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黒の皇子と七人の嫁  作者: 野良ねこ
序章 旅の始まりは波乱と共に
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8.森の珍獣

 翌る日、予告通り森に入った。静まり返った森の中は木漏れ日が差し込み気持ちがいい。そのままお昼寝といきたい所だが昨日で借金返済も終わり、今日から働いた分全部が自分のものとなるのでより一層キリキリ働かねばならない。


 目的の物を探してあっちへフラフラこっちへフラフラ。ちょっと疲れたなぁなんて思ってたら俺達以外の音が聞こえた気がする。耳を澄まして注視してみると誰かの喋り声のような感じ。


「ミカ兄、誰か居るみたいだよ」

「こんな所にか?」


 寄ってきたミカ兄も目を閉じ耳を澄ませている……と、思いきや、声の方に歩き始めた。

 アルとリリィに合図を送り、その後を付いていく。



 獣を獲るための罠にしては大掛かりだ。大きな網に包まれ木の上に吊り下げられている女の子がパンツ丸見えの恥ずかしい格好を晒していた。

 何やらブツブツ と独り言を呟いているが、その娘の頭には忙しなく動く白くて長い耳!どうやら彼女は兎の獣人のようだ。


「何してるんだ?お前」

「ヒッ!にっ、人間!?いやーーっ、こないでぇ!私なんて食べても美味しくありませんわっ!あっかんべーっ」


 何この娘……少しばかりおかしな反応をするウサ耳さんに四人して放心する。で、でもまぁ……とりあえず、助けてあげよ?


「食わねーからっ! 今降ろしてやるからちょっと待ってろ」


 助走もつけずに五メートルの高さまで飛び上がるミカ兄。目を丸くして見上げていれば、腰に下げていた赤くてかっこいい剣を引き抜き、罠の要である上部ロープを目にも留まらぬ速さで鮮やかに斬り裂いた。


 網から解放されたウサ耳さんは重力に従い俺の元に降って来る!

 慌てて手を出せば左手には長い足、右手には華奢な背中がスッポリと収まり、狙いすましたかのようなお姫様抱っこの状態。慌てた様子のないウサギさんは興味津々といった感じで俺を見つめてくるが、その容姿は近くで見るとメチャクチャ可愛い!


 抱きかかえた身体はとても軽く、だいぶスリムなのだろう。それほど大きくはない膨らみを隠すように身体に乗っかる髪は色の薄い金髪であるリリィとは対象的に濃いめのブロンド。襟首でツインテールに結ばれているが落下の勢いで広がった髪はタオルケットのように彼女を包み込み、それがかなりの長さを持つのだと分かる。

 前髪に付けられたうさぎ顔の髪留めも可愛らしく、そのすぐ下には輝く宝石のようなくりっくりの蒼い瞳。そして何よりピコピコ と忙しなく動いて視線を奪う、頭から生えている白くて長い耳。


 あぁ、ウサ耳が俺の顔に……


「あらイケメン!ナイスキャッチで可愛いウサちゃん登場だよっ!でへへっ」


「お前、何で一人でこんな所にいるんだ?家族はどうした?」


「まぁっ!こっちもいい男!じゃなかった、助けてくれてありがとうです!お礼に私をあ・げ・るっ、なーんてね!言わないけど。

 家族で引っ越しの途中だったんだけどフラフラ〜としてたら逸れちゃってね、てへぺろっ。ほら、私ったらおっちょこちょいでしょぅ?よくあるのよねぇ。そしたらなんか網がバサーッと来て、ババーンと吊るされて、ドドーンとなってて、どうしようかと困ってたのよ!」


 なんか賑やかな奴だけど、俺の顔の前で揺れるウサ耳が気になる。パクっとしてみよう。ちょっとだけなら……いいよね?


「ひぃぃぃ!なんで私の耳を食べてるんですか!?やっぱり油断させておいて私を食べるんですねっ!あぁっ、お父さん。先立つ娘をお許しください。可愛い可愛い貴女の娘は人間のイケメンさんに食べられてしまうようです……カクッ」


「ごめんごめん、目の前で誘われたからつい……食べないからっ、本当に食べないから安心して!」


「あー、なら仕方ないですね。許して差し上げましょう。ささっ、謝罪は言葉でなく熱い口付けを ブチューッ とどうぞ?」


 何言ってんだこのウサ耳さんは……テンションに付いて行けなくなってきたわ。なんで俺はまだ抱っこしてるんだろ……もう降ろしていいかな? いいよね?


「あのよぉ……そんでお前、家族のところには帰れるのか?俺達が送ってくか?」


 可愛い桃色の唇に人差し指を当てて「しーーっ」ていうから、皆黙ってウサ耳さんの行動を待つ。


「イケメンさんの鼓動が早い!私に恋をしているようですねっ!」


 細い人差し指を ピンッ と立て得意げな顔をして阿呆なことを言う。

 魔法をかけられたかのように一瞬思考が固まったが、動き始めたのと同時に手の力を抜く。するとお尻から地面にダイブするウサ耳さん、涙目だ。くだらん事言い出すからだよっ!


「いたたたたっ。冗談ですやんっ!わかったってやぁ〜。家族の居場所はわかったピョン。一人で帰れるピョン。お世話になったピョン。んじゃっ、さらばじゃ〜〜」


 言いたいことだけ言って森の奥に走って行けば、あっという間に姿が見えなくなる。

 なんだったんだ?アレ……


「兎の獣人ってだけで珍しいんだけどよぉ、その中でも白耳はマニアですら拝むことも出来ないような超絶希少種なんだぞ?

 でもありゃ〜見た目は可愛いが性格に難ありの不良物件だったな。あれなら俺でも遠慮するわ。そんなことより、そろそろ帰るか」


 森の珍獣ってとこか?インパクトが強すぎるけど、あんな変なのとは二度と会わないだろうから忘れよう。 取り敢えず帰って飯だな。仕事終わりのエールが疲れた体にキューーっと染み込むんだよなっ! 大丈夫だよ、一杯だけだから。一杯だけ……しか飲ませてもらえない、あの日から。




 翌日、ミカ兄は用事があるらしく別行動が決まった。「お前等だけでも大丈夫だろ?」と言われたので、三人して「勿論!」と返事しておく。


 俺達だけでの初めての町の外、門番のおっちゃんとも毎日会ってるから顔馴染みだ。

 挨拶をかわして森に入り採取を始めるが、森は相変わらずの静けさで仕事が捗る。


 お昼を過ぎて少し眠くなってきた頃、目ぼしい物がなくなったので少しだけ奥に入ろうとなった。歩いて行くと見覚えのある場所、昨日のウサ耳ポイントまで来ていた。


「なぁ、ウサ耳ちゃんはなんでこんな所で網なんかに捕まってたんだ?」

「んー?そうねぇ、なんであんな罠が有ったのかなぁ。獣用の罠なら脚をパクっとするやつでいいのにね」


 獣を捕るだけならもっと簡単に設置出来る罠などいくらでもあるはずなのに、こんな森の浅場であんな大掛かりな罠を作るのは府に落ちない。あれは傷を付けずに生け捕りにする為のもの……何を狙ってたのか知らないけど、獣人がかかるなんて大成功だったろうに、罠を壊した俺達は恨まれてやしないだろうか。


 考えても分からないので気にせずに仕事の続き。お目当の物が見つかり、さぁ町に帰ろうかと歩いている時、ソレは現れた。



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