円卓会議 3
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「はーいみんな、注目注目」
再び手を叩き、ケツァルコアトルは、皆の視線を自分に集める。
「そもそも何の話をしようとしてたか、覚えているかい?」
「はい!」と手を挙げたアトゥム・ラーを、ケツァルコアトルが指名する。
「『余の手の美しさについて』だ!」
「惜しい!」
「惜しくねぇぞ」
「アッくん、しーっ」
「僕も、さっきまで忘れていたのだけれど。シヴァ、君、口にしていただろう」
「んー、んん……。あ、第五席と第十二席か」
「ようやっと話が戻ったなぁ。良きかな、そう思うだろう、サタン」
オーディンの言葉を受けて、サタンは深く息を吐いた。白く細い指で、黒髪を乱雑にかきあげる。
「……いくら奔放な貴様らといえど、円卓の集いを重ねるうちに、多少の協調性は身につくだろう。そう考えていた三千年前の俺が、愚かだった」
対の紅玉を輝かせ、忌々しげにサタンは円卓を囲む面々を見回した。
「……それで、貴様の父親は今度は何処の誰に惚れ込んだんだ? “第五席”ギリシアの主神ゼウスの名代、ディオニューソス」
ぎろり。魔王の紅玉を向けられて、ディオニューソスは、背に冷や汗が流れるのを感じた。
「親父殿の欠席の理由が『何処かの誰かに惚れ込んだ』からってぇのは、もう確信なさってるんですね」
「あの男が円卓の招集に応じないのが何度目か、知っているか」
「応じないというか、応じられないというか……。まあ御察しの通り、親父殿は現在、浮気認定を受けて、数多の奥方から制裁喰らってダウンしてます。ギリギリ存在出来てないです」
「ハデス(叔父貴)がそろそろ胃痛で死にそうなんですよね……」と、自身も胃痛に悩まされているディオニューソスは、遠い目で語った。
豊穣、葡萄酒、酩酊を司る神ディオニューソス。“第五席”ゼウスの息子である彼は、父神の名代として、頻繁に円卓の招集に応じている。頻繁すぎて馴染んでいるとすら言える。円卓を囲む幾名かは、ゼウスではなくディオニューソスを、“第五席”として認識している節があった。
「彼、今度は誰を口説いたんだい?」
アーサーへの土産話が増える、と分かりやすく書かれた顔で、マーリンが尋ねる。楽しそうなマーリンと対象的に、ディオニューソスの顔は血が引いたように青くなった。
「えー、その、ですねぇ……」
妙に言葉を濁したディオニューソスは、ちらりと弦の先にいるシヴァを見た。第五席と第十席。彼の破壊神と向かい合うこの席を、今以上に恨むことは無いだろう。ぼそりと低くくぐもった声で、ディオニューソスは父神が口説いた女神の名を口にした。
「……ル……ティー……を……」
この時点で事情を察し、密かに動いていたものがいた。サタンは、そっと部屋全体に魔力を回す。ディオニューソスの周囲は、特に念を入れた。キングウは、さりげなく机の上をてとてと歩き、ティアマトの正面に移動する。
事態がどう転ぶか予測できたが故に、その対抗策を取った。この点において、両者は共に、非常に空気と流れが読めていると言えるだろう。
だが、空気を一切読まない男もまた、存在するのだ。
稀代の魔術師マーリンは、王や騎士たちへの土産話をより面白いものにするためには、労力を惜しまない。そして、割と何でもやる。事態がややこしくなろうが、騒ぎが大きくなろうが、面白くなるならそれで良いと、本当に何でもやるのだ。
「え?」
「聞こえなかった」とでもいうように、マーリンは耳に手を当てた。「あの野郎絶対分かってやってるな」と確信したのは、果たして円卓の誰だったのだろうか。
ぐぅ、と唸るような声がディオニューソスの喉の奥から絞り出された。
心底言いたくない。言ったらどうなるかなんて分かりきってる。でも、言わなかったら言わなかったで、どうせ困る。というか言わないわけにはいかない。流石にそれは礼を失しているにも程がある。いやもう最初からアレだけど。
一瞬のうちに、これだけの言葉がディオニューソスの脳裏を駆け巡って、そして去っていった。仕方ない。言うしかない。
「……パールヴァティー様、です。シヴァ神の奥方の、ぉあッ?!」
ドンッと突き上げるような衝撃が、室内を襲った。衝撃で灯りが消えた空間を、轟音と共に蒼い焔が駆け巡る。
「あ゛ァ?」
焔はシヴァを中心として、激しく踊り狂う。先ほどの衝撃か、それともシヴァが怒りに任せて引きちぎったのか、彼の額を飾っていたヘッドティカは何処かに消えていた。シヴァの双眼と隠されていた額の第三の目、それらがぎらぎらと燃え盛りながら、ディオニューソスを捉える。
展開を察したサタンが、先ほど部屋に回しておいた魔力が、ここで功を奏した。シヴァの焔を受けた室内の調度品、円卓、そしてディオニューソス。己の魔力で守護した全ての無事を確認して、サタンは密かに安堵の息を吐いた。隣で呑気に笑っているオーディンは見なかったことにする。
サタンに守られて無傷はいえ、宇宙を滅ぼす焔が目の前に迫ってくる恐怖は、ディオニューソスを確かに焦らせた。
殺られる。このままじゃ殺される。シヴァの怒りを受けたら、良くて消し炭。悪ければ——なんて、考えたくもない。ディオニューソスは必死に頭を下げて謝罪の言葉を紡いだ。ああクソ、恨むぞ親父殿——!
「すみませんすみませんほんっとうちのクソ親父がすみません!!」
「落ち着け、馬鹿シヴァ」
隣の席に腕を伸ばしたアンラ・マンユが、ばこんと勢いよくシヴァの頭を殴る。
「いっっっっってぇなアッくん!」
「嫁さんナンパされてキレんのはまー分かるがな、ディオニューソスは悪くねぇだろ。あとアッくんて言うな」
殴られたことで多少理性を取り戻したのか、シヴァはむすっとした顔のままに、荒れ狂う焔を収めた。
「アッくんに冷静さを説かれる日が来るなんて思わなかった」
「どう言う意味だコラ」
不満気に頬を膨らませるシヴァは、一先ず落ち着いたらしい。彼の逸話や性格から考えれば、物的被害も人的被害も無しにことが収まったのは僥倖と言えよう。だが、落ち着いたからと言って、怒りが収まったわけではない。ディオニューソスから、事情を聞き出さなくては。シヴァの脳内は、妻を案じる気持ちでいっぱいだった。
ティアマトに轟音や焔が届かないように結界を張ったことで力を使い果たしたキングウが「貴女を守りきって逝けるなら本望ですよ……」と言いたげな笑みを浮かべて消滅——力を回復させるために一時的に姿を解くだけ——していたり、守られたが故に状況を理解できていないティアマトがそれを見て慌てていたり、虹雷がキングウへ合掌を捧げていたりするが、そんなことはどうでもいいのだ。
——あいつらには、あとで誠心誠意謝ろう。そう、勢い余って息子の首を落としてしまった時、彼に教えられたんだ。心底から謝れば、だいたいのことは許してもらえる。ガネーシャは、全力で謝って代わりの頭をあげたら許してくれた。象頭が馴染みきって無くて喋れなかったとか、そんなんじゃないでしょう、あはは。これってアレだ、『負うた子に教えられ』ってやつだ、え、違う? まあ細かいことはどうだっていいよね。
とかなんとか、あれこれ脳内でシヴァは考える。怒りの沸点は低く、けれど心底からの謝罪があればそれなりに寛容なのが、円卓に属する“シヴァ”なのである。
しかし、シヴァの脳内を他の円卓が読み取れる訳はなく、「今回の件だって、ゼウスがちゃーんと謝れば許してやるのに」と思っていることも、ディオニューソスには伝わらない。恐る恐る、ディオニューソスが切り出す。
「あの、もうほんと……うちのクソ親父がすみません……。本人が今ここにいない理由とか、その辺説明させてもらってもいいですかねぇ……?」
「どーぞ」
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