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P.B.S  作者: 春秋夏冬
一章 魔王の試練
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魔王

 ---


 がたん、と馬車が揺れる。ラピュタ“ゲヘナ”、その中心に位置する魔王の城へと馬車は向かっていた。ガーディアンズとベルゼブブが乗り込んでも十分な余裕があるほどに大きい馬車は、街のざわめきの中をゆったりと進む。


「それでですね? 最近陛下ってば、全くお休みを取られていないんですよぅ。(わたくし)が何度『倒れてしまいますよ』とお声がけしても、聞く耳をお持ちでないんですよあのお方!」


「サタンが周りの話を聞かないのは昔から変わってないけど。君も相変わらず苦労してるね、ベルゼ」


 陛下の立派なお耳は何のためについているんですかぁ! と嘆くベルゼブブをケイトが宥める。第一印象とは随分違うベルゼブブの様子に花は呆気に取られていた。


「アレは確かに実力者だがな。サタンに敵意抱いたりなんてしなきゃ、基本無害だから気にするな」


「俺もベルゼに初めて会った時は、心底警戒したさ」と奏は花に囁いた。がたん、とまた馬車が揺れた。ちら、と窓の外を見れば王城へ通づる跳ね橋を渡り始めたところだった。


 ベルゼブブ。旧約聖書においてはバアル・ゼブブという名で表されるその悪魔は、悪霊たちを率いる立場のものとされることが多い。本来はバアル・ゼブルと呼ばれ、尊い神として広く崇拝されていたが、後に邪教神として蔑まれた。そんな逸話も残っている。


 地獄においては魔王サタンに次ぐ権力を持ち、実力ではサタンを凌ぐとも謳われる大悪魔。花の知識の中にあるベルゼブブは、悪魔らしく醜悪な外見であったり、蠅の姿で描かれていた。目の前の女は美しいが、正体がベルゼブブと分かった今では、先ほど感じた恐怖感にも納得出来る。邪悪で罪深く、強大な力を持つ悪魔。


 ......会ってみたかったというのが花の本心である。どれほど恐ろしく描かれようと、物語の中に棲まうものなのだから、花にとっては興味の対象であった。悪魔に会えて、心底からの恐怖を味わえた。なんて貴重な体験だろう。


 怖いもの知らずだな、と奏はひっそりと笑う。花の表情を見れば今何を考えているか丸分かりだった。


 第一印象こそ警戒が勝ったが、少しすれば興味と好奇心の方が勝る。ケイトは、奏と花が似ていると言うが、なるほど確かに似ているのかもしれないと、己の今までを振り返って思う。


 奏が箱庭に訪れた翌日も、今回と同文の手紙に従いゲヘナを訪れ、そうしてベルゼブブの案内で魔王と対面した。その後も何度か魔王とは会い、それなりに気安く喋る仲になったからこそ「ワンパターン過ぎないか」と言ってやりたくなる。自分の時と花の時。全く同じでは魔王としても面白く無いのでは。なんて余計な心配もしてみる。


 がたん、とまた馬車が揺れる。城門をくぐり抜け、とある扉の前で馬車は止まった。


「陛下は執務室でお待ちです。ご案内いたしますね」


 ふわりと髪を靡かせ、ベルゼブブは執務室の道を先導する。廻廊ですれ違う悪魔たちは皆、ベルゼブブを見かけると深く頭を下げた。魔王の側仕えと言っていたが、ベルゼブブはサタンに次ぐ権力を持つと謳われた大悪魔である。このゲヘナにおいても、相応の権力を持っているのだろう。そう花は推測してみる。


 魔王サタンにまもなく会える。廻廊を歩みながら、花は内心高揚せずにはいられなかった。恐ろしくもあるが、やはり興味の方が勝る。


 城内をベルゼブブに誘われるままに進み続け、幾度も階段を上るうちに、気が付けば城の上層部まで辿り着いていた。下層部では頻繁にすれ違った悪魔たちも、ここまで来るとその頻度はぐっと下がった。それだけ魔王の執務室は奥まった場所にあるのだと実感する。


「陛下、お客様をお連れいたしました」


 重厚な木製の扉の前で、ベルゼブブはノックをした後に告げる。返事は無いが、いつものことだと、扉を開いた。「お入りください」とベルゼブブに告げられ、“リーダー”である奏を先頭に室内へ入る。最後に入室したベルゼブブが扉を閉める音が、静かに響いた。


「漸く来たか、童ども」


 執務室の奥。アンティーク調の机の向こうに、魔王はいた。鋭く尖った角と耳。全てを見通すような深紅の双玉は煌々と輝き、その声を耳にしたが最後、逃れられはしないと無意識のうちに感じてしまう。そんな、圧倒的な存在感を誇る魔王サタンは。


「子ども......?」


 幼子の姿をしていた。正直なところ、花の恐怖心が保ったのは僅かな間だった。ベルゼブブと対峙した時と同じくらいしか保たなかった。仕方ないだろう。悪魔の長、地獄を統べる魔王サタンが幼子の姿をしているだなんて、ちっとも想像していなかったのだから。興味と好奇心が勝るのは仕方のないことだ、そう思う。


「異邦から来た娘。この箱庭において、見た目で相手を判断すると痛い目を見るぞ」


 呆れたように魔王に言われ、漸くじいっと見つめ過ぎていたことに気が付いた。慌てる花を横目に、奏とリリノが揶揄うようにサタンに話しかけた。


「久しぶりだな、サタン。お前を知らない奴が見りゃ、驚くのも仕方ない事だと思うぞ」


「そうそう。前情報なしに、魔王様が幼子なんて予想出来る人は滅多にいないと思うよ?」


「喧しいぞ童ども。成体でいると書類仕事が疲れるんだ、仕方なかろう。普段はこの姿だが、大事の際は成体にもなる」


 そんな理由で? と思わなくも無いが、書類仕事が目やら肩やら腰やらに来るのは事実である。机の横に積まれた書類の山--因みに全て終わっている--を見るに、魔王の主な仕事は書類の片付けらしい。


「さて。先ずは座れ、ガーディアンズ。俺も暇では無いのでな。早速呼び出した理由を話そう」


「ベルゼ、話は長くなるだろう。茶を持って来い」 主の言葉に、側仕えは「はあい」と返し部屋を出ていく。


「娘。......ああ貴様のことだ、新参者。名はなんという?」


「花です。えっと、サタン様......?」


「様は付けんでいい。貴様は俺の配下でも治める民でも無いのだからな」


 サタンは頭の天辺から足の先までじっくりと花を眺めた。びく、と気まずそうに体を震わせる花を見て、心底からの溜息をついた。


「境界の番人よ。貴様、また妙なものを連れてきたようだなァ?」


「俺も驚いてるんだよ。奏の時にも同じことを言ったけどさ、どうやって境界にやってきたのかさっぱりわからない」


 赤い瞳がケイトを射抜く。返ってきた言葉は予想通りのもので、サタンはもう一度深い溜息をついた。


「呼び出した理由を話す、と言ったな。だがその前に、俺に聞きたいことがあるのでは無いか」


 なあ、娘。


 サタンの問いかけ、望まれている答え。間違った答えは許されない。そう感じさせる覇気は、流石魔を統べる王と言ったところか。今、魔王は己の真価を図ろうとしているのでは無いか。根拠はない、けれどそんな確信のもとに、花はゆっくりと口を開く。


「サタンさんは、何故、私が箱庭に訪れたことを知っていたんでしょうか」


 当たりだ、とでも言うように悪魔がゆっくりと頷く。花は、強張っていた体が安堵で弛緩するのを感じた。


「呼び出した理由に通づる話だ。遠回りな話になるが心して聞け、“ガーディアンズ”」



 ---



「先ず、貴様の質問への答えをやろう」


 サタンの話はその言葉から始まった。執務室に用意されたソファに座り、魔王の言葉に耳を傾ける。


「俺が何故貴様が箱庭に訪れたと知っているか。......娘、フギンとムニンは知っているか」


「北欧神話に登場するワタリガラスです。主であるオーディンへ、世界中を飛び回って得た情報を伝えるのが役目だと本で読みました」


 しかし、北欧神話の鳥とサタンに何の関係があるというのか。花は続く言葉を待つ。


「俺に貴様の来訪を知らせたのは其奴(そやつ)らだ。オーディンと俺は、同一のラピュタに属している。ああ、ゲヘナ(ここ)とは別のラピュタにな。その縁で、フギンとムニンは俺にも情報を運んできた」


「一部の神霊たちは、複数のラピュタに属していることもあるんだ」とはケイトからの補足である。


「新参者の娘以外は知っている話になるが」


 ケイトの言葉に頷いたサタンはちら、と室内にいる者を一瞥した。


「箱庭には、ラピュタとアトランティスという二つの居住区域がある。ラピュタはそこに住むものたちがそれぞれの島をそれぞれに統治し、アトランティスは各地にある“街”という括りの中でそれぞれ統治がなされている。だが、それら全て、箱庭を統括し、監督する組織がある」


 その名を“円卓”。“円卓連盟”だ。


「それこそが、俺やオーディンが所属するラピュタ。箱庭において、特に強大な力を持つものたちが集う場所だ」


 にい、と笑みを浮かべ、愉快そうにサタンは語る。


「箱庭において円卓という言葉は、とある“アーサー王”のラピュタを指す」


「あの。奏さんから、アーサー王のラピュタにについて少しだけ伺いました」


 む、とサタンが奏を見る。「どのくらい話した?」と問われ、奏は「そうは言っても大して話してないぞ」と肩をすくめた。


「箱庭において、アーサー王伝説のラピュタは基本的に“キャメロット”という名前であること。ただし、箱庭で最も有名なアーサー王のラピュタはその限りでは無いこと。そのくらいだな」


「うむ。小僧の話の中に出てきた“最も有名なアーサー王のラピュタ”。これが“円卓”、もしくは“円卓連盟”と呼ばれている」


 連盟、すなわち目的を同一とするものが集まった組織。箱庭を統括するために、強大な力を持つ神霊や悪魔たちが集まり創ったのが、“円卓連盟”なのだという。


 魔王はすうっと目を細め、かつての箱庭を思い出す。


「箱庭が出来た当初、遥か昔。ここにやってきたものたち同士での争いが絶えなかった。何故か分かるか、娘」


「えっ、と。同じ神さまたちがいっぱいいたから、でしょうか」


 突然の問いに慌てつつも答えを返す。ケイト曰く。箱庭に訪れるのは数多の並行世界の残滓なのだという。ならば、同じ物語に名を残す、並行世界の同一人物がいたのでは無いか。


「俺は箱庭に召喚(よば)れたものたちの中でも、最古参に近い。数千年を遥かに超える時をこの箱庭で過ごしたが、己の同一体は飽きるほどに見てきた」


 そして、その悉くを殺してきた。


 対の紅玉が一層輝きを増す。ケイトが目を伏せ、呟いた。


「箱庭が出来てしばらくしたころ、妙な噂が広がってね」


「噂、ですか」


「『箱庭の空の最も高い場所。そこに立ったものは主軸の世界への干渉権を得る』ってね。笑っちゃうでしょう、世界への干渉権が欲しいだなんて」


 リリノが嘲るように笑う。快活な彼女らしく無いその笑みを見て、当時の惨劇がどれほど酷いものだったのかを僅かに察する。


「干渉権を得る。それはつまり、あり得ないと切り捨てられたはずの存在が切り捨てられなかった世界へと、主軸の世界を作り変えるってことになる」


「主軸の世界に干渉できれば、己の存在をより強固にできる。より力を、信仰を得れる。だが、ほかの誰かが、特に並行世界の同一体がその権利を得たら、自分たちの存在が揺らぐやも知れん。世界を作り変えるというのは、それほど影響力のあることだからな」


 そうして焦った神々は、悪魔は、箱庭に住む者たちは、互いを牽制し、しかしあわよくば自分たちが干渉権を得ようと、戦いに明け暮れた。


「俺は、俺の治める“ゲヘナ”はその戦いを静観しようとした。外の世界へ干渉して何になる。嘘か真かすら定かでは無い噂を鵜呑みにするなぞ愚の骨頂。......だがな、俺が俺である以上、同一体は戦いを挑んでくる」


 だから、返り討ちにしてやったのさ。ベルゼたちを率いて、襲撃してきた同一体(サタン)を殺し、その力を喰らった。より力を増した我らは、その後も挑んできた同一体たちを殺した。戦を挑んできた他の神群も悪魔たちも、一切を殺し己が力とした。


 かつてを語る時、紅玉は一際輝きを増す。愚かしい他の世界の己を嘆き、神霊たちを嘆き、そうして嘲笑う。「愚か者どもめ」と。


 けれどその状況を嘆いたものも存在した。このままでは、箱庭すら滅びてしまう。存在を許された最後の世界が無くなってしまう、と。


「この争いを止めなければ。三千年ほど前に、その意思を持った者、争いにいい加減嫌気が差した俺やオーディンたちが作り上げた組織が“円卓連盟”だ。現状最も箱庭の空高くにあるラピュタでもある」


 円卓連盟は争いを終わらせた。『話し合って無理なら実力行使』という信念のもとに動いたが、大半の争いを終わらせたのは実力行使だった。神も悪魔も周りの話なんて聞く連中じゃ無いのは、円卓連盟も理解していた。何故なら連盟の主要メンバーも大半が神霊であるからだ。


「円卓連盟にはアーサー王伝説をなぞり、十三の席がある。それぞれに、箱庭の争いを止めるのに尽力したものたちが座っている。そしてもう一つ、特別席があってな。特別席の主はアーサー・ペンドラゴン。本来なら第一席に座る予定だったのだが、一つの条件と共に奴はそれを辞退した」


『絶対的な中立』。“円卓”の名とラピュタを貸し与えた王はそれを望んだ。そうして、円卓連盟での話し合いの後に、いくつかの決まりごとが定められた。その決まりごとは後に箱庭全体に広められた。従う道理は無いが、従わなければ争いがまた起こるだけだと、多くのものが従った。


「例えば“円卓”のラピュタとアトランティス全域を絶対的な中立地帯とすること。神霊たちほど力のないものたちの安全を確保するための決まりだな。住処を分け、ラピュタに住むものには万が一への覚悟を持つことを課した」


 争いを収めたとはいえ、まだ隙をついて出し抜こうとするものたちはいるだろう。ラピュタに住むなら、それらに襲われる覚悟を持て、という決まりだった。


 奏がケイトから聞いた、二つのラピュタが滅んだ争いもこの噂が元になった争いだった。古くから箱庭にいたものたちの中には、未だにあの噂を信じているものもいる。


 噂の真偽は、今でも定かでは無い。誰も確かめたものがいないのだから、当然であるが。


「あとは、そうだな。噂についての箝口令を敷いた。新しく箱庭に訪れたものに、わざわざ火種を与える必要はあるまい。それについては番人、貴様にも助力を請うたな」


 そうだね、とケイトは頷いた。


「箱庭に来るものたちへ与える基礎知識の中に、円卓や定められた決まりごとを加えておいたんだ」


「基礎知識、ですか?」


 覚えがない、と花は狼狽える。「俺たちは例外だな」奏がにや、と笑って言った。


「普通は箱庭に来るときに境界は経由しないし、ケイトにも会わん。そうだろ?」


「ん、そういえば言ってなかったっけ。普通は並行世界から直接、箱庭のラピュタへ送るんだ。毎回の召喚に俺が付き添って色々説明してたらキリが無いから、送るときに世界についての簡単な情報なんかを対象の頭に入力(インストール)しておく。使う言語だって地域・時代によって異なるから、その辺も上手く調整する。あらゆる言語が境界には記録されているから、脳内で認識した言葉を自動翻訳する、みたいな。それで、各自でラピュタに残るか、アトランティスへ降りるかを選ばせる」


 奏も花ちゃんも境界を経て箱庭に至ったから、その過程が飛ばされたんだね。その分の情報は今後俺やリリノが補うから気にしなくていいよ。


 ケイトの言葉を聞いた花は、自分に問題があったのでは無いと分かって胸を撫で下ろした。


「そして、ようやく話はフギンとムニンに戻るな。円卓には特別席を除いて十三の席があると言っただろう」


 サタンは指を一本立てた。自然と、ガーディアンズの視線はそこへ集う。


「第一席。ここに座る者は、とある事情で席を外していてな」


 もう一本。細く色の薄い指が足された。


「俺は第二席に座っているわけだが、まあ第一席がいないので現状“円卓連盟”の盟主、まとめ役は俺になる。箱庭全体を監督するための“目”として、オーディンが俺にフギンとムニンを貸し与えた。フギンとムニンはお前が訪れたのを空から見て、俺にその情報をもたらした」


 遠回りにはなったが、貴様の質問への答えだ。受け取るがいい、娘。


 そう言ったサタンが、少し顔をしかめた後に軽く咳き込んだ。


「ご教授感謝します、サタンさん。あの、大丈夫ですか?」


「長く喋ったお陰で、喉が渇いて仕方ない。......ベルゼは何をしている」


 そういえば、と花は扉を見る。「茶を持って来い」と言われて部屋を出て行ったにしては、帰りが遅い気もする。


「ベルゼに何かあったとか?」


「何か、だと? このゲヘナで?」


 リリノの言葉に「まさか」と返しながら、魔王は結界内部を探った。己が張った結界から馴染んだ気配が消えた様子はない。


「む、すぐそこまで来ているな」


 ベルゼの気配は存外近くで見つかった。サタンの言葉とほぼ同時に、執務室の扉が開いた。

丁度よく切れるところが無くてぶつ切り状態


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