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黒の皇子と七人の嫁  作者: 野良ねこ
第一章 動き始めた運命の輪
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12.平和すぎる森の中

 翌朝、街道を進んで行く馬車を見送り俺とユリ姉は森に入った。ここからしばらく二人だけの旅になる。

 何が襲い来るかと少しばかり ドキドキ しながら歩いていたのだが、半日経っても何も現れず何事もないただひたすら歩くだけの時間が過ぎていった……。


 休憩と昼食を兼ねて木の根元に腰を下ろし、二人並んで干し肉を囓る。


「静かなもんだね。獣も居ない」

「そうねぇ、ちょっと静か過ぎぃ?鳥は居るみたいだからこんなもんなのかなぁ。うーん……」


 普段入っている森ではない為、これが正常なの異常なのかは分からない。もしかしたらこの森は元々こんな静かな所なのかもしれないが、だとしたら少し寂しい森だなぁ。




 何事も無く平和すぎる日が過ぎ去り四日目の森を進む俺達二人、時折敵意を剥く動物や昆虫が襲ってくる事もあったが数も少なく対処に困るようなことはなかった。


 真っ直ぐに森を突き進むとやがて予定通り川まで行き着く。


「なぁユリ姉、こんなに獣が少ないのって、やっぱりおかしくないか?」


「なぁに?また新鮮なお肉が食べたくなったのぉ?このお仕事終わったら猪狩りでも行ってぇまたいっぱい食べたらいぃじゃない?それまでは我慢しなさいよぉ」


 冗談っぽく笑っているがユリ姉もたぶんこの静か過ぎる森が異常だとは認識しているだろう。


「それはそれで楽しみなんだけどさ、そうじゃなくて……」


 ユリ姉が指差すのに気を取られ言葉が途切れる。視線を向ければ細かい砂利の敷かれる河原に転々と残る小さな窪み。


「獣の足跡ね、水を飲みに出て来てるんだわぁ。ちゃんと獣達は居る、大丈夫よぉ。

 それよりあそこに丁度良い岩があるわぁ、水浴びしない?」


 水浴びかぁ……確かに毎日寝る前に身体は拭いているし浄化の魔法で体の汚れは落としてはいる。

 あ、浄化の魔法って身体や物についた汚れを落とす生活魔法な?使える者が三割程度しかいないことから一般的に使われる特別な魔法って不思議な分類なんだけど、嫌な匂いまで消せるようなかなり便利な魔法なんだ。


 それでも水で身体の汗や汚れを洗い流すというのは精神的にも必要な事のようで、何日も風呂に入れないのは気分的にも嫌なものだ。人気のない場所だからと裸になって水魔法という荒技もあるけど、アルとならまだしもユリ姉と二人でそれはあり得ない。


 水浴びに同意し、ユリ姉が汗を流している間は大きな岩の森側に背を預けて休憩することにした。


「覗いたら駄目だからねぇ?」


 岩陰からちょこっとだけ顔を覗かせ恥ずかしげに俺を見るユリ姉、あぁ可愛いなぁ。

 ちょっとだけなら覗いてもいい?などと邪な考えは心の中に仕舞い込み、軽く手を挙げれば姿が見えなくなる。


 すると途端に復活する押し込めたはずの邪さん。ヨォッ!と軽いノリで片手を上げ、ユリ姉が消えて行った岩陰から入れ替わりのようにヒョッコリと現れる。


(おいおい、チャンスだって!今なら二人きりだぜ?覗いたってバレやしないし、バレたらバレたで開き直ればいいだろ?なんなら押し倒しちまえよっ)


 いやいや、やめてくれよ邪さん。俺、本気にしちゃうぜ?あんなに可愛くて綺麗で優しい上にナイスバディときたもんだ、見たくないハズがない。

 出来れば彼女にした……いやいや、まてまて。何考えてるんだっ、俺!

 邪さん、悪いけど帰ってくれ!



 かぶりを振って妄想を振り払い岩を背にして座り直すと鞄から干し肉を取り出した。それを咥えてぼんやりと森を見つめる。


 静かな森に動くものは何も無く、ただ静寂だけがそこを支配している。

 本当にこの森は普段からこうなのか?森に入った二日目くらいからずっと微かに感じる違和感。言い知れぬ不安が少しずつ大きくなるが、ユリ姉が大丈夫と言うのならそうなのだろうと言い聞かせてきた。


 不意に感じた何かが動く微かな気配。なんだ?と目を凝らせば木陰から現れる真っ白な一羽の兎。

 白兎は ピンッ と長い耳を立てたまま後ろ足二本で立ち上がると鼻をヒクヒク と動かし周りを警戒していたが、敵が居ないと思ったのか ピョコピョコ と可愛らしい足取りでこちらに向かって進み始める。


 水でも飲みに来たのか?というか、俺が居るのに気が付いてないの?


 岩にもたれ掛かったまま成り行きを静かに見守ると、何を思ったのか、途中で進路を変えて無警戒にも俺を目指してくる。

 すぐ足元まで来ると小さな鼻をヒク付かせて人の足の臭いを嗅いでいるけど……何してんの?食べちゃうぞ?


 とうとう腰の辺りまで来た白兎、今なら手を伸ばせば簡単に捕まえられそうだ。君は警戒心って物をどこかに落としてきたのかい?


 鞄の中にまだ生野菜があるのを思い出し、ニンジンを一本取り出すと白兎が二本立ちになり興味深々でジッと見つめる。


「食べるか?」


 口の前に持っていけば遠慮も無しに カリカリ と小気味良い音を立てて食べるので可愛くなって見惚れてしまう。


 器用に両手でニンジンを持って一人で食べてる最中、少し失礼して両手で持ち上げ膝の上に乗せてみるが食べるのが止まらなければ嫌がりもしない……変な奴だな。

 美味しそうにニンジンを食べている様子を眺めていると、ユリ姉がサッパリとした良い顔で戻ってきたがその様子を見るなり呆れている。


「なぁにしてるのかな?動物イジメちゃ駄目よぉ?」


 まてまて、どう見たら虐めてるんだ?


「なんでか知らないけど呼んでもないのに寄ってきたんだよね、大丈夫か?この子」


 人の股を椅子とでも思っているのか、無防備にも腹を見せて横たわる白兎。よほどお腹が空いていたらしく、ひっきりなしに動く柔らかな頬を指で撫でながらユリ姉を見れば、濡れ髪をタオルで拭きながら柔らかい眼差しを向けていた。

 機嫌良さげな顔に乱れた蜜柑色の髪、うん、可愛い。


 ニンジンを食べ終わると両手で長い耳を挟み毛づくろいを始めた白兎さん。


「かっわいいねぇ、食べちゃいたいくらいっ」


 何を言ったのか分かったのか、はたまた殺気を感じたのか、一瞬 ビクッ と動きが止まりはしたのだが、またすぐに耳のお手入れを再開する。


 そのまま可愛い様子を見ていでも良かったのだが、どうせなら俺も汗を流したい。


「俺も水浴びしてくるわ」


 寛いでいる白兎さんを地面に降ろして立ち上がると、ニンジンのおかわりを取り出してユリ姉に渡すと岩の裏側へと向かった。



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