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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

捧ぐは不飽 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 つぶらやくんは、このところどこかへ取材旅行へ行ったりしないのかい? さすがに新年度を控えるこの時期だと、好き勝手できる時間は少ないかな?

 旅行って、基本的にいい天気じゃないときついよね。悪天候だと見て回れない場所とか、イベントとかがあってさ、せっかく骨を折って訪れた価値がなくなっちゃう。天気予報と自分の休暇をにらめっこして、良い結果が的中するよう祈るよりないね。

 今に至るまで、僕たちはお天気のご機嫌をうかがわずにはいられない。彼らの力はあまねく地球へ影響を与えるほどだ。逆らうにはそれこそ、地球そのものレベルのパワーがいると思う。ならば上手く利用する方が何倍も利益をもたらせる。

 つぶらやくんも、その辺りの話は色々と聞いたことがあると思うが、今回の話はどうかな? ご機嫌のうかがい方でも、少し特殊な例だと思うんだけど。


 むかしむかし。とある小さな村では、ほぼ百発百中、天気を当てることのできる男が住んでいた。

 あらゆる気象の降りどき、止みどきをぴたりと当てる彼には、いかなる易者も及ばなかったという。そのタネを聞き出そうとした者に対し、彼はいずれも「天気の機嫌を伺うことだ」と説いたんだ。

 彼は当時としては、独特な感性を持っていた。

 それによると、古来、人々は祈りが天に通じると信じ、限られた自分の生涯の一部を祈祷に捧げて、恵みを授かろうとしてきた。だが時と共に、いかに思いが乗ったものでも、形あるものでなくては、味わうことのできぬ神が増えてきたそうだ。

 かといって、人柱などの人身御供が最適かというと、そうともいえない。人にも肉を好む者好まざる者がいるように、神々にも好き嫌いがある。その嫌いなものを献上してしまった時などは効果が表れず、世界が荒れる。

 それを天に通じなかったと嘆く者が多いが、そのくせ具体的な策を講じていない者が多いと、彼は批判めいた物言いで締めた。


 その話を聞きに行った時、彼は木材を加工しているところだったらしい。だが壁や柱にできそうな形ではなく、紙と見紛うほどに細い板が彼の手に納まっていた。現代の感覚でいえばベニヤ板とほぼ同じ薄さ、柔らかさを持っていたという。

 彼はそのベニヤの一方に、棒状のヤスリを当てて慎重に削っている。こすられるたびに、板の端からはボロボロと皮が剥げていくが、そこに乱雑さは感じられない。

 ほんの数寸だけ剥けて、より濃さを増す部分と、剥けずにいる明るい色を持った皮の部分。その不規則な縞模様のごとき並びは、どれひとつとして同じものが存在せず、今男が手にかけているものも、また違う剥き具合だ。


「今の神様のお気に入りはこいつらだ。俺は楽しんでいただくために、こいつらを作っている」


 話を聞きに来た者たちは顔を見合わせたり、肩をすくめたりする。誰一人、男の意図することが分からなかったんだ。男は顔をあげず作業を続け、皆がそれぞれ背を向けかけたところで。


 ぽつん、と大きな音が屋根から響き、一同は頭上を見やった。雨一粒にしては、やけに音が大きい。それを追いかけるように、次々と屋根へ音が叩きつけられる。

 雨が降ってきたのかと、外へ出た者がいたがすぐに首を傾げる。外は雲がほとんどない良い天気だ。天気雨の類もない。かといって、屋根の下へ引き返すと、けたたましく屋根を揺らす無数の気配がする。


「どうにも、『飽きて』いらっしゃると見えるな」


 そうつぶやいた彼は、手に持っていた板とやすりを置き、立って家の隅へ。そこにはこの薄い板たちが何枚も立てかけてある。彼はそれらの居並ぶ頭を指でめくっていき、やがて一枚を手に取った。

 板たちの中では珍しく、剥かれた皮の部分が一定の間隔で並んでいる。彼は板を脇に抱えつつ、手を打ち鳴らす。

 タン、タン、タタタン。タン、タン、タタタン……。

 注意深く彼を見ていた者は、その拍手が、ちょうど板の剥けた部分と符合しているのに気がついた。音がないのは皮が向けていない箇所にあたる。

 彼が作っていたのは、音楽を奏でるための譜だったんだ。しばらく手を打ち鳴らしていた彼だが、やがて満足げにうなずき、板を持ったまま家の外へ出ていこうとする。周りの者が尋ねると、これから天を愉しませに行くのだと、答えたらしい。


 天というからにはてっきり高いところへ向かうのだと、後を追う皆は思っていた。しかし、集落からさほど離れていない森の中で、彼は早くも足を止めてしまう。

 目の前には周囲の木々より、ひときわ深い緑に染まった幹を持つ大木があった。その幹の、ちょうど彼の頭の高さから、場違いに明るい色をした木の板が飛び出ている。木のひびの中へ差し込まれていたそれは、彼の家で作っていた板と同じものに思えたそうだ。

 この時になると、すでに屋根の下でなくとも、皆の耳にはひっきりなしに雨音が響いていた。実際に揺れを感じはしないものの、先ほどから酷使されている耳を通じて、頭の奥がうずく。

 ドン、ドン、ドドドン。ドン、ドン、ドドドン……。

 彼が打ち鳴らしていたのと、同じ拍子だ。でも今はそれに合わせ、脳の奥が心の臓と化してしまったように、痛いほどの拍動を皆は感じていたらしい。


 彼は差し込まれた板に手をやり、一気に引き抜く。幹の中に隠されていた部分が露わになるが、それは木の持つ緑よりもなお濃いもの。それどころか腐食の色さえ見えて、あの譜が書かれていたと思しき板の端は、半ば溶けかけてしまっている。

 その板を放り捨てるや、すぐさま彼は家から持ってきた板を差し込む。刻んだ譜が幹の中へ向くように差し込まれた板は、わずかな引っ掛かりも見せず、深々とその身を幹の中へ滑らせた。


 ほどなく、皆の頭の中で鼓動と、雨の降る音が弱まっていく。彼がそっと板から指を放し、そのまま黙って周囲を見やると、くいっと踵を返して、皆に異状がないか尋ねてくる。

 先の脳内の拍動を話すと「間に合って良かったか」と、彼は胸をなで下ろしたらしい。

 あの音は、ずっと聞いているとますます強まっていく。延々と頭の中に響く音は万民へ例外なく不快をもたらし、そのうえ痛みも激しさを増すんだ。これに耐えきれず、自ら死を選ぶ者が現れることも。


「我らも同じことが続くと、飽きが来るだろう。意識は散漫になり、百の中にある百すべてを見られていたものが、九十九、九十八……。取りこぼしが増えていく。その逃したものが災いを成すのだ。

 天理も同じ。我々は飽くことない楽を、用意し続けなくてはいかぬ」


 そう語る彼は、若いうちこそ一人で板の加工を行い続けていた。年を経てから後継者を育て始めた彼だが、その技を完全に受け継げる者は現れなかったという。

 彼らより何代か後の世において、村は一晩にして村人すべてが死亡する事態に見舞われたそうだ。その光景は各々の頭にそれぞれが手斧を打ち込む、という壮絶なものだった。

 きっと、彼の話したような耐えられない拍動から、解き放たれんとしたのだろう。


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