離別
「私たち、別れたほうが良いと思う。このまま中途半端じゃ、辛くなるだけだから」
彼女……いや。
彼は寂しそうな笑顔のまま、絞り出したような声で言った。
「わかった」
僕は心の奥底での葛藤を押し殺して、一言返した。
どれほどの時間が流れただろうか。僕達は、いつもの待ち合わせ場所としていた、思い出深いファミレスに2人でいる。
僕が頼んだコーラは、結局1度も手をつけないまま、気が抜けて氷も溶けきっている。彼のアイスミルクティーも、氷が溶けきってしまっているが、手をつけた様子は全くない。
ファミレスは閉店前。既に僕達以外の客はいなくなっていた。
僕はゆっくりと席を立ち、一言だけ言った。
「じゃあ、そろそろ出るよ。勘定は僕がしておく」
彼はこちらを見ることもなく、無言で俯いていた。
僕が席を立ち通路に出ると、彼は声を上げて言った。
「待って!!」
僕は振り返らず歩いた。すると彼は後ろから抱きついてきた。
「今まで……ありがとう……」
悲しみを押し殺したような、震える彼の声。背中に感じる、彼の香りと暖かさ。
これが彼の愛を感じられる最後と考えてしまった僕は、未練たらしくも胸が苦しくなり、自然と涙が溢れた。
「こちらこそ、ありがとう……」
彼の優しさに応えようと、僕は彼の腕を力いっぱい引き寄せた。
僕達が別れた理由、それは至極単純。互いに好きな人が出来たからだ。
彼、『逢坂美晴』は、彼の親友だった『千藤灯』を。
僕、『日下部宗太』は、僕の幼馴染だった『山村和人』を。
一見何の変哲もない、他愛もない、そしていかにも利害が一致しているかのような最低な理由。
別れを惜しむ理由は他にある。
僕達を引き裂いたのは誰のせいでもない。
この世の全てが変わってしまったからだ。