16.馬車の旅
旅に急く気持ちを抑えて手早く朝食を取ると、四人で馬車の管理所に向かう。仲良く並んでいたのは大きな二頭の馬、その後ろには四輪荷馬車が繋がれている。
初めて見る馬に興味を惹かれて近付いてみると、全身に生える短い毛が艶々でとても綺麗。まじまじと観察していたら「ブルルッ」って鳴いてこっちを見返してくる。真っ黒でつぶらな瞳が可愛いらしく、鼻筋に白いラインが入っていてカッコいい。
「兄ちゃん、あんまり近いと蹴られるぞ」
小太りのおじさんが声をかけてきた。黒いハンチング帽を被ったその人はたぶん御者さんだな。
「おはようございます。今日からよろしくお願いします。 初めて見ましたが、馬ってカッコいいですね!」
「褒めてくれるのは俺としても嬉しいんだが馬は人見知りするんでな、あんまり近くに行くと怪我しちまうんで気を付けてくれよ」
俺から木札を受け取った御者さんは、自分が褒められたわけでもないのになんだか嬉しそう。でも、人見知りなんだ……残念。
興味を持たれたのか、俺を見続けるお馬さん。御者さんには注意されたけど恐る恐る近付いて見るが、じっとしたまま動かないので特に危ないとは思えない。
「お、おいっ……大丈夫、か?」
出発前に問題を起こしたくない御者さんは緊張した面持ちで俺と馬を交互に見ていた。
よ〜し、よしよしっ、大丈夫だぞぉ?
お馬さんの様子を伺いながらゆっくりとした動作で手を伸ばし首に触れてみる。綺麗な毛並みは肌触りも良く、首筋を撫でる手が滑るように動く。
何度か撫でてあげると「ブヒッブルルルルッ」って馬の方もなんだか気持ち良さげな声をあげた。
「驚いたな。馬っていうのは繊細な生き物でな、見知らぬ人に体を触らせたりしないんだよ。君はよっぽど気に入られたらしいな」
隣の馬もこっちをじーーっと見てる。あれ?もしかして触って欲しい?
驚かせないようゆっくりと近付いて触れてみるが……大丈夫みたいだ。そのまま首筋を撫でてあげると気持ち良さげにしている──と、最初に撫でた子が頭を擦り寄せてくる。撫でてあげればいいのかな?
両手を使い二頭の馬を同時に撫でてあげると「ブヒブルルッ」と目を細めて嬉しそうにしてくれる。
「レイさん?……何してるんですか?」
二頭の馬に挟まれている俺を見てポカンとしてるティナ。
「すっかり懐かれてますね、ほーらよしよしっ、いい子ねぇ」
ティナも首筋を優しく撫で始めた。
「君達は凄いなぁ。私は触らせてくれるのに大分時間かかったんだがな……」
御者さんは驚きを通り越して呆れ顔になってしまった。そっか、俺達は凄いのか。でも馬ってパッと見はカッコ良いんだけど、こうしていると可愛いよなぁ。癒される。
「何遊んでるの?さっさと乗ろうよ」
いつまでも戻らない俺とティナ、痺れを切らしたらしきリリィがわざわざ呼びに来た。
新しく現れたリリィに向き直り、品定めするかのようにじっと見る二頭。でも……なんだか……雰囲気が……。
「な、なによ……近寄らないからいいわよっ!」
空気を察して頬を膨らます。何故かは分からないがリリィは受け入れてもらえなかったようだ。拗ねるな拗ねるな、ぷぷぷっ。
「今日からよろしく」と二頭に告げ、一先ずのお別れをした。
馬車に乗り込むべく最後部に回ると同乗する二組の夫婦が。一組は老夫婦で仲睦まじく手を繋いでいる。もう一組は中年の夫婦で沢山の荷物を持っていた。引っ越しでもするのかな?
その人達と軽く挨拶を交わしてさっそく馬車へと乗り込む。
木の板で造られた小屋のような馬車。御者席まで続く通路が真ん中にあり、その両脇に二人掛けの椅子が三列ある。最大十二人まで乗れるんだな。
一番前の席に座ると隣にティナが来た。その後ろにリリィとアルが座る。俺達の通路向かいに老夫婦が、その後ろに中年夫婦が席に着いた。
「ごめんなさい、遅くなりました」
そういえば護衛が付くはずだけど、と思っていたらそれらしき声が聞こえて来る。遅刻ですか……大丈夫なのかな?
御者さんと少し話してたみたいだけど、護衛さん達も馬車に乗り込んできた。後ろに二人、御者席に二人座るようだ。
「遅れてすみません。今回護衛を務める〈野の花〉のリーダー、メラニー・イソメッツァです。四日間よろしくお願いします。では早速行きましょう」
御者席から顔を覗かせた護衛の一人、年の頃は俺達より少し上だろう水色の髪が印象的なお姉さんだった。
女の人がリーダーとかカッコ良いね。後ろを振り向いて見たらアレ?女の子が二人?ってことは、全部で三人も女の子?冒険者って危険な仕事が多いから比較的女の子は少ない。だからどこでも結構引っ張りだこだったりするんだけどな。
ほどなくして動き始めた乗合馬車、これから四日かけてレピエーネまで向かうのだ。最初の二日は森の中、残りの二日は平原を走るそうだ。レピエーネってどんな町だろう?ベルカイムよりでっかいのかな?わくわくするねっ!
平に固められた道を ガタゴト と音を立てて馬車は進んで行く。この街道は町から町を繋ぐ生命線であるため国が整備し、管理もしている。定期的に走る乗合馬車の護衛もギルドを通して国から出されている依頼、そんな理由でそれなりに報酬が多くて人気がある仕事らしい。
街道には馬車の移動速度を基準にし、一日毎にキャンプが出来るように宿場が設けられている。宿場と言っても施設があるわけではなく、単に整備された場所が確保されているだけなのだか、それだけでも十分に有難い。町から町への移動はその宿場を目指して進んでいくのだ。
馬車の中は特にやることもなく、心地の良い揺れのせいで眠くなる。右に左にふわふわ揺れていると横から肩を突つかれた。
「横になりますか?」
はにかみ、頬を少し赤らめて膝を ポンポン 叩くティナ。いいの?と見つめるとコクリと頷くので、眠くて仕方ない俺はそのまま膝へとダイブ。ティナの太腿は柔らかくスベスベで気持ちが良かったのだが、ゆっくり味わう間もなくすぐに瞼が降りてきた。
「あらまぁっ……ふふふっ」
隣のから上品な笑い声が聞こえたけど、もぅいいや、おやすみ。




