メルヘン 2
---
「俺から質問、良いか」
それまで沈黙を保っていた奏が、そう切り出す。許可を求めた相手はメルヘンでは無く、ケイトだった。けれど、奏が問いを投げかけようとしている相手、視線の先にいるのはメルヘンだ。
「ん……何、奏」
「今の話を聞いてて、聞きたい事が出来た」
声を掛けられて奏を見たケイトが、再びメルヘンに視線を戻す。それを肯定と捉えて、奏は問いを口にした。
「メルヘン。お前が花の魔力に寄って存在しているっては、とりあえず事実だとしておく。……なら、あの“本”は何なんだ。迷宮で、本の力は花の力と等しいと、そう言っていただろう」
「……」
「何だよ?」
奏の問いに、答えはすぐに返って来なかった。問いを投げ掛けた相手は、じぃと奏を眺めている。何を考えているのか、さっぱり読めない表情だと思いながら、奏は訝しげにメルヘンを見返した。
「……ああ、いえ。こうして相対するのは初めてだと、そう思っただけです」
「そりゃ初対面だからな。……何か、意味でもあるのか」
「特に深い意味はありませんよ。初対面だと思った、ただそれだけのこと。——では、貴方の問いに答えましょうか。番人様も、遅かれ早かれ、“本”については聞いてくる予定だったのでしょうし」
「まあ、ね」
針はその手に握られたままだが、奏との会話を挟んだことで、ケイトは少し落ち着きを取り戻したようだった。それを感じ取ったのか、宥めるような落ち着いた声音で、リリノが「ケイト」と呼び掛けた。二人の視線が、一瞬交わる。千年を共にした彼らは、それだけで互いの言いたいことを理解した。「出来る限りは、穏やかにいこうよ」と、視線で訴えかけられて、ケイトはもどかしげに口を開く。
「……リリノ、」
けれど、言葉は途中で勢いを失った。気を落ち着けるように、小さく息を吐いたケイトが軽く手首を振ると、構えていた針は空に消える。メルヘンへの射るような眼差しは変わらずだが、少なくとも先程までののしかかるような殺意は薄れていた。
横に座ったケイトの肩を、リリノは「ありがとう」というように軽く叩く。そして彼女は、そのまま花を振り向いた。
「花ちゃんも、おいで?」
迷宮へ送られる前に座っていた席へ戻るように促され、花はメルヘンを見た。彼を残して、席に戻るというわけにもいかないだろう。
「そこの君……メルヘンも、とりあえず座りなよ。目線に大きな高低差がある中での会話って、気分が落ち着かないものだよ。サタン、椅子、もう一つ用意して貰ってもいい?」
「なんなら私が用意するけど」とリリノが言うと、サタンは側に控えるベルゼブブに目配せで指示を出した。ベルゼブブがぱちんと指を鳴らすと、一脚の椅子が現れた。
「これで万事オーケーだよね。ありがと、サタン、ベルゼ」
「さ、座って?」と促すリリノは、花の迷いを察して、手を打ってくれたようだった。
「ありがとうございます、リリノさん。サタンさんとベルゼさんも」
「構いませんよ。ですよねぇ、陛下?」
「話が円滑に進むなら、な。早く座れ、そして話せ。この調子だと、あっという間に日が暮れるぞ」
執務机の奥、縦長の飾り窓から差し込む曇天を通した光は、確かに傾き始めている。ベルゼブブがもう一度指を鳴らすと、室内を照らしていた燭台の炎が大きくなった。
「おやまあ、お気遣いありがとうございます。では、有り難く座らせていただきましょうか、マスター」
そしてメルヘンは、奏の問いへの答えを語り出した。
「さて、“本”についてですが。これは簡単です。マスターの魔力を、目に見える形にしたもの、それがこの本です」
「それはつまり、花の魔力で構成されているお前と、同じく花の魔力で形作られた本は、イコールで結ばれるってことか?」
「まあ、捉えようによっては、そうとも言えますね。」
「あの、メルヘン。迷宮から出ようとしていた時に言っていた『“本”の力の一端』と言うのは、結局何だったんです?」
「本を閉じることで、物語を終わらせる.....みたいなことを言っていましたけど」と花が問えば、メルヘンは「おや」とでもいうように首を傾げた。花が手にしたままだった本をそっと取り上げ、表紙をそっと撫でる。その手つきは、ひどく優しいものだった。
「マスターがこの“本”に興味を抱いてくださるのは、ええ、それはとても喜ばしいことです」
——そうですね、あの機能に名を付けるとしたら……“アポ・メーカネース・テオス”。
メルヘンの言葉に真っ先に反応を示したのは、奏だった。「成る程」と誰に対して放ったわけでも無い呟きを零した後に、彼の視線は真っ直ぐにメルヘンへ向けられた。
「ラテン語に訳すと“デウス・エクス・マキナ”。こんがらがって収集がつかなくなった物語を、強引かつ超越的、絶対的な手段で大団円に導く神さま。身も蓋もなく言えば御都合主義。……察するにアレか、起承転結の結を生み出す、或いは結に辿り着くまでの道を示す機能って言いたいのか」
「“迷宮のサタン”は、一度討たれています……そこの同一体と、彼の率いた配下たちによって」
サタンは顔をしかめ、ベルゼブブは密やかな笑い声を漏らした。
「そこで、彼の物語は終わったんです。その物語は、この“本”に記されている。記されているものなら、書き足し、書き換えることが出来る。“迷宮のサタン”は、確かに一度滅びました。そして、同じく滅ぼされた“サタン”たちと合わさって、迷宮を彷徨っていた」
そこに続きを書き足した。物語はまだ終わっていなかったと、記されていた“結”を否定した。終わりからさらに転じて、その先に“結”を作り出す。
彷徨い続けた悪魔は、迷宮に訪れた少女が呼び出した“お菓子の家”によって倒される。それが本当の、“迷宮のサタン”の物語なのだと。書き換えられた物語を読み終え、それが記された本を閉じただけ。
語り終えたメルヘンは、また、お得意の整い過ぎた笑みを浮かべて言った。
「それだけのことですよ、御理解頂けました?」
---




