円卓会議
滑り込みですが、メリークリスマス
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——藍染の天鵞絨に、黄玉や蒼玉 、紅玉を散りばめたよう。
箱庭の夜空は、いつ見上げても美しい。閉ざされた世界において、頂きに最も近い場所に位置する巨大なラピュタがある。ドーナツのように真ん中がぽっかりと空いた、巨大な輪状の島。その少し上、ぽっかり空いた真ん中に浮かぶ円形の島。輪状の島は“ログレス”、円形の島は“キャメロット”と呼ばれている。箱庭の住人は、この二つを纏めて“円卓”と呼んでいた。
ログレスはしんと静まり返っている。この島には、灯りひとつ見えない。既に夜も更けた、この島で日々を紡ぐ人々は、来たる朝に向けて、屋根の下で睡眠を摂っているのだろう。
それに対して、キャメロットには灯りが灯っていた。円形の島は、城塞都市のようなつくりをしていた。中央に白壁の城、その周囲には同じく白い石で作られた家々が立ち並ぶ。灯りが漏れているのは、城の窓からだった。
シンプルだが洒落た意匠のシャンデリアと、壁に取り付けられた幾つもの燭台。それらに灯された炎が室内を照らす。舞踏会が開けそうなほどに広い部屋の中央には、丸い机が一つ置かれている。部屋の広さに比例するようにその机は大きい。円の縁に沿って、並べられた椅子の数は十四。一つを除いて、他全てが埋まっていた。
ラピュタ“円卓”。アーサー王の居城にて、古の大戦を収めた英雄達の会合が始まろうとしていた。
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「招集に応じてくれたこと、感謝する」
重々しくそう言ったのは、“ゲヘナ”の長にして、円卓“第二席”魔王サタンだった。ちなみに成体のままである。『神に愛されたような』と形容したくなるほど整った彼の顔が、ふと歪む。
「......そう言えれば、どんなに良かったことか......」
円形の机は、それを囲むものを見渡すのにひどく適している。サタンは、席に着くもの皆を確認して、深い深い溜息をついた。
「ンだよサタン。ちゃーんと来てやったじゃねぇか。このオレがわざわざ来てやったってのに溜息をつくとはどういう了見だ、ァア?!」
「貴様は良い、貴様には特に文句は無いさ、アンラ・マンユ」
......静かに大人しく、話を聞いてくれるならばな。サタンはそう内心で付け加えたが、もちろん口にはしない。口にすれば余計ややこしく、騒がしくなるのだと経験で分かっている。
......最もサタンがそれを口にしようがしまいが、円卓が静かかつ穏やかであることなど、ありえはしないのだが。
「サタンが言いたいのって、第五席と第十二席のことでしょ? アッくん早とちりし過ぎ、キレ芸? っていうんだっけ、好きだよねぇ、飽きないよねぇ」
「だ・れ・が! キレ芸野郎だ!! あとアッくんっていうな!」
ぎゃんと噛み付くように怒鳴り声をあげたのは、“第十一席”ゾロアスター教の悪神アンラ・マンユ。その隣で彼を茶化した“第十席”は、ヒンドゥー教の破壊と再生の神シヴァ。何れもそれぞれの神話を語るに置いて外せない、強大な力を有する神霊である。
「む、アッくんよ。また激昂しているのか。ならばその怒り、余が収めてやろう」
「アッくんって言うな」
また余計なのが口を開いた、と言わんばかりにサタンは溜息をついた。サタンの溜息もアンラ・マンユの文句も、気づかなかったか気に留めなかったか、“第六席”エジプトの太陽神アトゥム・ラーは、ばっと、己の手を掲げた。
「見るが良い、余の諸手を! これなるは太陽の輝きッ! これこそが、真なる美であるッッッッッ!」
高らかに部屋に響いた叫びと同時に掲げられた手のひらを、ふよりふよりと浮く拳大の球体が照らす。光を受けた手は、男の体を持つアトゥム・ラーの体の中で唯一、女の体のものだった。
「アテンくん、アテンくん。すまんがもう少し、右上に移ってはくれまいか」
アトゥム・ラーの声に応じて、アテンくんと呼ばれた球体が移動する。球体からは、先端が小さな手のような形をした2cm程の短い光が、無数に生えていた。
「完ッッ璧な照明っぷりである! 流石はアテンくんだ! そして見るが良いアッくん、美しく照らされた余の諸手を! ......どうだ、余の美しさに、怒りも吹っ飛んだであろう!」
「だからアッくんって言うな」
アッくん--アンラ・マンユは、一言返しはしたが、アトゥム・ラーの方を見ていなかった。というか、誰もアトゥム・ラーを見ていなかった。彼が朗々と叫び出した途端、『また始まった』という空気が円卓に満ちたのだ。彼が己の手の美しさについて語るのは、円卓の集まりでは毎度のことである。彼は放っておいても一柱で語り続ける。止めても聞かないため、『口上が始まったら放置』はいつものことだった。
「結局アテンくんってなんなんだろうね」
「知るかよ、アトゥムのヤローの手自慢は聞き飽きたってーの」
光り輝く球体“アテンくん”を相手に繰り広げられる手自慢をバックに、シヴァとアンラ・マンユが言葉を交わす。この二柱、席が隣り合った誼か、それとも性格の一致か、口論に発展することは多々あれども、仲は良好であった。
「うむ、仲良きことは美しきかな。そして、アトゥム。自分の手だろうが何だろうが、好きなものがあるというのは、良いことだなぁ。主もそうは思わんか、サタン」
「オーディン......貴様はその爺面をいい加減に直せ、昔の好戦的な面は何処に消えた」
「はっはっは」と笑ってサタンの言葉を流す、鍔広帽を深くかぶった老爺。サタンにフギンとムニンを貸し与えたのが彼、即ち“第三席”北欧の大神オーディンである。好々爺然とした彼は、サタンにとってまだマシな部類だった。何がマシか? ......精神への負担の度合いである。何だかんだでオーディンはサタンに協力的だ、マイペース過ぎるところを直して欲しいとは思うが。
「アトゥムはさておき、ティアマトよ。貴殿は何故、涙を流している? 貴殿の心を曇らせるものがあるならば、この虹雷に打ち明けてはみないか。必ずや貴殿の力になると約束する」
サタンとオーディンが言葉を交わす、それと同時に、他所でも会話が起こっていた。ぽろぽろと止め処なく涙を流す可憐な少女、“第八席”メソポタミアの地母神ティアマト。凛とした声をかけられ、ティアマトは涙に濡れた瞳で声の主である女を見た。
「虹雷ちゃん......」
わぁああぁぁあん、と堰を切ったように声を上げて、ティアマトは一層激しく泣き始めた。む、と虹雷は眉をひそめる。
「余計に泣かせてしまったか。この虹雷、一生の不覚」
虹雷。このような名を持つ神や悪魔は、本来どの神話、伝承にも存在しない。
「すまない、ティアマトよ。顔を上げてはくれないか。然らば、私は必ず、貴殿を笑顔にしてみせよう」
ふえ、とティアマトはか細い声を上げた。上げられたティアマトの顔は泣き腫れ、虹雷の切れ長の瞳は、それを痛ましそうに捉える。
「......良いかな、よく見ていてくれ」
ティアマトは、自らへ差し出された虹雷の右掌を不思議そうに見つめた。
「1、2、3」
ぱちりと、虹雷が左手で指を鳴らす。途端、彼女の右掌の上には、美しい光景が広がった。七色、三色、あるいは五色か。見る者、見る角度、捉え方によって変化するものはあれど、その美しさを否定すること能わない--虹が、手の上に収まるほどの小さな虹が、ティアマトの瞳に映った。虹を一層引き立てるのは、ぱちぱちと軽い音を立ててきらめく小さな雷光。白い手袋を纏った虹雷の掌の上で、虹は鮮やかに色づき、雷光は華麗に舞った。
円卓“第七席”、名は虹雷。大戦時、諸事情あって複数の高位生命が混ざったことで形を成した存在が彼女だ。虹蛇や電母、夔など、主に天候に纏わる力を持ったものたちの集合体である。
「きれい......きれい、とってもきれいだよ、虹雷ちゃん!」
「ふふ、笑んでくれたか。どうかそのままでいてくれ。貴殿には愛らしい笑みこそが、よく似合うのだから」
ふふ、と笑みを交わし合う、あどけない少女と凛々しく気高い女。二人の間で、空気を読まない、能天気な声が上がった。
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続きは後日




