表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
P.B.S  作者: 春秋夏冬
一章 魔王の試練
11/36

魔王 2

 ---


「陛下、ただいま戻りましたよぉ」


 相変わらずのふわふわとした甘い声が部屋に響いた。「遅いぞベルゼ」との軽い叱責を受け、ベルゼブブの眉がへにゃりと下がった。


「申し訳ありません、陛下」


 かたん、ことん。微かな音を立てて、サタンとガーディアンズの前に紅茶と焼き菓子が配られた。んん、と咳払いをしてサタンが茶に手を伸ばす。その指が、ふと止まった


「ん、待て。この茶と菓子、誰が用意した?」


「アスモデウスさんです。珍しく厨房にいらっしゃって、お菓子を作ったので陛下に献上するようにと。あ、お茶は私が淹れたんですよぉ。庭のハーブを調合してみました」


「この茶の異臭はそれが原因か。いや、待て。アスモデウスだと?」


「アスモデウス?」とケイトを除くガーディアンズが首を傾げる。


「名前は知ってるが、会ったことはないな。だがサタンとベルゼブブがいるラピュタだ、そりゃアスモデウスがいたって不思議じゃ無い」


「私も会ったことないや。確か、七つの大罪で色欲を司る悪魔だっけ?」


 リリノの言葉を聞いた途端、ベルゼブブが嘆くように否定の声をあげた。


「おやめ下さい、リリノさん。七つの大罪の話は好きじゃないんですよぅ。何処かの誰かさんが勝手に私たちと罪を結びつけて、それが有名になっちゃってますが、本来は全く関係のないお話なんですっ」


 有名になったが故に、悪魔たちはその影響を少なからず受けてしまっているのだという。


「ベルゼ。貴様、未だにアレを恨んでいるのか」


「当たり前です。なんなんですか『暴食』って! まるで私が食いしん坊みたいじゃないですかぁ......」


 そこか。そこなのか。誰も口には出さないが、その気持ちが、ベルゼブブを除いた室内にいるものの総意であることは間違いなかった。


「全く......。貴様ら、菓子には手を出すなよ。アスモデウスが作ったのなら、十中八九媚薬入りだ。特に奏と、花とやら。ヒトが食ったら色欲に溺れて狂い死ぬぞ」


 その言葉を受けて、花はじっと菓子を見る。見た目には何も異常は感じられない。口にすれば死に至ると言われたのでは、流石に食べようとは思わないが。奏は先程疑問の声をあげなかったケイトを振り向いた。


「お前はアスモデウスと面識があるのか?」


「昔ね。最後に会ったのはリリノに会う前だから、もう千年以上前になるけど。変わってないな、アスモデウスは」


 ケイトやリリノ、人で無いものたちがさらりと千年単位の話をするものだから、昨日今日で花は自分の時間の感覚に自信が持てなくなってきていた。


 深く溜息を吐いて、サタンはベルゼブブに命を下した。


「あの万年発情期は......。ベルゼ、アスモデウスを一週間自室に閉じ込めておけ」


「んん?陛下、今回も地下牢でなくて宜しいので?」


「“今回も”ってことは前科持ちか」と奏が突っ込む。苦笑いを浮かべ、ベルゼブブは主の言葉の続きを待った。


「地下牢に入れたところで、アレは放置プレイなどとほざいて悦ぶだけだろう」


「ああ〜それは確かに。では、一週間というのは? 前回は自室に一月の謹慎だったではないですか」

 

 む、とサタンは一瞬言葉を吐くのを止めた。


「......それで、泣いただろう。アレは」


「んん〜。我ら悪魔にとっては、一月の謹慎でも相当な恩情だと思いますが。永きを生きるものには、その程度、一瞬にも等しいですから」


 陛下のご命令には従いますよ。くすくす笑いながら、ベルゼブブは部屋を出て行った。


「丸くなったね、サタン。昔のお前なら、配下に対しても、それは厳しく接していたのに」


「俺は変わってないさ。今回もアスモデウスに最も効く仕置を命じただけだ。アレは普段と変わらぬ場所で放って置かれるのが一番堪える」


 どこまで話したか。「まあ、飲めんこともない」そう言ってベルゼの入れた茶で喉を潤し、魔王は話を再開させた。



 ---



「円卓の話はしたな、俺が現状その盟主であることも」


 花が頷くのを確認し、サタンはケイトをちらりと見る。はて、何だろうか。首を傾げるケイトを見て、魔王はまたしても溜息を吐いた。


「昨夜。フギンとムニンから報告を受けたのだ。番人がまた異邦人を連れ込んだ、とな」


「確かに事実だけどさ、連れ込んだって言い方はどうなの」


「ふん。厄介事を持ち込むのが貴様の特技であることは円卓全員が知っておるわ」


 肩をすくめて「不本意だ」と示すケイトを見ないふりをして、サタンは花を見た。


「娘、貴様がこの箱庭に来るまでを俺に物語れ。先にも言ったが、俺は円卓の盟主だ。箱庭の安寧を守護する立場故、起きた異常を見過ごす訳にはいかないのでな」


「これも仕事なんだ」そう言って紅玉が鋭さを増す。『異常』という言葉と魔王の圧に、花は口を開くが言葉が出ない。


「そう身構えるな、花。サタンは本当に話を聞こうとしてるだけだ」


「奏の時も似たような感じだったよ。まあ話を聞くだけでは終わらず、」


 続けられるはずのリリノの言葉は、サタンによって遮られた。


「その先はまだ話さずとも良い。同じことを行うかは分からんのだからな」


「そう言われると余計気になるんですが......?」


 気になりはするが、今のやりとりで心は解れた。一切を打ち明けよう。そう決める。


 というわけで、かくかくしかじか。花たちが話し終えると、魔王は「なるほどな、さっぱり分からん」と一先ずの相槌を打った。


「貴様が箱庭に来た時とも被っているような、そうで無いような、といった感じだな。小僧」


 話を振られた奏が「おう」と応える。


「ま、境界にケイトの手を借りずに訪れたってとこは一緒だがな」


「だが貴様が元いたのは主軸の世界だろう。『主軸の世界から箱庭へ訪れた』なんてのも訳が分からん話だったが、今回はそれに輪をかけて分からんな。元いた世界が観測出来ない?」


 茶を煽るように飲み干し、サタンがティーカップを受け皿に戻す。花たちの前に置かれた茶はすっかり冷めていた。


「俺は円卓次席という立場上、境界にも詳しいがな。あそこで観測出来ない世界があるなど、聞いたこともないぞ」


「俺だってそんな話した覚えないし、する日が来るとは思わなかったよ」


 正直頭抱えてる。と零すケイトをリリノが困ったように笑いながら慰める。


「そういう訳だからサタン。ガーディアンズは今回の件を色んな方法で調べようと思ってるの」


「糸口を探すところからなんだけどね」というリリノの言葉を聞いたサタンは頷きを返す。


「何かあれば言え。俺や円卓も手を貸そう。......ところで娘、花と言ったな。話に出てきた本は今ここにあるのか?」


「あります。でも、私以外触れなくて......」


「妙な光というやつか。構わん、出して机に置け」


 言われた通りに、鞄から出した本を机に置く。サタンはその本を指で指し示すと、手を己の方へ返し、くい、と指を曲げた。


 ふわ、と指に従うように本が浮き上がった。そのまま空中をサタンの方へ漂っていく。


「触らずとも近くに寄せることはできる」


「すごい、魔法みたいです......!」


 不思議なものはここ二日間で見慣れたような気がしていたが、案外そうでも無かったらしい。『物を浮かせる』というのは魔法の定番のように思えて、花は一層興奮した。


魔道書(グリモア)の類かと思ったが、そういうわけでもないのか」


「精霊や付喪神が宿ってるってわけでもないみたいだしね」


 リリノの言葉を聞いたサタンは、ふと、何かを思いついたように目を瞬かせた。


「付喪神、貴様の考えは案外的外れではないかもしれんぞ」


「え?」


「娘、『この本について何かしらの情報が得られるかもしれない』と言ったらどうする?」


「知りたいです」


 花は即答した。この魔王の前では躊躇いなど見せられない。「良かろう」目を細め、満足そうにサタンが笑う。


「喜べ付喪神。先ほどの続きを話す許可をやろう」


 一瞬何のことかと考えて、思い当たった途端、リリノは青褪めた。


「さっきの話って......奏の時のことを言ってるの、サタン」


「当然だ。他に何がある?」


「無茶だよっ。奏は箱庭に来た時点で人とは思えない身体能力してたからまだしも、花ちゃんは普通の人間だよ?」


「見れば分かる。だが本人が望んだのだ、貴様が口を出すことでは無いぞ」


 サタンの言葉を受け、遣る瀬無い表情でリリノが口を開いた。


「花ちゃん。奏の時は箱庭に来るまでの経緯を話すだけでは終わらなかった、そう言ったでしょう」


 奏の時は。そこまで言って口を閉ざしたリリノの後を継いだのは、当の奏だった。


「俺の時はな、魔王さまの試練がおまけについてきたんだ」


 軽い口調で、奏はそう言ってみせた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ