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P.B.S  作者: 春秋夏冬
一章 魔王の試練
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一方その頃

森の中より訪れた少女は、深い眠りを享受する。

一方その頃、彼らは。

 ---


「結局のところ、奏は花ちゃんの件をどう考えてるの?」


 深夜、ガーディアンズの浴室で、奏とリリノ、ケイトは向きあっていた。それぞれ白い布で身を覆っているのは念の為。


「“どう考えてるか”って? 境界に訪れた云々に関しては、人のことは言えんからな。そこは置いておくが、まあ正直怪しいとは思う。花が、というよりはあいつの周りがな」


「だよねぇ。花ちゃんを“マスター”なんて呼んでるっていうからさ、そのメルヘンっていう男、例の本に宿った精霊かなんかじゃ無いかって思ったんだよ。本が花ちゃん以外には触れられないってのもあったから、余計にね」


 だけど違うみたいだし、とリリノは首をかしげる。自らも本に宿る付喪神である以上、彼女がその発想に至るのは当然だった。


「リリノの結界内に入れたんだから、少なくとも花ちゃんは、俺たちへ害意を抱いていない。そうなると、やっぱり怪しいのは“メルヘン”なんだよね」


 “神”とその名についてはいるが、付喪神の本質は妖怪に近い。けれどリリノは人のみならず、神の信仰を受けて生を得た。高天原の神々に『汝は神である』と認められた付喪神。故にその力は並の神霊を凌ぐほどに強大である。


 そのリリノが全霊を込めてラピュタに張った結界は、リリノ本人に加え彼女が認めたもの、つまり奏とケイトに害をもたらすものを防ぐ。奏たちはリリノを、リリノの結界の精度を信じている。だからこそ、花のことも信じられる。結界内部に入れた時点で、花は知らずのうちに、一定以上の信頼を彼らから得ていた。


「“メルヘン”ねえ...。英語なら“フェアリーテール”、日本語なら“おとぎ話”に該当するドイツ語か。そういやヘンゼルとグレーテルもドイツ発祥のメルヘンだな」


「グリム童話だね。他の有名どころだと、白雪姫とか赤ずきんとか」


「ラプンツェルとか、ね」


『ラプンツェル』。『髪長姫』とも呼ばれる、塔に閉じ込められた少女の物語である。ケイトが口にしたその童話に、奏とリリノが眉を寄せる。


「花ちゃんが境界に来た経緯が『創世記』をイメージさせるって言うならさ、境界に来るまでは『ラプンツェル』感があるよねぇ」


「『塔の中』ならぬ『森の中に閉じ込められた少女』ってな。そうなると、“メルヘン”とやらの配役は、悪役(ヴィラン)の魔女ゴーテルになるが」


「ま、今はまだ情報が無さすぎるから、何とも言えんが」そう言って奏は腰をあげる。浴槽から水が溢れ、水面には波紋が広がった。


「“家族になりたい”って言われて、それを受け入れたんだ。『元の世界に帰ること』が願いってのは俺たちからすりゃ寂しくもあるが、うちには境界の番人様もいる。なぁ?」


「いざって時は融通利かせろって? はは、いいよ。お前たちの頼みなら、番人の特権ってのをフル活用してやろうじゃないか。これだけ特異な事象が続いてるんだ。失われるはずの記憶だって、保てるかもしれないしね」


 元の世界に家族()が戻ったとしても、二度と会えないわけじゃない。何たって俺たちには世界を渡り歩く番人様が味方についているのだから。


 なら、迷うことはない。


「これより“ガーディアンズ”は新たな同胞の元いた世界を探し出し、一連の事象の原因を解明することを目標に行動する。......いいな、お前たち?」‬


「おーけいおーけいっ。我らがリーダーの仰せのままに、ってね」‬


「ああ、確かに拝命した。そうだね、全力以上で行こうか」‬


 -- ああ、面白くなりそうだ。


 己の言葉に応えた二人に笑みを返し、背を向ける。




 異世界、箱庭。奏‬にとって大好きなものだけを詰め込んだ、玩具箱(おもちゃばこ)のような世界。元いた世界、主軸の世界のことも愛しているけれど、それと同じくらい箱庭が愛おしい。‬


 十九年。永劫を生きることの無い人間にとっては長く、永劫を生きることが珍しくない箱庭の住人にとっては、あまりにも短い時間を生きてきた。


 長く短い己の生涯において、最も楽しい時間が始まるような予感がする。奏は、途方も無い歓喜が胸を満たしていく感覚を、存分に味わうのだった。













 ---













 今日、マスターの為に選んだのは『千夜一夜物語』だった。以前にも同じタイトルの本を渡したことはあるが、何せこの物語は話数が非常に多い。本当にシェヘラザードが語ったのか。それすら定かではない物語たちは、時の流れを、様々な地域を旅するうちに、膨大な数となり後の世に伝わっている。まだ読んだことの無い物語が収められたこの本を目にした時、あの方はどんな反応を見せるのだろう。それが、楽しみで仕方がなかった。


 だというのに。




「......マスター......?」




「おかえりなさい」という耳に馴染んだ声が聞こえてなかった時、まさか、と思った。脳裏をよぎった想像を否定したくて、家の中を探して回った。


 “外”にいるだなんてことは考えもしなかった。だってあの方は、私の願いをいつも聞き届けて下さった。森から出ないこと。私が留守の間は、家から出ないこと。あの方が“外”にいるだなんて、そんなこと、有るはずが無い。


 有るはずが無いのだ。


『ヘンゼルとグレーテル』は棚の中に。マスターと焼いたアップルパイは机の上に。けれど、探しても探しても、マスターの姿はない。残るは地下書庫のみ。嫌な想像を振り払うように、地下へと向かう。


 いない。いない。まさか、そんな。


 書庫の奥まで進んで、ようやく現実を受け止めた。本来本棚があった場所。そこにぽっかりと空いた暗闇が、私を待っていた。


 マスター。私の、マスター。


 --あの本を、見つけてしまったのですね。











 ---









 ひらり。


 蝋で封じられた一枚の手紙が、守護者を謳う空飛ぶ島へと届いた。何処からともなく現れたそれは、音も立てずに、眠る少女の側の机へ降り立つ。


 送り主は遥かな空の上で、対の紅玉を妖艶に煌めかせる。


「早う来い。全く、厄介事に好かれる童どもめ」


 紅玉に釣られるように、明けの明星が箱庭の空で一際煌めいた。











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