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P.B.S  作者: 春秋夏冬
一章 魔王の試練
22/36

メルヘン

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「……それで、境界の番人様は、何が知りたいんです? “世界”の事、私の事、それとも……この“本”について、ですか?」


 ケイトから向けられた刺すような視線と殺気を、メルヘンはまるで気にしていないようだった。ケイトの殺気、温厚な彼らしくない様子に狼狽えている花を宥めるように、そっと背を撫でる余裕すらあった。煽るような言葉を返された境界の番人は、手の中の針を折れそうなほどに強く握りしめる。


「そう、だね。正直、一番聞きたいのは世界についてのことだ。俺が番人()である以上、世界を観測する義務があるからね。でも、最初にこれを聞かないと、後の話が進まないと思うから……お前が何なのか、教えてもらおうか」


 くす、と男は笑った。肩をすくめて、笑みを浮かべたままに、メルヘンはサタンに目をやった。その視線を受けて、サタンは溜息一つの後に口を開く。


「俺に答えろ、と?」


「貴方、先程言っていたじゃないですか。私について、何か気がついたことがあるんでしょう」


「……おい、付喪神。貴様、アレの正体について、何と考えていたか言ってみろ」


 突然話を振られたリリノが、目を瞬かせた。


「え、っと、花ちゃんの持ってた本に宿った、精霊かなんかじゃないかなって思ってたけど。でも、私が見た感じ、その本には、特に何も宿ってないよ?」


 リリノ自身が書物に宿った付喪神である故に、ある意味での“同族”が本に宿っているなら、何か感じとれるものもあるだろう。それが無いからこそ、リリノは自身の考えを切り捨てていたのだが。


「言っただろう。その考えは、案外的外れでは無いかもしれない、と。ああ、確かにアレは宿るものであり、憑くものでもあるのだろうよ。宿があの本で無いだけでな」


——貴様の宿()は、其処な娘だろう。


 魔王の言葉に、憑き物は目を閉じて笑みを深めた。くすりくすりと静かに笑い、そうして頷いた。


「ええ、ええ。私の存在や力は、マスターに依存しています。ですから、『宿っている』という表現は、限りなく正しい」


「マスター」と隣に立つ男に呼び掛けられ、花はびくりと身体を震わせる。自分に関わる話がされているというのに、どうにも当事者としての実感が湧かない。メルヘンと過ごしてきた時間が、それを説明する唯一の理由になるのだろう。『宿っている』だの、『依存している』だの言われても、花からすれば、それは立場が()なのだ。彼がいなければ、自分はあの森で一人で暮らしていくことなんて出来なかっただろう。


「貴方に起きたことを感じ取れる——先程、私はそう言いましたね」


 主の肯定を確認し、メルヘンは後回しにしていた説明を口にした。


「魔力、霊力……呼び方は使い手によりけりでしょうが、神秘を操る力というものがあります。先程まで私たちがいた迷宮。あれを構成していた力も、神秘を操る力と言えるでしょう」


 それは例えば、童話の魔法使いが唱える魔術。それは例えば、神話の神々が起こす奇跡。現象に干渉し、意のままに操ることすら可能な力を、花は宿しているのだと、メルヘンはそう言った。


 神秘を操る力。それそのものの存在を疑うことはしない。リリノの結界や、ケイトの空間転移。奏の人間離れした身体能力がそれに含まれるのかまでは分からないが、それでも。物語の中のものだと思っていた不思議な出来事を沢山目にし、体験したのだから、疑いはしない。けれど、それを自分が有しているということについては、すぐには飲み込めそうになかった。


「とりあえずは、“魔力”という名称を使いましょうか。マスターの魔力によって、私は構成されています。それ故に、まあ何と言いますか……私の感覚とマスターの感覚が一部、同調(シンクロ)していると捉えていただくのが、最も分かりやすいかと」


 突拍子も無い——少なくとも、魔力やら神秘やらとは縁遠い、素朴な暮らしをしてきた、否、()()()()()己が主には、突拍子も無い、理解し難い話だろう。言の葉を紡いだ男も、それは分かっていた。主は、どのような反応をするのだろう。語られたそれを、懸命に咀嚼しようと俯く主を見ながら、そんな事を思った。


「メルヘン」


「はい、マスター」


「その……魔力、を私が持っているっていうことについては、正直なところ、飲み込みきれていないんですが」


「ええ。マスターを驚かせてしまったのだろうな、と。それは私も自覚しています」


 でも、と花の言葉は続く。


「メルヘンが、迷宮にいた私の状況を的確に理解していたのは、確かです。--何より、メルヘンが嘘を言ったことなんて無いから。だから、あなたが今教えてくれたことが、私にとっての事実で、真実です」


「ありがとう、ございます……マイマスター」


 少々意外な気持ちで、メルヘンは己が主を見返した。 思っていた以上にあっさりと、主の理解を得る事ができた。その理由が自分への信頼だった、その事実に妙な安堵と歓喜を覚えている自分に、内心でひっそりと失笑する。無論、それを表に出すことはしない。主から視線を外し、番人に向き直る。


「と、まあ、私についてはそんなところですかね」


 ——今話せるのは。内心で続けた、その言葉を口にはしない。



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