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黒の皇子と七人の嫁  作者: 野良ねこ
第二章 愛する人
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2.懐かしい人

「じゃぁ、早速明日出かけましょぅ」


 ちょっとピクニック行くよ、みたいな軽いノリでユリ姉が言うが、大丈夫なのか?「行ってらっしゃい」って言われるより何倍も嬉しいけど……火竜だよ?危険な感じしかしないのに着いてきてもらうのもなんだか忍びないな。


「じゃあ今日は早く寝ないとですね。竜って言うくらいだからやっぱり強いんですか?まぁ、いくら強くてもレイさんにかかればちょちょいのちょいですよねっ!」


 ガッツポーズで気合いを入れるエレナだが、お前も行くつもり?危険だって分かっているのにわざわざ連れて行くのもなんだかなぁ。


「あら、兎ちゃんはダメよ。貴方はここで魔法のお勉強、行かせる訳にはいかないわ」


「ええええ〜っっ!!」


 この世の終わりみたいな驚愕の表情で目の端に涙を浮かべるが当然の措置なのだ。


「レ、レイさん!?私も連れてってくれますよね?今までずっと一緒に来たじゃないですかぁ。今度も一緒に行きたいですっ!一緒じゃなきゃいやいやいやっ、一緒に行きたいです!!良いですよね?ほらぁ私が居ないと寂しいでしょっ?ねぇねぇねぇってばぁ」


 腰に縋り付き涙ながらにお祈りポーズで訴えるエレナ、しかし今までのような安全な旅でない以上連れて行くわけにはいかない。

 首を横に振れば「なんでですか!?」としつこく迫るがライナーツさんにもエレナの事を託されてるし、こればっかりは承諾することは出来ない。


「ルミアが言うようにここで魔法の勉強をして待ってろよ。大丈夫だよ、師匠もルミアも信用出来る人だ。お前に何かあるわけでもなやっぱりいし、逆に何かあった時はこの二人ほど頼れる人間は居ないぞ?ちゃっと行ってちゃっと帰ってくるからここで待っててくれよ」


「そ、そんな……」


 俯いたまま離れないエレナ。長い耳もペタンと倒れ、元気の無さをアピールしているかのようだ。


「お前、まさかティナみたいにだだ捏ねるつもりじゃないだろうな?そんなことしたって何も出ないぞ?分かったらさっさと離れろ」


「ティナさんにはチュウしてました」


 目尻に涙を浮かべたまま頬をプクッと膨らませて恨めしそうに呟くと、ジトッとした目で見つめてくる──仕方がない、面倒くさいからさっさと大人しくなってもらおう。

 リスのように膨れた頬にお望みのキスをしてやると、途端に表情が崩れて嬉しそうにする……単純だな。


「口にしてくれなきゃ嫌ですっ」


 デレ顔で次なる要求をしてくるエレナの頭に拳骨を落とすと「いったーーーっ!」と手を当て蹲るのでこれで良し、と。


「ちゃんとルミアの言うこと聞いて勉強してろよ」


 尚も「口にしてくれない」とぶーたれる馬鹿兎は放っておきリリィとアルに視線を向ければ、面倒くさげな顔をするもののしかたないとばかりに頷く。流石は幼馴染、持つべきモノは友達だなっ。

 ならば今回は四人旅、ついこの間まで七人で行動していたので若干寂しくも感じるけど、今度のは遊びじゃないからな。




 翌日、まだぶつぶつ文句を言ってるエレナを置き去りにベルカイムへと向かった。そこから南の町チェラーノへは馬車で五日の距離だ。


「チェラーノに向かうのはあれ以来ねぇ。また焼きそば食べられるかなぁ、あれぇ、美味しかったんだよねぇ」

「私も食べたい!着いたらどうせ夜だし、夕食は焼きそばに決定ねっ!」


 アルも乗り気で快諾し、チェラーノに着いたところで宿を取ると、ベルカイムを出てすぐに決まった夕食を探す事にした。

 しかり、あれほど強烈な匂いならばすぐに見つかると思いきや、昔あった場所に焼きそば屋台は見当たらない。


「おっちゃん、昔この辺に焼きそば売ってる屋台あったの知らないか?」

「焼きそばな、この辺に店出してたのか。実はな、あの屋台は大盛況でよ。相当儲かったらしくて今では街の中心部に店構えてるぜ?」


 近くで開いていた屋台のおっちゃんに教えられ町の中心部にあるご飯屋街に行ってみると……あったあった、あの独特の黒いソースの匂いが漂ってきてる。

 こじんまりとした小さめの店だったが迷わず扉を開くと、あの懐かしのハゲ頭に捻り鉢巻の大将が元気よくコテを振っていた。


「へいっらっしゃいっ!」


 威勢の良さも昔のままで懐かしさをしみじみと感じる。広くない店内であるものの、俺達が座ると満席となり順調に営業している様子が伺える。


 焼きそばを大盛りで頼むとサービスとして目玉焼きが付いてきた。しかし半分に割って食べようとすれば中から ドロリ と生焼けの黄身が流れ出る。


「うぉっ!焼けてないじゃないか」

などと思えば、大将の奥さんらしき大和撫子風の美人店員さんがすかさず説明をしてくれる。


「それはわざと半熟にしてあるんです、黄身と麺とを絡ませるとまた違った味になるんですよ?

 最初は気持ち悪いと思うかもしれませんが食べてみるとハマります。騙されたと思って召し上がってみてください」


 そこまで言うのなら食ってやろうじゃないか……大将を信じてドロリとした卵を絡めた焼きそばを口に放り込むと、口の中を支配していた濃いソースの味がまろやかになり良い感じにリフレッシュされる。まったりねっとりな新食感、まさか火を通しきらない卵が激うまソースの味変になるとは……これはこれで美味いかもしれないな。


「卵が新鮮じゃないと半熟では食べられないので御自分で作る際はお気を付けて下さい」


 好みはあれど、この調理法は誰にでも簡単に真似できる代物。真似されれば売上に響くだろうに注意までしてくれるとはなんて親切な女将さんだろう。



 焼きそばを平らげると大将に「ご馳走さま」と告げて店を後にする。


「ちょっと飲みに行かない?」


 珍しいリリィの一言でやってきたギルドの食堂。たわいもない話しを肴に四人で呑んでいると、賑やかな空気の中、こちらに視線を向ける若い女が二人いる。一人は水色の髪でもう一人は桃色の髪、よく目立つ彼女達はその特徴もあって忘れもしないだろう。

 五年も前にティナをレピエーネに送ったとき、乗合馬車の護衛をしてくれたメラニーさんとフィロッタさんだ。あの時は四人パーティーだったけど、今は二人しか見当たらない。


「久しぶりね、元気してた?」


 向こうも覚えていたらしく俺の隣に座り話しかけてくるメラニーさん。なんだか疲れたような、やさぐれた感がするのは気のせいか?


「確か前は四人でしたよね?後の二人はどうしたんですか?」


 遠くに視線を移し微苦笑いにも似た妙な笑顔を浮かべる。まさか死んだとか言わないよな。俺の不安を察してか「死んでないわよ」と先に釘を刺してくる。


「二人共良い男に巡り合ってね、結婚するからとパーティーを抜けて行ったわ。それで残ったのは私達姉妹だけ……どう?私なんて?こう見えてもす尽くすタイプなのよ?」


 豊かな胸の谷間に指を差し込み服をズラす仕草が色っぽい。だがこの人、こんな感じだっけ?


「女を安売りするのはどうかと思うよ?もっと自分を大切にしなきゃ。メラニーさんくらいの美貌なら、寄ってくる男なんて多いんじゃないの?」


 深いため息を吐き持っていたエールを煽る姿はなんだか疲れているようだ。


「寄ってくる……そう、男なんて沢山寄ってくるわ。ただし、みんな身体目当てなのよ。一晩過ごしたいだけでその後は知らんぷり。ちゃんとした恋愛なんてした事ないわ、悲しいわよね」


 えっと……なんかすみませんっ!男代表として謝っておいた。

 けど、男なんてそんなもんかもしれないよな。付き合ってなきゃ関係を持ちたくない俺の方が特殊なのだろう。かといってメラニーさんの男になる気はないんだけどね。


「そのうち良い出会いがあるよ」

「そう願いたいわね」



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