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P.B.S  作者: 春秋夏冬
一章 魔王の試練
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ガーディアンズ

一章、始まります。

サブタイトル回収は多分次回。


 

 ---


 足が地面に確かについている。当たり前だったはずのそれに、ここまで安堵する日が来るとは思っていなかった。境界にいたのはおそらく一時間程度だったのだろうが、あの空間は妙に落ち着かない。風も火も水も土も、何もない場所があるなんて、花は知らなかったのだ。加えてケイトに誘われての空中散歩である。箱庭に転移した直後こそ、未知に溢れた世界に胸が高鳴ったが、やはり高い場所というのは落ち着かない。怖い。大地の感触を靴越しに確かめながら、花は目の前の門を見上げた。


「ここが、俺の住むラピュタ。今日から君の家になる場所だ」


 花を連れたケイトが降り立ったのは、さほど大きくはないラピュタだった。門は固く閉ざされており、中は伺えない。ケイトが門に手をかざし、押し開こうとした時だった。


 音で表現するなら、ばあん、と。勢いよく門が内側から開かれた。


「おかえりケイト! お客さんがいるんでしょう?」


 鈴が転がるような、否、鈴が跳ね回るような軽やかな声。門を開けたのは、和装の少女だった。少女の衣がふわりと揺れる。


「ただいま、リリノ。そのお客さんを驚かせてどうするんだよ」


「えっ?」


「リリノ」。それが少女の名前らしい。ケイトの半歩程後ろにいた花を、少女は門の中から、身を乗り出すようにして見つめた。花からも、リリノの姿がはっきりと見えて、思わず息を呑んだ。


(なんて、綺麗な女の子......)


 結われた髪は烏の濡れ羽色。日の光を浴びて一層艶めき、花の目を奪った。扉を開け放ったのは、太陽のような明るさと月のような儚さを併せ持った、美しい少女だった。


「驚かせちゃったかな、ごめんね。私はリリノ。ええっと、君は......」


「私、花です。リリノさん、あの、えっと」


 彼女の美しさを褒めたいのに、言葉では表せる気がしなくて口ごもる。不思議そうに花を見つめるリリノに、余計に焦って言葉が出ない。


「リリノが驚かせるから......お前はもうちょっと落ち着くべきだよ」


「何だってぇっ! 失敬だぞケイトくん!」


「くんってなんだよ、くんって。それに、何なのその口調」


 ケイトが間に入って場を取りなす。何はともあれ、このラピュタの住人たちにも事情を話さなければ。


「リリノ、花ちゃんをしばらくここで預かりたいんだ。ちょっと色々事情があってね。花ちゃん、リリノとあともう一人のここの住人にも、君の事情を話しても構わないかい?」


「ご厄介になる身ですから、もちろんです」


 申し訳なさそうに頭を下げる花を見て、“訳あり”か、とリリノは察する。ケイトが“訳あり”を連れてくるのはこれで二回目。一回目だって受け入れたのだから、花を受け入れない理由などリリノにはなかった。


「歓迎するよ、花ちゃん! 厄介だなんて思わなくていいんだ。ここに住むなら、君も私の家族だっ」


「リリノさんっ?」


 リリノはぎゅう、と花に抱きつく。微かに、紙とインクの優しい匂いがした。「お前のそのパーソナルスペースの狭さはどうにかした方がいいと思うよ」というケイトの言葉はスルーだ、スルー。


 このラピュタに住むものは、みんな“訳あり”なんだ。だから、君一人が怯えなくてもいいんだよ。


 口にこそ出さないけれど、力強く、けれど優しく、新たな家族を抱きしめた。


 ---


「リリノ、(かなで)は今どこに?」


「午後は畑の方にいるって言ってたよ?」


 リリノによって門の中に招かれ、花はラピュタの中を歩いていた。道の先には大きな洋館。家といえば丸太小屋しか知らなかった花は、あそこに住んでいるのだと聞いて驚いた。少しずつ日が傾いてきて、洋館には影がかかり、その荘厳さを増していた。


「話すなら、全員揃っての方が都合がいいしね。俺は花ちゃんと、紹介も兼ねて奏を呼んでくるよ」


「おーけいおーけい。じゃあ私はお風呂洗ってこようかな。もうすぐ夕ご飯の時間だし、食べ終わる頃には入れるようにしておく。畑行く前に奏がキッチンでなんか仕込んでたから、ご飯の支度も出来てるっぽいしね」


 また後でね。そう言い残して、リリノは薪割りしなきゃ、と去っていった。


「じゃ、俺たちも行こうか。畑に案内するよ」


 ケイトに促され、歩き出す。小型のラピュタでも、空飛ぶ『島』というだけあってそれなりの広さはあった。


「この世界でも畑があったり、お風呂は薪で沸かしたりするんですね。......前の世界と少し似ていて、なんだか安心しました」


「まあ、こっちでもみんな生きてるからね。神さまだって、楽しみの一つとして食事をしたり、お風呂に入ったりもする。悪魔だって人だって、根は似たようなものだよ」


 一つ、気になっていたことがあった。


「あの、ケイトさん。リリノさんのことなんですが」


「ん、リリノがどうかした?」


「リリノさん、どうして私やケイトさんがラピュタに着いた直後に、門を開けられたんでしょう。それに、リリノさんは門を開けた時、『お客さんがいるんでしょう』と言っていました。その時は、リリノさんは私がいることを知らなかったはずなのに、って不思議に思ったんです」


「ああ、リリノはね、このラピュタに結界を張っているんだ」


 彼女の張る結界は、ある意味境界に近いものだとケイトは言った。世界と世界を分かち、その内に独立した空間を作り上げる術なのだと。箱庭という外部とラピュタの内部を仕切り、万が一に備え、外部からの災厄を弾くものがリリノの結界だ。


「結界内部、そして外部でもある程度の距離のことは感じ取れるみたいでね。馴染んだ俺の気配に加えて、見知らぬ君の気配を感じていたんだと思うよ」


 結界は、災厄を弾くもの。花がこのラピュタに近づいても、結界は反応しなかった。だからリリノは、初対面でも君を警戒しなかったんだよ。そう言ってケイトは笑った。


「リリノは君を、心から家族と認めてる」。その言葉が、花は嬉しくてたまらなかった。寂しい。怖い。大切な家族が恋しくてたまらない。そんな時に、新しい『家族』が出来た。心を休められる場所を与えられたようで、それがとても嬉しいのだ。


「リリノさんは、魔法使いなんですか?」


「魔法使い、というか......。ああ、畑が見えてきたね。全員揃ったら、夕食の時にでも、改めて自己紹介の場を用意するよ。その時にきっと、リリノ自身が答えてくれる」


 だから、その時まで答えはお預け。そう言って、ケイトは畑の中に入っていく。「おいで」と花に告げると、ケイトは羽織ったままの長いローブの裾を器用に操り、奥へと進んでいく。その背を追うと、野菜が山盛りになった籠を持った青年とケイトが話しているのが見えた。


「そいつが?」


「そう、彼女が花ちゃん。今日からここに住むことになる」


 じい、と青年に見つめられ、花は慌てて背筋を伸ばし、名を口にする。


「あのっ、花といいます。あなたが、奏さん.....ですか?」


 先程のリリノとケイトの会話に出てきていた人物、「奏」。それが青年の、このラピュタに住むもう一人の住人の名だった。


「ああ、俺が奏だ。花、だったな。お前を歓迎する、よろしくな」


 整った顔を、ふ、と緩ませて、そう言ってくれたから。思わず、彼にも聞いてしまった。


「私を、奏さんの家族の一人にしてくれますか?」


 一瞬。奏は呆気にとられて、花の言葉の真意を探ろうとした。だが、奏の視界の隅でケイトが、己の仲間が、少女の言葉に驚きつつも嬉しそうな表情を浮かべているものだから。


「......ああ。この島が俺の家だ。このラピュタに住む、ケイトも、リリノも、そしてお前も。俺の、家族だ」


 絆された訳でもなく。けれど無意識のうちに、本心から。そう、答えていた。


 ---


「ようやく全員揃った。と、なれば!」


 いただきます!


 いただきます。とリリノに続いてそれぞれが口にする。夕食である。奏が仕込んでいたのはシチューだった。畑には、サラダに使う野菜を取りに行っていたらしい。


「美味しいです、とっても......!」


「うんうん、奏もケイトも料理が上手いからねぇ。ご飯の心配はないよ、花ちゃん」


「リリノは和食しか作れないからね」とケイトが言えば、「本当に訳がわからん。リリノ、どうしてお前の料理は、和食以外軒並みダークマターになるんだ。」と奏が相槌を打つ。


「それはもう、私の生まれが原因って思うほかないっていうか、ね?」


「リリノさん、日本の出身なんですか?」


 和服を身につけていることもあって、花はリリノの故郷は日本なのではないかと考えていた。


 これは、余談となるが。花は森の外へ出たことこそないが、メルヘンや彼が与えてくれた本によって、知識としてなら外の世界を知っていた。様々な国があること。たくさんの文化が、文字が、言葉があって、花の読む物語は、それらによって構成されているのだということも、全て教わっていた。


「ああ、ちょうどいい頃合いだし、改めて自己紹介といこうか。花ちゃんも気になっているようだし、まずはリリノからだね」


 はいはーい。と応えて、リリノは口を開いた。快活な調子は身を潜め、どこか厳かで、凛とした声が部屋に響く。


「改めまして。花ちゃん、私はリリノ。君の推察通り、私が存在しているのは日出ずる国の歴史の中。数多に存在する並行世界よりこの箱庭に訪れた、幻想の欠片。......日本最古の歴史書。神代を後世へ伝える神典、古事記。主軸の世界では失われたとされる、その原本に宿ったもの。人と神の祈りによって生まれた付喪神。それが、私。リリノなの、でし、たっ」


 荘厳さは最後まで持たなかった。堅苦しいのは好きじゃないんだ、そう言って付喪神はふわりと笑った。


「神さま......?」


 美しい少女は、魔法使いではなく神様だった。物語の中だけの存在だった、憧れていた存在が、花の目の前にいるのだと、リリノは言うのだ。「神様だからって、畏まらないでね? 神としての格自体はそう高いものではないし」と笑う。その笑顔は、成る程確かに、信仰の対象足り得るものだった。


「次はケイトね」そう言われ、境界の番人は目を瞬かせた。


「俺もやるの? 俺、もう花ちゃんに二回名乗ってるんだけど......。ん、と。俺はケイト。世界の狭間、境界を司る番人で......って、もうこれ何度も言ってるよね」


「境界のことも、たくさん教えてもらいました」


「だよねぇ。他に言うこと......。ああ、俺は神様でも人でもないってこと、とか? あとは、まあ一応、不死だったりします」


「え」と。それだけが喉から零れ落ちた。


「とんでもない爆弾を伏せたままに、自己紹介済みとか言っていやがったぞこいつ」とは奏の心中での呆れ言である。案の定というかなんというか、花は混乱の真っ只中だった。


『境界の番人』であり、空を飛んだり空間転移をすることができるのだから、人ではないのだろうとは思っていたが。人でも神様でもなく、おまけに不死だというのだから、もう理解が追いつかなかった。奏もリリノも呆れ顔のままで、助け舟は当然出さない。慌ててケイトが話し出した。


「あ、あのね? 俺、合成獣(キメラ)なんだ。箱庭に棲む様々な幻獣の因子を掛け合わせて造られたのが俺。不死っていうのも、それとお役目が関係していてさ。「世界の観測者は、同一であり続ける方が都合が良い」って訳で、俺を造るときのベースの一つにはフマっていう伝説の鳥が用いられたんだ」


 フマとは、ペルシア神話に登場する伝説の鳥である。不死の鳥フェニクスと、瑞獣であり、卵は不老長寿の薬とされる鳳凰。その二つを掛け合わせる為に、どちらにも近しい要素を持つフマが、不死の番人を作る際のベースの一つとして選ばれたのだと、ケイトは語った。


 困惑しつつもケイトの話を聞いていた花だが、彼のとある言葉が妙に気になった。彼は自らを「造られた」と語った。世界の監視者たる彼を、幻獣たちの因子を掛け合わせて造る。それがどれほどの大技なのか、花には想像すら出来なかった。それをこなしてみせる存在とは、一体。


「あの、ケイトさん」


 聞いてみよう。そう思って発しかけた言葉は、故意でなかったとはいえ重大なことを伏せていた気まずさからか、話を自分から逸らし次へ進めようとするケイトの声で遮られた。


「それじゃあ次は、奏の番だ」



「少女」と言ってはいますがリリノさん、実はそこそこ背丈はあります。日本人女性にしては少し高め。

逆に花は16歳の平均くらい。女の子の身長って、想像しにくいですね。

男子組の身長は、奏<ケイト。でも二人ともそれなりに背はあります。


次回は奏と花の自己紹介と、ちょっとした騒動のような何か。戦闘描写、不安でしかない。


誤字脱字等ありましたら、教えていただけると嬉しいです。

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