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黒の皇子と七人の嫁  作者: 野良ねこ
序章 旅の始まりは波乱と共に
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40.エードルンド

 人形のように整った彼女の顔の横に突然 ピョコリ と小さな赤いハートの形をした物体が現れた。驚きはしたもののそのハートに繋がる細いロープのような物を目で追っていけば、アリアさんの腰の辺りで後ろに隠れて見えなくなる。

 ハートはフワリと俺の顔に近付き鼻を ツンツン と軽く突ついてくるが……何なんだ?まさか、尻尾!?


「あははっ、びっくりしたわねっレイ。ほら、魔族としての特徴よ。仕舞っておけば人間と区別つかないんだけどね。あっちのケネスは角が生えている、だから頭に布を巻いているのよ。ケネス、見せてあげて?」


 ケネスと呼ばれた男は不機嫌そうに布を掴んでおもむろに引っ張れば、そこには長さ十五センチくらいの牛の角っぽい物が生えていた。なるほど、こんなものがあったら人間に紛れるときには目立ちすぎるな。

 俺達三人が角を見つめる中、突然アリサさんがケネスの横に現れ、頭の布を整え戻して角を覆い隠した。


「アリサ、アジトが昨日今日で二つ潰された」

「そう、わかったわ」


 アジト? ミカ兄達の仕業かな?


「まさかっ転移魔法ぉ!?」


 驚愕するユリアーネさんを尻目に再度姿を消すアリサさん。すると仄かに甘い花の香りがしたかと思ったら フワリ と背後から優しく抱きつかれる。跳ね上がる鼓動、だがそこにアリサさんが転移したのだと不思議と理解出来きしまい慌てようとは思えなかった。


 しかし、不思議には思う。そんなに背が高かった訳ではないはずなのに、まるで椅子に座る人にでもするかのように俺の顔の横からアリサさんの綺麗な横顔がニュッと伸びているのだ。かと思うとそのまま身を乗り出し、すぐ近くから俺の顔を覗き込んで来た。

 一体どんな格好したらそんなこと出来るのか不思議だがわざわざ椅子に立ってまでする事ではないし、転移なんて凄い魔法を使うくらいだ、まさかとは思うけど宙に浮いてたりなんて……しないよな?


 こんな凄い魔法を使える魔族に戦いを挑んで勝てる訳がない、それも二人もいる……俺達はこのまま捕まるのか?それとも、殺されるのだろうか?


「随分と不安そうね、でも何もしないから安心して?少しお話しがしたかっただけなの。

 そうね……わたくしが魔族だと知ったとき、レイはなんて思ったかしら?危険だと思った?殺してやると?それとも逃げないと、と?」


 んん〜?どうだ?危険……とは思ったのかな。過激派の魔族だと聞いていたから、人間に害を成す存在だと思って警戒したってのが正直なところなんだと思う。

 でも実際はそんなに危険ではない?今はまだ、ってだけ?


「魔族が何故、人間にちょっかいを出すのか考えたことあるかしら?何故、人間を支配しようなどと考えるのか。魔族が何処に住んでるのか知ってる?どんな暮らしをしてるのかは?

 わたくし達だって人間達のように豊かで楽な暮らしがしたいわ。でも魔族は人魔戦争以来、世界の片隅に追いやられ細々と暮らしてきたのよ。その土地はとても過酷なところで生活していくだけで精一杯なの。

 魔族が平穏を求めても人間達と共に生活するのは無理よね?人間の国では魔族は嫌われ迫害され、そして、排除されるわ。じゃあわたくし達が生き残っていくにはどうしたらいいのか?それはもう豊かに暮らせる土地を奪うしかないわ」


 悲しそうな色を浮かべ魔族を語るアリサさん。魔族は魔族で大変なんだな。人間に危害を加える魔族がいなくなれば共存も出来るんじゃないかな?でもそれは人間側の問題もある?もしかしたら人間の方が魔族が魔族というだけで差別しているのかもしれない。それの報復で魔族が人間を?

 どっちが先かとか分からないし、どうでもいいけど、仲良く共存出来るようになるといいなぁ……そんな考えになる俺はやはり変わり者なのかもしれない。


 アリサさんの言葉を噛み砕き、物思いに耽ってる俺に抱き付いたまま動かず、言葉なく見つめるアリサさん。


「やっぱりレイは変わった子ね。わたくしがこうしてくっ付いていても嫌じゃないんでしょう?魔族とか人間とか、あまり気にしないみたい。ウフフッ、貴方みたいな人間ばかりだと良かったのにね。でも現実はそんなに甘くはない。

 わたくしも魔族としての立場があるわ、やらなくちゃならない事もある。ただ、今回はレイに免じてココで退くわ」


「おっ、おいっ!勝手に決めていいのかよ」

「いいのよ、そんなの」


 不満そうに抗議の声を上げたケネスを一瞥すると、アリサさんの白くて細い右手が俺の目の前へとやってきた。その指先には俺が渡した皮袋の紐が引っかかっていて、玩具のようにプラプラと揺らされている。


「コレのお礼はこれくらいでいいかしら?それともまだ足りない?」


 俺を試すようにニコニコと笑いかけるので釣られて微笑むと、ニュルリと空中を滑るように俺の肩を乗り越えながら体を回す。

 もともと距離感の近い人なのか、至近距離で向かい合う形となった俺とアリサさん。触るか触らないかの微妙な力加減で頬へと添えられる細い指。向かい合う綺麗な顔は息が掛かる程の近さで、ドキドキ と高鳴る鼓動が聞こえてしまいそうだ。


 吸い込まれそうな紫の瞳に目を奪われていると、突然唇に柔らかな感触がした。えっ?と思った瞬間に感触は無くなり、アリサさん自身も忽然と姿を消してしまう。


 俺を睨みつけるケネスのすぐ背後から顔を覗かせるアリサさん。唇に人差し指を当ててウインクしているそのすぐ横をハートの尻尾が手を振るように ヒョコヒョコ と左右に揺れている。


「じゃあまたねっ、御機嫌よう」


 二人の魔族は忽然と姿を消し、沢山の物でごった返す狭い部屋の中には静寂が訪れた。それはあたかも最初からそこには誰も存在してなかったかのよう……


「助かったのか?」


「そうねぇミカル達のおかげかもしれないけどぉ、なんだったんだろぅねぇ。何にしてもぉ、あんな魔族が二人も居たのに無事でよかったわぁ。魔族達もこの町から撤収するみたいだしぃ、私達も戻りましょうかぁ?」


「そうね、早く帰ろうよ。オシッコ漏れるかと思ったわ」


 ふうっと大きく息を吐きながら冗談めかして言うリリィに冷ややかな視線を送りつつ階段へと向かう。

 ずっとケネスの殺気を浴びてたんだ、仕方ないといえば仕方ないわな。よく頑張ったよ、リリィ。



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