3年経ったんです。
滝川 一益を尾山御坊に入れ、名前を【金沢城】と改名させた。
また、延暦寺から証恵を招き、一益の補佐を頼んだ。
門徒たちの為と了承してくれた。
浅井はここ数年で領地が大幅に増えたので領地をより安定させなければな。
軍事力は五熊隊など常備兵がいるので民衆への負担にはならないのでよいが内政の方はとにかく追いつかない。
従来の物から浅井方式に転換するのには時間がかかる…
暫くは内政重視で行かなければな。
そんな訳で3年間、内政重視で頑張りました。
1560年になり俺も15歳になりました。
領地内も安定して常備兵数も増えた。
加賀国には越中国の一向一揆の門徒たちが豊かな生活を求めて多数やって来た。
そして生活が安定すると他の門徒たちを救う為に動いている。
加賀国の人口は増え、越中国の人口は減っている。
一向一揆の門徒たちだけではなく神保、椎名などの領地の民衆も移動して来ているので神保、椎名の国力も落ちている。
能登国の内紛は畠山 義綱が押さえ込み今は安定しつつあるが、やはり内紛の為、民衆は加賀国へと逃げ込んでいるで国力は落ちている。
丹後国の一色は浅井とは良い関係を保っている。
三好は丹波国を平定した。
その影響で【赤井 家清】【赤井 直正】が浅井に保護を求めて来た。
やはり歴史は変わっているな…
家清はもうこの時期には戦での怪我が原因で死んでいる筈だ。
浅井は三好と同盟を締結しているから三好とは敵対出来ないから丹波国に復帰出来ないが良いのか尋ねたが大丈夫との事なので家臣とした。
三好からは赤井一族の引き渡しを要求されたが拒否をした。
三好 長逸が三好を敵に回すつもりか?と脅されたが三好が敵に回るならいつでもお相手しますよ。
と笑顔で言い返たら赤井一族の事は諦めてくれた。
ちょっと三好とはしこりが残ったかな?
家清には佐和山城を任せ、いつでも出陣出来るように常備兵をしっかり確保するように指示した。
脇坂 安明と片桐 直貞に浅井方式に慣れない家清か困った時に補佐を頼んであるので大丈夫そうだ。
家清もわからない事は安明と直貞に相談して良くやっている。
去年、越後国の長尾 景虎が上洛する時に観音寺城にやって来て会談した。
越後国にも浅井領地から清酒が多少は流通しており、景虎は清酒をかなり気に入っていたので浅井領地内各地の清酒の飲み比べをさせたところ、お気に入りの1本を見つけて喜んでいた。
一番最初に作った俺も思い入れがある【熊泉】が選ばれたのは俺も嬉しい。
勿論、修練場には行きました。
はっきり言って化け物でした…
俺は何とか一度だけ勝つ事が出来たが、流石は卜伝のおじいちゃん!!全勝していた。
宗滴のおじいちゃんも五分五分の勝負をしていたが
「やはり、歳には勝てないのぉ…」
と呟いていた。その歳でそれだけ動けるのは正真正銘の化け物だからね!!
景虎は去り際にさらっと関東と北信濃に集中するから越中の事はよろしくね!!と言って上洛して行った。
まあ、帰りも観音寺城に寄ってたらふく酒を飲んで修練場で暴れて帰って行ったけどね…
足利 義輝は山城国で三好とも問題無くやっている。
武芸者たちが度々二条御所を訪れ修練をしているのでストレスも無く楽しい生活をしているようだ。
朝廷からは【正四位下弾正大弼】を授かった。
後奈良天皇は史実では1557年に崩御されているが栄養のある物などをよく献上してる為なのか今も健康を維持しているそうだ。
良かった、良かった!!
後は織田からお市とねねが婚姻の為に観音寺城に来る事が決定した。
お市が正室となり、ねねが側室となる。
その事を俺の隣で喜ぶ、前田 利家……
利家は織田 信長お気に入りの茶坊主【拾阿弥】を斬り殺して織田をクビになり、俺の所に来た…
「クビになったら俺の所に来い」
と言いましたよね?
だから家族、家臣を連れて来ました!!
利家、信長への想いはどうした?
帰参を叶うえる為に敵中に飛び込んでいった利家はどこに行った!!
弟の佐脇 良之も連れて来てるんだよな…
信長からは2人の事は頼むと書状が来たので俺の側近に加えている。




