崩壊
高校卒業目前、美晴から一通のSNSメッセージが届いた。
会って話したいから、いつものファミレスに来てほしいとのことだった。
ファミレスについた僕たちは、ドリンクバーを頼んだ後話し始めた。
僕が和人と遊んでいた所を偶然見たそうだ。和人と遊んでいる時の僕の表情は、同性の友人に向けるような表情には到底見えなかったらしい。
僕はぞっとした。否定したい気持ちはあったが、実際あのダブルデート以降、美晴よりも、和人と出かける機会が目に見えて多くなっていた。
和人と出かける約束をする度、和人が笑顔を見せる度、言葉では言い表せない感情、以前美晴に抱いていた感情と似た感覚が湧き上がって来る事を、僕は心のどこかで感じていた。
これで下心がなかったと否定するのは、言い訳としても粗末すぎる。
僕は美晴に謝った。
すると美晴は寂しそうな笑顔を見せた。
「姿は変わっても、やっぱり宗太なんだね。宗太のそういう潔い所、好きだった」
美晴は怒りもせず、続けて僕に話し始めた。
その事を灯に相談しに行ったこと。そして同じように灯と遊ぶうちに、灯に心惹かれていくのを感じていたこと。
そしてその後ろめたさから、それを僕に話せなかったこと。
「謝らなければいけないのは私の方。ごめんなさい」
美晴は僕に深く頭を下げた。
その後、僕達は何をするでもなくファミレスに居座り続けた。
暫くして、美晴が別れ話を持ちかけてきた時、僕は美晴を咎めることも、未練たらしく縋ることもしなかった。
結論はもう出ていた。それでも僕から美晴に別れ話をすることなく、いつまでも一緒に居続けたのは、強情な僕の自尊心を満足させる、くだらないプライドを守りたかっただけなのだと気づいた。
『世界が変わったから』
そんな大義名分を盾にして、僕は、僕自身が美晴の方から手放されることを望んでいたのだ。
僕は自分が想像以上に最低な奴であることを自覚した。
そして現在。
僕はファミレスを出た後、深夜の街道を突っ切り、真っ直ぐに和人の家へと向かった。
先ほど和人から、灯と話をしてきたと連絡があったからだ。
僕が和人の家に行くと、和人は玄関扉の前の階段に座り込んでいた。
和人は泣いてはいなかったが、目の周りは泣きじゃくった後の子供のように少々腫れぼったく、赤みがかっていた。
和人は僕を見て、疲弊したような笑顔を見せた。
僕は和人の家に入れてもらった。
僕達は薄暗い部屋の中、電灯も点さず、2人で肩を落として座っていた。
僕の選択は間違っていなかったのだろうか。
今になって無意味な自問自答が頭の中でこだましていた。
やがて和人が静かに口を開いた。
「頭がおかしくなったと思って聞いて欲しい」
その後和人は言った。僕の事を女性として好きになったと。涙を流し、声を震わせながら。
肩を落として語る和人を、そっと抱き寄せて答えた。
僕も同じ気持ちだと。
それから僕と和人は抱き合ったまま、声を殺して泣き続けた。
あの大災害の後、傷だらけになった心の膿を洗い流すように。
今でも忘れられない思い出が、溢れる涙で歪み見えなくなるくらいに。
泣き疲れてその場で寝てしまうまで、僕達はいつまでも泣き続けた。