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P.B.S  作者: 春秋夏冬
一章 魔王の試練
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アップルパイ

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「結論としては、ですね。私とマスターは、この箱庭に残ります」


「……そんなわけだ。いつでも聞ける。急く必要はないし、何をしたところでこの男は、己が話すと決めた時まで話さんだろう。……そういうところが似ている知己がいてな、この手のタイプの思考は読みやすく、読みにくい」


深々とサタンはため息をついた。


「その男を連れてさっさと帰れ、ガーディアンズ。……ああ、番人。貴様らのラピュタにはアレがあるだろう。その男を試してみろ。そうすれば貴様も、一先ずは溜飲を下げることができるだろう」


「アレって……」


首を傾げるケイトに対し、奏は納得したように頷いた。


「ああ、確かに。……ケイト。お前が、俺や花——招いてもいないのに境界に訪れた俺たちを信用した、最たる根拠ってなんだ?」


「根拠って、そりゃ、災いや害意あるものを弾くリリノの結界が反応しなかったから……、ああ、そうか」


「その結界をメルヘンが通れたなら、こいつは害意を持っていない、つまり身内に加え入れても問題ないってことになるよな」


「そう……なるのかな。え、なるかなこれ……」


「俺たちを信用した根拠が結界なら、いくら言動が胡散臭くたって、それがメルヘンに適用されない理由はないよな」


「奏が俺を丸め込もうとしてる……」とケイトは頭を抱えた。


「胡散臭い……ですかね、私。まあ何と言われようと気にはしませんが、しかし、何故貴方は、私をそこまで怪しまないんです、奏さん?」


「全く怪しんでないってわけじゃあないんだが……何でだろうな。話に聞いた時は割と怪しんでたんだが、実際に会ってみてからは、何故かお前を信用しても大丈夫だと思える」


「……そう、ですか。まあ信用していただけるのはありがたいことです」


リリノが軽くケイトの背を叩いて、立ち上がった。


「いつも以上に結界に気を回すよ。普段の倍の倍くらい精度を高くするから、連れて帰ってみよう、この人」


そうしてケイトの側に寄ったリリノは、ふと、床に転がる二つの林檎に目を止めた。


「……アップルパイ」


「は?」


「そういえばケイト、今日のおやつにアップルパイ作るって言ってたよね」


「え、いや言ったけど。でも今からは流石に……」


何の話だ、と呆れ顔のサタンは、後ろに控えるベルゼブブに密かに指示を出した。


「……円卓に召集をかけておけ」


「ええ、はい。日取りはいつに致しますか?」


「この後直ぐで構わんだろう。時間を持て余している奴ばかりだからな、あそこは」


「では、そのように」


ベルゼブブは静かに部屋を出て行った。


「ベルゼさん、どうかなさったんですか?」


「こちらの用事だ。気にするな、娘」


「花ちゃん!」とリリノに呼ばれ、花の意識はそちらに向く。


「そんなわけなので、メルヘンをうちに迎え入れることになりました」


「まだ結界を通れると決まったわけじゃ……」


「よーし分かった、言い方を変えよう。メルヘンを多分、うちに迎え入れることになりました」


「変わってないな、それ」


奏の言葉に、一瞬リリノがむぅと眉を寄せる。だが、基本的にリリノの負の感情は長く持たない。


「まあ、良いか。えーとね、新入りさん……これは花ちゃんも含めてなんだけど、新しい仲間が二人出来るわけだ。なら、お祝いしないわけにはいかないよねぇ。お祭り大好きジャパニーズな神さまの血が騒ぐ!」


「ジャパニーズなら、せめてまともな日本語で話せ」


奏からの二度目の突っ込みは完全にスルーである。『神霊というのは得てしてフリーダムなものである』というのは、世界中の神話で証明されているのだった。


「お祝い、お祭り……ということは、ご馳走がいるよね」


「そ、そう……ですね?」


リリノの勢いに押されながら、花が繰り返し首を縦に降る。リリノはビシッと床の林檎を指し示した。


「だけど、今からご馳走を作るとなると時間がない。さて、どうするか。……そこで、アップルパイだよ!」


「それ、毒林檎ですから。調理しても食べられませんよ?」


「これは食べないよ。つまるところだね、アップルパイを買ってきて欲しいのですよ、奏くん」


「俺かよ」


「私とケイト、それからメルヘンは、ラピュタに先に戻って、メルヘンが結界を通れるかを試す。その間に、奏と花ちゃんにアップルパイを買ってきて欲しいんだ」


結界でのテストが済んだら、3人でご飯作って待ってるよ。そう言って笑ったリリノを、ケイトが見た。


「メルヘンが結界を通れる前提の話になってるけど。通れなかったら?」


言葉は返さず、笑みを深めることでリリノは答えた。それを見て、ケイトはわずかに肩をすくめた。


「……了解」


「他のみんなもそれで良い?異論があったら三つ数えるうちに申し出てねー」


ひい、ふう、みぃ。


三秒かからずに数え終え、「けってーい!」とリリノが声を張った。


「それじゃ、行こう!」


促され、それぞれが立ち上がる。


「漸く帰るか。……まあ、精々盛大に祝うが良い」


「お世話になりました、サタンさん。本当に、色々と」


花が頭を下げると、サタンは小さく笑った。


「言っただろう、これも仕事だ。まあ、再開はそう遠い先のことではないだろうさ。用向きが出来ればまた呼びつける。その時はさっさと応じろ。そして、手早く用を済ませるのに協力してもらうぞ」


感謝を込めてもう一度頭を下げると、「ほら、さっさと行け。この後も仕事があるんだ」と声がかけられた。


ケイトが扉を開けた。部屋を出る瞬間、一度だけサタンと視線を交わらせる。


「……ありがとう、サタン。また、ね」


「ああ。……こちらのことは気にするな、好きにやれば良いさ」


「ん、ありがと」


互いにだけ通じる短いやり取りの後にケイトは部屋を出た。ケイトに促され、花がその後に続く。主が部屋を出るのを見て、メルヘンは軽く、サタンに会釈をした。それを見て、サタンはふんと鼻を鳴らす。


「色々と、お世話になりました——魔王陛下?」


「やかましい。配下で無いものに『陛下』だのと呼ばれるのは好かん」


ぎらりと、サタンは対の紅玉を煌めかせる。メルヘンが指を鳴らすと、床に転がっていた大小2つの林檎は、跡形もなく消え去った。くすりと笑って、メルヘンは主の背を追う。


「世話をかけた。ありがとな、サタン」


「この場を設けてくれて助かったよ、ほんと。じゃあね、アスタ・ラ・ビスタ、サタン!」


「極東の神霊がそれで良いのか」


苦笑いを浮かべながら、サタンは最後に部屋を出るリリノと奏を見送った。扉がばたりと閉まる。すぅと目を細めたサタンは、側仕えを呼んだ。


「……さて。いるな、ベルゼ」


それに応えて、何処からともなく、ベルゼブブは己の定位置——即ち、サタンの後ろに姿を現した。


「勿論です、陛下。円卓召集の連絡は抜かりなく。直ぐにでもゲヘナを発てるように、手配は済ませてありますとも」


「ああ——円卓へ向かう。ベルゼ、供をしろ」


王の言葉を受けて、ベルゼブブはうっとりと頬を染めた。幸せそうな表情で、命に応える。


「承りましたぁ。……ふふ、普段の愛らしいお姿も素敵ですが、陛下の本来のお姿は、本当に勇ましく……お仕えできることを幸福に思いますよ」


「貴様はこの姿が本当に好きだな……。まあ、しばらくはこれで通す。いちいち頬を染めるな、慣れろ」


「申し訳ありません〜。それは少々難しいかとぉ……」


頰に手を当て、恍惚とした表情を浮かべるベルゼブブだが、大事の際には彼女ほどサタンの意を汲んで動くものはいない。平時こそサタンの側仕えとして働いているが、彼女はゲヘナで二番目に高い地位を持つ大悪魔なのだ。


「全く……貴様は変わらんな。だが、それが俺には心地良い」


くく、と喉の奥で笑った魔王の瞳が妖しく煌めく。呼応するように、ベルゼブブの瞳も、その紅を濃くした。


「行くぞ、ベルゼ。地獄の果て——深淵まで、俺に従え」


「はぁい、陛下。どこまでも——天の果てであろうと、お供させていただきますわ」


そうして、魔王の執務室に灯されていた灯りは消えた。






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