答え合わせ 2
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二年前、ミノタウロスの心臓を短剣で貫いた直後。迷宮へ放り込まれた時と同じように、瞬きの後に魔王の執務室へと戻って来ていた。会って以来落ち着き払った様を崩さなかったサタンが呵々大笑、腹を抱えて笑っているのを見て、腹が立つより前に呆気に取られたのを思い出す。
悪魔を倒しこそすれ、迷宮を踏破した訳ではない。何故、サタンは俺を執務室へと戻したのか。
そう問えば漸く笑い声を収めた魔王は呆れたように言い放った。
『あそこは俺の支配する領域では無いだろう?』
はあ? と返してしまったのは不可抗力だ。
『わざと間違った答えを口にし、“ミノタウロスの迷宮”へとあの場を塗り替え、悪魔に怪牛という認識を与え落とし込む、か。奴の急所を突いた、悪くない作だと思うぞ。......三千年前を思い出したくらいだ。』
最後にぽそりと加えられた言葉が聞き取れず、奏は眉を顰める。それに気が付いたサタンは、『こちらの話だ、気にするな』といなした。
『先に短剣を求められていなかったら、ただの阿呆と思うところだったがな。良いぞ、俺好みの攻略法だ』
『あー......つまり。“サタンの迷宮”を“ミノタウロスの迷宮”に塗り替えたことが、“サタンの迷宮”を崩壊させたって認識されたわけか。“サタンの迷宮”が無くなったから戻って来れた、と。ならあの迷宮、本当に出口も入口も無いんだな?』
『無い。出口も入口もない迷宮から抜け出させる......力試しの試練には相応しいだろう、なァ?』
さすが魔王様、良い性格してる。細められた紅玉に射抜かれながら、そう思ったのだ。
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つまり、だ。あの迷宮からの脱出方法など存在しない。脱出方法の存在しない迷宮から脱出することが試練だったのだから。
しかし、そこに“攻め手”に関するヒントを見出せない。
「考え込んでいるようだなァ、小僧」
「あの悪魔......いや待て。そもそも、あれ悪魔で良いんだよな?」
そこが間違っていたら、流石に情けないというかなんというか。“攻め手”の言葉を鵜呑みにして考察を進めていたのだが、そこが違っていたら困る。具体的にいうと、迷宮の悪魔の考察が根拠の無い、完全なる当てずっぽうになってしまうので困る。
引きつったような笑みを浮かべた奏に対し、サタンは苦々しい顔で「おう」と答えた。
「認めたくは無いがな、アレらも一応は悪魔の端くれよ」
その表情と蔑むような口調を見て、ふと閃いた。まさか、とも思ったが、成る程この考えならば、サタンの様子にも納得がいく。一度思いついたそれは頭から離れず、ならば口にするしかあるまい。最新の考察を、魔王様に答え合わせしてもらわなければ
「......ああ、成る程な。サタン」
「どうした小僧。何やら得心がいったような顔をしているなァ?」
「迷宮内の影、“攻め手”の悪魔。俺は最初、それを“迷宮のサタン”の配下だと考えたが、違った」
「そうだな、アレは“迷宮のサタン”の配下などでは無い」
目の前の男は、どうやら正答を見つけ出したらしい。そう勘付いて、サタンは笑みを深めた。その期待に応えようと男の口が開くのを、紅玉を一層輝かせながら魔王は見守る。
「あの悪魔たちは、お前が喰らった同一体の成れの果てだ。そうだろう?」
「今度こそ正解だろう」確信を持ったように男が、奏が言う。
「何故、そう思った?」
「“迷宮のサタン”がいたことは分かった。お前自身がそれを認めたんだし、事実なんだろう」
その悪魔を喰らったのは、三千年前に終結した箱庭中を巻き込んだ大戦の折だという。そして彼は、その時こうも言っていた。
『だから、返り討ちにしてやったのさ。ベルゼたちを率いて、襲撃してきた同一体を殺し、その力を喰らった』
魔王サタン......同一体殺しのサタン。彼が喰らったのは、“迷宮のサタン”だけでは無い。
そして。
「あの迷宮にいた悪魔はこう言っていた」
『嗚呼、憎らしい。魔王め、魔王め。同類でありながら、我らを嘲笑い愚弄し喰らい尽くし、迷宮へ閉じ込めた。嗚呼、憎らしい悪魔め』
「“同類”ってのを聞いて、俺は“魔王サタン”と目の前の影を、悪魔としての同類だと解釈した。だから“攻め手”が悪魔だと思ったし、“迷宮のサタン”の配下だという予想を立てたわけなんだが、それは間違っていた」
“同類”とは、悪魔としてのことでは無く。
「魔を統べる、地獄の王。そういう意味での同類だったんだろう? お前が喰った同一体の残滓を閉じ込めたのが、あの迷宮。“悪魔を閉じ込める迷宮”なんだから、悪魔の王を閉じ込めるのにこれほど向いてる場所も無いだろうさ」
「採点頼む」と“解答”を投げかければ、溜息一つの後に「正解だ」と返ってくる。「そいつは良かった」と言うと、魔王の口からまた深い溜息が吐き出された。
「迷宮の悪魔の話をする度にお前が嫌そうな顔をするのも納得ってもんだな」
「ああ、全く......自分では無いとはいえ、同一体の愚かさを耳にするというのはな、中々に苦痛だぞ」
「苦痛を与える側である悪魔の俺が、心底根を上げたくなるくらいにはな」ふ、と呆れたような苦い笑みを浮かべてサタンは言った。
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