円卓会議 2
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「やあ、これはこれは。美しく愛らしい笑みを浮かべる女の子に挟まれるだなんて、全く役得というほかないねぇ」
第一席と向かい合う位置、第七席と第八席の間。円卓“特別席”に座すは偉大なるブリテンの王、アーサー・ペンドラゴン——なのだが、今日この日においては、違う人物がそこに居た。
「あはは、いやぁ本当に来て良かった。我らが王は、近頃多忙でね? 偶には休ませてあげたいなぁと思って代理で訪れた訳だけれど、うん。本当に来て良かった。うちは男所帯だからさ、たまには綺麗な花を見たかったんだよね。でも、女中に手を出すと王を悲しませることになる、それはいけない。癒しを求めていたところに、両手に花なこの状況。いやぁ本当に! 来て!! 良かった!!!」
「貴殿の肺活量は、本当に妖のようだな、アンブローズ・マーリン」
途中で息を吸うことなく、朗々と張った声で謳いあげた男の名は、マーリン。アーサー王に仕え、彼を導いた魔法使いだ。
「夢魔の血が混じってるからね、一応妖だよね、あはは」
アーサー王の代理として特別席に座す男の能天気な笑い声に、虹雷は少し眉をあげた。
「む……私の容姿についての美醜の判断は、貴殿の感じたそれを嬉しく受け止めよう。そして、ティアマトを愛らしいと評した貴殿の感性には、心からの同意を示そう。——だが。だがな、アンブローズ・マーリン。貴殿の勢いに、ティアマトが怯えてしまっているのだ。彼女の花のような笑みを愛らしいと思うのならば、その花を咲かせ続けたいとは思わないか」
「おっと、怯えさせてしまったのか。それは、うん、謝罪しなければならないな」
「すまなかったね、ティアマト神」マーリンの言葉に、ティアマトは瞳に涙を滲ませながら頷いた。
「うむ、これにて一件落着——とは、いかないか。そも、何故貴殿は、あのように涙を零していたのだ?」
虹雷の疑問に答えたのは、「ぁぅ」と躊躇うように視線を彷徨わせたティアマトではなかった。ぽん、と小さな炸裂音が、白煙を伴って、ティアマトの前の机上で鳴る。白煙は空気に混ざり薄れていく。靄の中から現れたのは、小さな人型だった。
「キングウか、久しいな」
鎖に繋がれた石版を首に下げた、小さな男。ティアマトの子、神霊キングウは、己の名を呼んだ虹雷に向かって、びしっと敬礼した。
「お久しぶりです、虹雷の姐御!」
虹雷に敬意のこもった視線を向けるキングウは、一転、刺々しい目つきでマーリンを睨み据えた。
「姐御。早速ですが、ティアマト様を怖がらせたマーリン、殺していいですかね。これは俺と『十一の獣』の総意なんですが」
「やめておけ。彼は、少々性格に難があるだけで、確かな実力を持つ我らの同胞だ。つまり、うん。いなくなると私やティアマトの負担になる。……それより、ティアマトの涙の訳を教えに来てくれたのではないのか、キングウよ」
「む」と一瞬黙り込んだキングウは、てとてととその小柄な体を動かし、虹雷の前へ移動する。彼はそこに座して、一つ頷いた。
「姐御がそう仰るなら、今回は手を引きます。本題はティアマト様の事ですし」
「うん。何がティアマトの心を陰らせているのか、良ければ教えて欲しい。私は彼女の力になりたいのだ」
あっという間に命の危機が迫っては去っていったマーリンは、にこりと笑って肩を竦めた。そして隣で未だ小さく震えている少女に話しかける。
「いやぁ、君の親衛隊……『十一の獣』たちは相変わらず過激で、そして君という主人に対して忠実だねぇ」
「みんな、やさしい、から。でも、たまぁに、ちょっとこわい、けど」
「あはは、愛されているってことじゃぁないかな、それ」
マーリンの言葉に、ティアマトは拙い言葉で答えながら、恥ずかしそうに微笑んだ。
「——なるほど。反抗期、か」
「そうなんですよ姐御! ラフムとラハムがですね、いい歳して反抗期を拗らせやがりまして。でも、あいつらももう長いこと生きてるんで、うまい反抗の仕方を忘れちまったみたいで」
「うまい反抗の仕方なんてものがあるのかはともかく、彼らは具体的にどんなことをしているんだ?」
「はあ……それがどっから聞きつけたのか、盗んだマアンナで走り出してジグラットに突っ込んだり、貰い物の水たばこを吸おうとして噎せ返って死にかけたり。何というか、自分たちが怪我するばかりで……」
「ティアマトはその怪我を憂いて涙を流している、と。なるほど、そうか、反抗期か……」
「反抗期、反抗期」小さく呟きながら、虹雷は円卓を囲む面々を見渡した。サタンが本格的に顔を顰めているのは、見なかったことにする。円卓会議を妨げていることは心苦しいが、何より先に心優しい友人の涙を止めてやらねば。そう思ったからだ。
「キングウ、私には『親』に当たる存在がいない。強いて言うなら、この身を構成する高位生命たちは『親』なのかもしれないが——兎も角、私は反抗期というものを経験していない。よって、私より適任の助言が出来る存在を紹介することが、貴殿やティアマトへの、最大の力添えだと考える」
「適任……と、言いますと?」
そして、虹雷は、特大の爆弾を無自覚に投下した。
「何、此処は円卓だ。山程いるだろう——現在進行形で反抗期な者たちが」
——反抗期の心情は、反抗期のものにしか分からぬだろう。
切れ長の目をふっと弛めて、虹雷が言葉を続ける。そして同時に、室内の空気がピンと張り詰める。
大半のものが、ここで反応するわけにはいかない——例え自覚があっても、だ——、そう考えて黙りを決め込む中、だん、と卓を破壊せんばかりの勢いで殴りつけたのはアンラ・マンユだった。
「喧嘩売ってんのか、お天気女ァ!!」
「アッくんてば、そこで反応したら『万年反抗期』の自覚があるって言ってるようなものじゃない? それに、あははっ、お天気女ってなーにそれ。虹雷のこと? 面白い呼び名だね、ふふっはははは!」
「っるせぇえええ、シヴァ!!」
立ち上がり、卓上に身を乗り出して怒鳴るアンラ・マンユと、彼を煽りに煽るシヴァ。怒鳴られた虹雷は、不思議そうに首をかしげる。アンラ・マンユを指して言った覚えは無く、そして思ったことそのままを口にしただけ、つまり何故彼が怒っているのか、理解出来ないのだ。
ティアマトは大きな怒鳴り声に怯え、キングウはティアマトを怯えさせた者に対して怒り、マーリンは「面白いことは、王や騎士たちへの土産話になるからね」と傍観に徹する。アトゥム・ラーは、相変わらずアテンくん相手に、自らの手の美しさを語り続けている。
「はっはっは。皆、元気で良い」
「オーディン……」
これだけの騒ぎになっても、オーディンは髭を震わせて、呑気に笑うばかり。サタンは、彼のその能天気な様を見ると、何というか気が抜けるのだ。今この状況だと、馬鹿騒ぎを止める気力が湧かない。彼が戦狂いと呼ばれるほどに苛烈だった頃を知っているからだろうか。あれだ、ギャップというやつだ。落差がひどい。
サタンが「もうなるようになれ」と思考を投げ出しかけた時、ぱんぱんと手を二回打ち鳴らす音がした。
「まあまあ、みんな落ち着いて」
あわや乱闘騒ぎ——主にアンラ・マンユとキングウが殺意を剥き出しにしていた、そんな最中に、彼の声はよく響いた。
「ああくそっ。ケツァルコアトル、邪魔するんじゃねぇ!」
「邪魔なんてするつもりは無いさ。ただ、今は一度冷静になっておくれよ、アッくん?」
「アッくんって言うな!」
ぎゃんとアンラ・マンユに噛みつかれ、眉を下げて笑うのは、円卓“第四席”ケツァルコアトルだ。善神として語られる彼は、常に穏やかな笑みを浮かべ、円卓を見守っている。
「虹雷さんもね? 君に悪気や悪意など一切無いのは知っているけれど、ほら、事実は時に、対象を深く傷つけるものなんだ」
「成る程、理解した。すまなかった、アンラ・マンユ——いや、アッくん」
「アッくんて言うなっつってんだろ!」
至極真面目な顔で謝罪する虹雷と、律儀に呼び名に文句をつけるアンラ・マンユ。“第五席”は、居心地悪そうに肩を窄めた。
「あぁ怖い怖い。『事実は時に〜』でしたっけ? 第四席殿の言葉を、アッくん殿がちゃんと聞いていなかったのが幸いですねぇ……」
この神霊が円卓のストッパーになり得ないのは、無自覚のうちに余計な言葉を付け加えるだ、しかも悪気無しで。っていうか円卓ってそんなやつばっかだな……。
ひっそりとそんなことを考えながら、「死んだ魚のよう」と形容したくなる生気の無い目をした第五席に座る男は、隣の“第四席”ケツァルコアトルを見た。
「仲裁したいんだか、場を引っ掻き回したいんだか……立派な神様がたの考えてることってなぁ、俺にはさっぱり理解できませんねぇ」
「君だって、立派な神様じゃないか」
「なりたくてなったわけじゃぁないんですけどねぇ。俺が第五席(此処)にいるのだって、親父殿の代理を仕方なく、仕方なく引き受けてるからなわけで。……考えると、つくづく俺の人生、親父殿に振り回されてるんですよ」
「あぁ……そういえば、元は第五席や第十二席の話をしようとしていたのだっけ、誰も彼も忘れているけれど」
「……そのまま、忘れていてくれてもいいんですけど」
ぼそりと第五席が呟く。しかし、それはケツァルコアトルの耳には届かなかった。
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2019年、投稿納めです。
今年本作を読んで下さった皆様、ありがとうございました。
来年も変わらず投稿を続けていく予定ですので、読んでいただけると嬉しいです。
良いお年を!




