃすぐ死んでまうさ。私が少し、特殊なだけや。」
生物が生きていくには、環境に適用できなければならない。人間は多生物と比べその能力は優れている。砂漠でも、南極でも。人間には、それを克服するための技術がある。
だが、ホッキョクグマが砂漠で生きていけるはずもない。イトさんは、そんな、生きていけるはずもない環境の中で過ごしているというわけだ。
だが何故。
何故、そんな自分に枷でもしているような、そんな環境の中でわざわざ街で過ごしている?
「あぁ。少し、目的があってや、禍呻君」
あれ?
僕、この人に名前なんて言った覚えはないのだけれど…。
「あんた、命喰宿って女、知ってんでな?」
(場面・転換)
001
「お前か、今までの出来事の犯人は」
なに、大した推理ではない。きっと命喰宿の奴も、とうの昔に気がついていたはずである。彼女は俺が唯一、頭の良さで負けた相手なのだから。ケンブリッジ大学主席というのも、あの頭脳を知る人間としては納得せざるを得ない。
なんて。俺は意識的にあれから目を逸らす。
あれ。化物。
いや、神、と読んだ方がこの場合マシなのだろうけれど。
「そう、とは完全には言い切れないけれど」
完全?
他に何か要因でもあるのか? だが、あれができる存在などそういる物ではない。だが、彼女がそう言うならばそうなのか。いかんせん、判断する材料が少なすぎる。
命喰宿、お前はこいつの事でもう結論に辿り着いているのか?
「でも、そんなこと考えたって、意味ないでしょ。もう、死ぬんだから。あなたは」
「俺を殺す、か。俺の能力、いや、呪いがなんなのか、お前は既に知っているはずだろ? それでも尚、お前は俺を殺そうとするのか?」
「そうよ。本望でしょ? あれだけ死にたがってたのだから」
まやかしか。まことか。
事実、俺を殺そうとして、完全に殺し切れた者は誰1人としていない。誰も、不老不死の持つ超回復の境界を越えられない。その間近まで行ったとしても、そこから先は進めない。ずっとそうだった。これからも、きっとそうなのだから。
死にたがっていたのも、事実。だが、ここで死ぬわけにはいかない。命喰宿に、少しでも判断の、理解の材料となる物を届けなければならない。いや、彼女はもう知っているのかもしれないけれど。だか、知っているとわかるは違うはずだ。
「ぐっ!」
足に痛みが走る。早速奴の攻撃と言うわけだ。
膝から先が、皮を剥いた林檎の様に、くるくると巻かれた皮膚が残り、肉と骨がもっていかれていた。
血が吹き出し、永続的に痛みが走る。幾度も殺されかけ、無限に回復してきた体であっても、ついぞその痛みに慣れることはなかった。
だが、そんなことはどうでもよかった。
そんな場合ではなかった。
俺は、久しぶりに驚愕した。
足が、回復していなかった。
あいつが、この体の回復力のボーダーを凌駕したのか。どんな攻撃でさえ、越えることのできなかったあの境界を。
「大丈夫、死にはしないわ。今の私じゃあ、そんなことできないもの」
死なない? 何故そう言い切れる。いくら俺の回復力が化物じみていたとしても、その回復力を上回っているのだから、殺すことなど容易なはずだ。
だめだ。頭がうまく回らん。
「殺せない。殺しはしない。あなたは、私の中で永遠に生き続ける。私の、身体の器官の一部として」
なるほど。そこまで説明されて、ようやく理解できた。
回復しないのではなく、もうここにはないのか。既に奴の体の一部となった。あの能力が今作用するとしたら、奴の体を治そうとしているってわけか。
「私はまだ、神としては未熟だった。だから力が必要だった。そして、どうやら海外に在る神には全知全能不老不死が備わっていると、私はいつか先輩に聞いた」
奴は語る。
俺がどれほど血を吹き出していたとしても、死なないことを知っていてか。
膝から先が回復しなくなったが、しかし膝から上はいつも通り、回復し続けていた。
血を作り続け、決して枯れることはなく。だが決して、痛みが引くこともない。
「全知。でもそんなものはいらない。私にはしっかりとした神権がある。それに、この国には唯一神は馴染まない。全能。これもいらない。私には神権を扱う力がある。あなたをそうした様に。そして、不老不死。これは、必要だった。いつ死ぬかもわからない。残念なことに、この国の神には死の概念がある。殺されれば、死ぬ。でも、私は目的を達するまで敷くわけにはいかない。」
だからこそ、俺を取り込み、己が不老不死となる必要があったと言うわけか。
そう、と彼女は短く返した。
「でもありがとう。あなたは命喰宿さんの御友人だと聞いていたから、てっきり見透かされてこないかと思っていたけれど、しっかりと、一人で来てくれて」
ああと、そこでようやく俺は気がついた。
今まで起きた出来事だけでなく、俺を1人で行動する様に仕向けたのも、きっとこいつの仕業なのだ。
こいつはどこまで企んでいる。
きっと、俺が想定していたよりも、さらに深い。
くそ。
なんで、俺はいつもこうなるんだ。
少しでも彼女のためになればよかった。それだけだった。
あの少年と話して、久しぶりに誰かの役に立とうと思った。
あぁ、そうだ。もともと科学者になったのは、心のどこかに、誰かの役に立ちたいと、そんな思いがあったからだ。
だが、何故。いつもこうなる。
神を作り出そうとした時もだ。
もう少し、うまくできた。
ずっと、そんな後悔を抱えて、失敗した重みを抱えて生きていこうと決心したはずなのに、それもどうやら今日までの様だった。
彼女の目を見る。まるで血の様に、血持ち悪いほどに赤い、紅い瞳だった。
こんな化物でなかったらきっと美しいと、そう感じていただろうけれど。
身体中に痛みが走る。
不老不死となった俺にとって、もしかしたら痛みこそが生を実感する術なのかもしれないと、そう思いながら。俺は…。
(場面・転換)
001
「こんにちは、禍呻先輩」
彼女、零無黒姫縷と初めて出会った時のことを思い出す。
今でこそ、抱きついたり胸を押し付けたり、過剰とも呼べるスキンシップをする彼女だけれど、会った当初は当たり前だがそんなことはなく、可愛らしい少女だと感じたことを覚えている。
零無黒という名前に反し、彼女の容姿は今にも壊れてしまいそうなほど儚いものであった。
肌も、髪も、何もかもが真っ白。
先天的メラニン欠乏による遺伝子疾患。アルビノ。
白兎が有名であろう。
身体中の色素が欠乏し、それによって白く、しかし目だげ、そこを流れる血液によって赤くなる。
彼女も、それこそ白兎の様だった。
まぁ、アルビノという事は後に彼女が教えてくれた事であって、会ってすぐわかったわけではない。初め出会った時は髪も顔が隠れるほど伸ばし、肌もほとんど服で隠していて———実際アルビノの人は紫外線の耐性が殆ど無い為、そういう様な格好になるのは自然な事であろう———顔と髪がすごい白い、という事しかわからなかった。
ふと、今になって、全てが終わった今になって思う。
確かにそれまでにも、僕の友人や後輩を巻き込んだ何かしらは起こっていた。けれど、それまではそんな大きな被害はなかった。
だが、彼女が現れてからじゃあないのか。街の全員が巻き込まれる様な出来事が続けて起き始めたのは。
あぁ、確かに、彼女は黒幕だったのかもしれない。しかし、きっと彼女は、僕たちの救世主であったのかもしれない。
零無黒姫縷の、あの可愛くもあり、少し不気味な笑顔を思い出す。
僕たちが生み出したあの出来事を、彼女が生み出したあの出来事を、思い出す。
きっと、忘れる事はなく。いつまでもそこにあるのだろう。神や妖怪が、信じればそこに在る様に。
登場人物紹介
禍呻 天葉 まがうめそらは (男)
光を操る力を持つ
高校3年
御目無 白乃 おめなしはくの (女)
盲目による超聴力をもつ
禍呻の古くからの友人
高校3年
早颯・メルトライアー・クルルストリフ さはやて・めるとらいあー・くるるすとりふ (女?)
本名:??
風を操る力を持つ
幼女の姿をしているが少年漫画の主人公の様に熱い
壹年 真木為 ひととせまきな (女)
禍呻の後輩
高校2年
イズモ (男)
本名:??
白の世界で禍呻を救った好青年
能力不明
イト (雌)
河童、京都弁を話す
呪われた參人
命喰宿 黝逅 めくやどくろこ (女)
呪いにより全知となる
皆氏 夢謬 みなしむびゅう (男)
呪いにより全能となる
孤師 輪廻 こみやこりんね (男)
呪いにより不老不死となる
絲轆轤 巫琴 しろくろみこと (女)
被害者
高校2年
国虚 有為 くにむなうい (女)
⬜︎⬜︎能力をもつ
常行 佩刻 つなゆき はこく (?)
⬜︎を操る力をもつ
中学3年
零無黒 姫縷 ふなくろひめる (女)
本名:??
能力不明
高校1年
神
石重牽比売神 イワオモビキヒメノカミ 女神
⬜︎⬜︎を司る神
天照大御神 アマテラスオオミカミ 女神
太陽(火、光)を司る神
建速須佐之男命 タケハヤスサノオノミコト 男神
海、嵐を司る神
月読命 ツクヨミノミコト ??
月?を司る神
天之尾羽張神 アメノオハバリノカミ 男神
剣の神
建御雷神 タケミカヅチ 男神
雷を司る神、剣の神
神具
天叢雲剣 アメノムラクモノツルギ
八咫鏡 ヤタノカガミ
八尺瓊勾玉 ヤサカニノマガタマ
天羽々斬 アメノハバキリ
物語シリーズを久しぶりに一気見したら、あの語り口調の小説が描きたくなったので。適当に書きました。
本当に書きたいから書いただけで特にストーリーの流れが決まったわけではないから、短編ではなく断片集になっちまいましたわ。
ロボットバトルもののsimple codeも少しずつ書き進めてますんで、読んでない方は是非。
続きを待ってくださっている方(少数ですが私にとってはとても大事)は、ちゃんと書いてますんで見捨てないで…。