ガーディアンズ 2
前回、空中散歩のシーンをちゃんと描写出来なかったのが反省点の一つ。
動く城に住む魔法使いの物語の序盤、ヒロインと魔法使いの空中散歩のシーンが好きです。
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「奏だ。年は十九。箱庭に来たのは二年前だな。苗字は、この世界に来るときに捨ててきた」
捨ててきた、その言葉に「忘れた」と意味を込めて口にする。花に伝わらないのは分かっている。
そこまで言うと、奏は「成る程な」と呟いた。自己紹介と言われても何を言えば良いのかよく分からない、とはこういうことか。
「なら、俺から奏についての補足、良いかな」
花ちゃん、境界での俺の言葉、覚えてるかな。とケイトは言った。
『本当に不思議なんだよね。錠の中には、普通入れないでしょう。だけど、君はここにいる。......まあ、一度だけ例外がいたんだけど。あれは本当に特別、イレギュラーだから、あんまり参考にはならないし......』
「その例外が奏。主軸の世界からこの箱庭にやってきた、唯一の存在」
並行世界の残滓だけが、訪れることを許される箱庭。その箱庭に、主軸の世界に生きるものが訪れた。だからこそ奏は例外なのだと、そう語った。
「おまけに、人間とは思えない身体能力してるしね」
とはリリノの言葉。足がすごく速いとか力持ちとか、そういうことだろうかと、花はぼんやりと想像してみる。リリノとケイトに好き放題言われている張本人は、「お褒めに預かり恐悦至極」と軽口を返していた。
「まあそんな訳だから、奏のことも、もしかしたら花ちゃんのいた世界を探す手がかりの一つになるかもしれないって、俺は思ってるんだ」
ちらり、とケイトが花を見る。自己紹介を促されているのだと察して、口を開いた。
「改めまして、今日からこちらでご厄介になる、花といいます。人間です。それから、えと、年は十六になります」
「若い」とリリノが呟いた。
「千年を遥かに超えて生きてる神霊様やら不死の番人様からしたら、人間なんてみんな赤子みたいなもんだろ」
その言葉に、やや呆れた顔で奏が答えた。見た目こそ花や奏と同じ10代後半、ぎりぎり20代に届くかといった様子だが、やはり人外。人ならざる二人は、人の生の理とは遠く離れたところで時を重ねているらしい。
森に住んでいたこと。蛇に追われたことがきっかけで、不思議な本を見つけたこと。おそらく、その本の力で境界を訪れたこと。帰る世界が、見つからないこと。大切な人を探したいこと。
境界や世界の事情についてはケイトに細かい補足をしてもらいつつ、自らの事情を新たな仲間に、家族に話す。話し終え、奏とリリノの顔色を伺う。何かを考え込むように、それぞれ目を伏せている。
「あのっ」
焦った声が出る。花には“世界”についての知識がない。境界の番人であるというケイトは勿論だが、神様だというリリノ、自力で境界に訪れてみせたという“例外”、奏。特に奏は、箱庭を訪れる経緯が少しだけ花と似ているのだ。少しでも、手がかりが欲しい。大切な人を探し出す為にも、ここで彼らの力を借りたかった。
けれど、その対価として返せるものが花にはないのだ。情けなくて、己の力不足を痛感して、けれどここで俯いて黙っているなんてことだけは、絶対に出来ない。
「お願い、しますっ。逢いたい人がいるんです。皆さんの力を、貸していただけないでしょうか......!」
震えそうになる声を張って、頭を下げて頼み込む。地獄の沙汰を待つ罪びとでも、今の花より張り詰めた心はしていないだろう。
ふ、とかすかな笑い声に場の空気が緩んだ。ゆっくりと顔を上げ、奏とリリノを見る。
「いや、すまん。そう不安がらないでくれ。何か勘違いさせたみたいだな、花」
「いやあ、ごめんね? もちろん、協力させてもらうよ」
目を伏せて考えていたのは、協力をためらっていたのではないのだと。そう、二人は言った。
「ありがとうございます...!」
礼の言葉を受け止め笑みを浮かべていたリリノを見て、奏が口を開いた。
「リリノ、お前は何を考えていた?」
「ああ、さっき黙り込んでたとき?」
ああ、と奏の肯定を受け、リリノは花に向き直る。
「その不思議な本とやら、今私に見せることって出来るかな」
鞄から本を取り出し、差し出そうとした花の手が止まった。ケイトに渡そうとした時の光を思い出し、慌ててそれを説明する。
「それなら君が持ったままで構わないよ。でも、うん。私の知りたかったことは、もう解決したかな」
「知りたかったこと?」
「私は書物に宿った付喪神だって、さっき話したでしょう。その本に不思議な力があるというなら、私みたいに神なり精霊なり、宿っているんじゃないかと思ったんだけど...」
当てが外れたな。リリノはそう言うと、「奏は?」と問いかけた。奏は、一度目を閉じ、考えを纏めてから口を開いた。
「蛇が現れた。そう言ったな、お前は」
蛇によって元いた世界から追い出される。そんな話を読んだことがある。
奏の言葉に、それぞれが反応を示した。
「旧約聖書......『創世記』か。エデンの園より追放された、アダムとエバのことを言っているんだろう」
「蛇に唆された二人が禁断の果実を食べたことで、エデンから追放されるっていうアレだよね。奏は、花ちゃんのいた世界が聖書に関連してるって考えてるの?」
『失楽園』と挿絵の名を取って呼ばれたりもするそれは、余りにも有名な物語。蛇に唆され、主なる神に禁じられた「善悪の知識の実」を食べた男と女は、「命の木」の実までも喰らわれることを恐れた神により、楽園より追放されたと語られている。
ぞくり、と。花は悪寒を感じながら口を開いた。
「奏さん」
「おう」
「私が書庫から取り出そうとしていた本が『創世記』なのは、偶然なんでしょうか」
にや、と奏の笑みが深くなる。面白くなってきた、そんな感情を隠そうともしない様はいっそ見ていて清々しい。基本的に奏は、“面白いこと”が好きで“退屈なこと”が嫌いな、ある意味限りなく人間らしい男だった。
「俺の仮説が合っているとするなら、偶然にしては出来過ぎだが......さて、どうだろうな。......例えば、の話だが。何者かが意図を持ってお前を世界から追い出そうとした、そのトリガーに『創世記』を選んだ可能性がある」
すなわち、花の世界の異常と聖書--創世記に関係は無く、ただ「世界を追い出される」という筋書きを利用された可能性。花が創世記を読もうと手を伸ばした、その行動がトリガーとなり、仕掛けた罠が発動する。そうして蛇に追われ、花が不思議な本を開いたことで、世界から追い出される。
あくまで可能性の一つだが。そう言われても、花の心は晴れない。書庫に罠を仕掛ける。そんなことが出来るのは、花を除けば一人しかいないのだから。
「 俺からも聞きたいんだが。なんでお前、『創世記』を読もうとしたんだ?」
敬虔なキリスト教徒でもない花が、空いた時間に『創世記』を何となく読もうだなんて思うものだろうか。素朴な疑問だったが、至極当然とも言える奏の言葉。
「アップルパイが、あったんです」
「は」と、奏もリリノもケイトも、何とも言えない声を漏らす。
アップルパイ。......アップルパイ?
アップルパイとは、砂糖で甘く煮詰めた林檎をパイ生地に包んで焼き上げたお菓子のことである。アップルパイと創世記に何の関係があるというのだろう。一方は、老若男女に大人気のお菓子。もう一方は、世界中で最も読まれた本と言われる聖書の中の物語。
「もしかして、林檎のことを言ってる?」
恐る恐るというかなんというか。リリノの問いかけに、花はこくりと頷いた。
「昨日焼いたアップルパイがあったんです。書庫に行く前にヘンゼルとグレーテルを読んでいたら、甘いものが食べたくなって」
今はお腹が空いていないから、あとで食べよう。けれど、ヘンゼルとグレーテルの余韻に浸って、甘いものを食べたい気分になっているのは今なのだ。アップルパイ。サクサクのパイ生地に、しっとりとして甘い林檎。アップルパイ、アップルパイ。
......そうだ、林檎が出てくる物語を読もう。
単純な思考。されど人間、食欲には抗えぬものだ。林檎の出てくる物語。ぱっと思いついたのは『白雪姫』。大好きな童話。でも毒林檎ってどうなんだろう。アップルパイを食べたい気分をキープするのに毒林檎は流石に、ない。
そうして次の候補に上がったのが、『創世記』だったのである。創作の中で禁断の実は、よく林檎として描かれる。神さまが食べるのを禁止するなんて、そんなに美味しい実だったのかな、独り占めしたかったのかな。今はそんな俗っぽい理由ではないと理解しているが。悲しい哉、初めて創世記を読んだ時に思ったそれは、深く花の頭の中に残っていた。
「......明日のおやつに、アップルパイでも作ろうか」
仮に奏の説があっていたとして。発動のきっかけがアップルパイになるとは、罠を仕掛けたものも思っていなかっただろう。喉の奥からなんとか絞り出したケイトの言葉に、奏とリリノは黙って頷いた。
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酷い脱線事故だった。アップルパイは一旦置いておいて、彼らは話を進める。すでに食事は終わり、紅茶が4つ、机の上に置かれていた。
「リリノと奏にも、花ちゃんの事情は知ってもらえたし、自己紹介も済んだし。これから改めてよろしくね、花ちゃん」
ようこそ、ラピュタ “ガーディアンズ”へ。
ケイトは笑みを浮かべながらそう言った。ぱちぱちと響く、軽い拍手の音はリリノによるもの。
「“ガーディアンズ”?」
「この島の、そしてこの島に住む俺たちを纏めて示す呼び名だな。基本的にラピュタってのは、同じ世界の同じ物語に由来する者たちが纏まって暮らしているところだ。例えば、かの有名なアーサー王と円卓の騎士たちが住まうラピュタは“キャメロット”なんて呼ばれてたりする。ま、そうは言ってもアーサー王たちだって、並行世界から何人もやってきてるんだ。“キャメロット”以外の名で呼ばれるラピュタもあるがな」
「箱庭で最も有名なアーサー王のラピュタは、色々と事情が複雑なんだが」と奏は付け加える。そちらについても詳しく聞きたいが、それよりも気になることがあった。
「皆さんは、同じ世界の同じ物語出身、というわけでは無いですよね......?」
並行世界の日本神話出身だというリリノに、主軸の世界から訪れた例外、奏。境界の番人であるケイト。彼らはなぜ、同じラピュタで暮らしているのか。
「言われてるぞ、家出娘」
「誰が家出娘だっ、そんなこと言うなら天罰下すぞ?」
奏に茶化されたリリノが、それはそれは綺麗な笑みを浮かべて奏を見る。いつものこと、と二人を眺めるケイト曰く。
ずっと、ずっと昔。“訳あって”リリノは自分のラピュタを飛び出した。その“逃亡”を助けたのがケイトなのだという。リリノもケイトの危機を救い、最初の頃は互いに借りを返すために行動を共にしていた。けれどそこから遥か千年。いつの間にか、共にいるのが当たり前、なんて感じてしまうようになった。箱庭の中を、時にはリリノを境界に招いたりもしつつ、住処を定めずに彷徨っていた。二年前、奏が境界を訪れたことで、その旅も終わりを告げる。箱庭の角に手頃なラピュタを見つけ、三人でそこに住み着いた。
「“ガーディアンズ”の名前はね、俺が付けたんだ。俺は、俺の命を救ってくれた、今なお追われているリリノを守る。リリノは、世界は違えど“日本”に住んでいた奏を大事に思ってるみたいでさ、意識的にか無意識的にか、守ろうとしてる。そして奏は、まあ自分で言うのもなんだけど、新しい“家”を提供した俺を守ろうとしてくれてる」
ケイトの言葉に、何故か指相撲で言い争いの勝敗を決めようとしていた奏とリリノが振り向いた。
「阿呆。家を提供したって恩だけでお前を守ろうとしてるんじゃ無いぞ、俺は。お前が無茶したがりだから、ストッパーになってやってるんだ」
「私も、奏ばっかりじゃなくてケイトのことも気にかけてるつもりなんだけどなあ」
「ああ、そうだな。俺はリリノのことだって、守ってみせるさ。花、お前のこともな」
「私も私も」と手をあげて花を巻き込み出す二人に、虚を突かれたように目を瞬かせていたケイトは、くす、と笑う。
「そうだね。俺にも、リリノはもちろん、奏と花ちゃんを守らせてほしいな」
一人はみんなのために、みんなは一人のために。『三銃士』なんて、騎士なんてガラじゃないけどさ、同じラピュタにいるんだ。家族ってつまりは運命共同体みたいなものだよ。俺も、奏も、リリノも、そうありたいと思ってる。だから“守護者”。......君も、そう思ってくれると嬉しいな。
そう言って笑う、番人に、付喪神に、そして自分と同じ“人間”に、花はふわりと笑みを返す。
「私も、皆さんと家族になりたいです」
この言葉は、彼らの笑みに、優しさに、返すものを持たない自分からのせめてもの礼なのだ。視線をまっすぐに受け止めて、そう、応えてみせた。
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一話にこっそり登場済みのアップルパイ先輩。
“ちょっとした騒動”まで書くと、普段の倍近くの文章量になりそうなので一旦切ります。後書き詐欺ですみません...。




