表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。

犠牲

作者: 初心者

 ここは極楽村。交通網もコンビニも全くもって発展していないド田舎に存在するが、昔から住民の絆が強くて団結力のある村である。海に面しているわけではないので人によってはつまらないと思われるかもしれない。それでも野菜が沢山採れるこの村には毎年何人か移住してくるのでまだまだ活気があると言える。

 そんな極楽村で今日も1人、農作業に精を出している男がいた。彼の名は伊作。名前からして昔の人間らしさが漂うが、立派な若者だ。体力もまだある。

 実はこの伊作という男、根っからの極楽村民ではない。元は東京に住んでいたのだが、中学2年時に家族揃ってこの村に転居。両親はここで農家を営んでいたのだが、3年前に2人とも病死したため、現在は息子の伊作が家業を継ぐ形で農家を維持している。大変なこともあるが、この村の素晴らしさに比べたら微々たるものだ。

 今日も極楽村は快晴である。そんな気持ちの良い天候の下、伊作が採れたての野菜をかごに積んでいると、誰かがやって来たようだ。

「伊作さん、おはよー!」

 やって来たのは沙紀だった。

 この村の村長の一人娘である沙紀を知らない者はいない。村役場で手伝いしている彼女が極楽村の宣伝に奔走してくれたおかげで余所からの移住者が増えたのだから、村民からの感謝は絶えない。

「今日もいっぱい採れてるね」

「まあな」

 そんなこんなで他愛のない会話を続けた後、沙紀が急に尋ねてきた。

「今日の夜、時間空いてる?」

「ああ。何かあるのか?」

 少し間が空いた後、沙紀は言い辛そうな口を開いて言った。

「パパから大事な話があるの」

「大事な話?」

「うん。それじゃあ夜になったら役場に来てね」

 そう言って沙紀は走り去って行った。

 大事な話らしいが、伊作には心当たりがない。もしかして高齢のため村長が引退し、その後継ぎとして...何てことがないよう祈りながら仕事を終えた伊作は役場へ行く。

「すまないな、こんな時に呼び出したりして」

 村長は申し訳なさそうな感じだ。

「いえ、村長にはいつもお世話になっていますから」

 そして伊作は気になっていた話の内容をすぐさま聞き出す。

「それで話というのは」

「うむ、話というのはな...」

 少し間が空くも、村長の口から驚きの言葉が出てくる。

「紗妃を嫁にもらってくれないか?」

 伊作は驚きのあまり何も言葉が出てこなかった。沙紀と結婚する?付き合ってもいない人間と?

「そりゃまた何で俺と?」

「君は沙紀との仲が長いし、村のためによく働いてくれている。沙紀を守るにふさわしい男だ」

 村長は自信満々に言うが、さらに驚きの事実を知らされる。

「実はこの話、沙紀は既に承知しているのだ」


 役場からの帰り道。辺りは既に暗くなっている。

 沙紀は伊作と結婚する意志を固めている。伊作から見ても沙紀は人柄の良い女性だ。そんなに自分が好きだとは思いもしなかった。

 しかし今の伊作にはどうも人と結ばれることに乗り気がしない。かつての同級生達に「つまらない男」と言われっぱなしの伊作はぼんやりと人生を過ごしているのだから無理もないだろう。

 とりあえず回答を保留して帰宅した。今日も疲れたので早く寝ることにする。


 翌日も伊作は畑作業に精を出していた。若干昨夜のことが気に掛かってはいるが、大事なことなのでそんなに早く結論を出さなくていいと思っている。結ばれたとして愛する人のために何ができるのだろうか。

 作業を始めて暫くすると、遠くから誰かが走って来た。とても焦っているように見える。

「大変だ、伊作!」

 同じ農作業者の1人だった。

「どうしたんだ」

「と、とにかく来てくれ」

 そう言ってまた走り出したので、伊作は置いてかれないように後に続いた。

 しかし一体何が起きたというのだ。用向きも伝えずに。もしや昨夜のことと何か関係があるのか!?

 モヤモヤした気分に駆り立てながらも目的地?である雑木林に着いた伊作は驚くべき光景を目にする。

 そこには村民の1人が倒れていた。周りには同じく駆けつけた人達がいる。

「一体何が...」

「殺されたのだよ」

 そう言って出てきたのは村長だった。昨夜とは打って変わって険しい顔つきをしている。

「村長、一体誰の仕業なんですか!?」

 村長はしばらくの間を置いた後に言った。

「吸血鬼だ」

「きゅ、吸血鬼...?」

 一瞬頭が真っ白になった。人間ではなく現実には存在しない者の仕業だというのか。

「吸血鬼が存在するのですか?」

「余所から流れてきた君にはまだ話してなかったな」

 村長はそう言うと歩き出した。周りの人達もついていく。


 行き着いた先は集会所だった。ここで落ち着いて話すのだろう。

「先程の続きを話そう」

 静かな状態のもと、続きが始まった。

「この村では昔から老若男女問わず神隠しが起きていてだな。10年に1件のペースで今も行方不明なんだが、今から30年ほど前、私がこの村の役場で職員をしていた時...」

「何があったんで?」

「ついに不審死が発生したのだよ」

「不審死...」

「ああ。首に噛まれた跡があったのだが、驚くことに全身の血が抜かれていた」

「そ、それって...」

「紛れもない吸血鬼の仕業だと私は踏んだのだ」

 そんなことがこの村であったとは思いもしなかった。

「だから暫くの間は夜間の外出を控えてほしい、そう伝えたくてみんなを呼んだのだ」


 話が全て終わり、みんな解散した。伊作も農作業に戻ろうと集会所を出た時、沙紀に呼び止められた。

「伊作さん...」

「親父さんから話は聞いたよ」

「ううん、今はいいの」

「悪い。考えは固まったんだけど今はそれどころじゃないもんな」

 沙紀の表情はどことなく暗い。

「でもお前のことは俺が絶対に守るから」

 そう言い切った伊作は彼女に対して碌に目を向けないまま急ぎ足で去って行った。

 本当は考えなど固まっていなかった。吸血鬼のことがあろうがなかろうがそれは同じだ。それでも沙紀を不安な気持ちにさせたくなかった。


 あれから日が変わったのだが、また犠牲者が出たらしい。それも1人ではなく複数だ。

「これ程短い間に何人もやられるとは。今までにはなかった」

 事件を聞いて役場へ飛んで来た伊作を前に村長も驚きを隠せないでいる。伊作としてもこれ以上黙っていられない。

「村長、俺が吸血鬼を倒します」

 正直迷っていたが、何もしないわけにはいかない。

 村長も予想していたのか特段止めることもなく、

「できるか?」と念押ししてきた。

「はい!」


 深夜の極楽村外れ。村民は外出を控えているので殆どいない。いるのは伊作ただ1人だ。

 本当は村民が何人か加勢するつもりだったが、全て伊作が断った。これ以上犠牲者を増やすわけにはいかない。

 その代わりではあるが、ニンニクと懐中電灯を用意した。ニンニクが苦手だという言い伝えは知ってるし、日の光が射し込まないまでもライトで少しは代用できるかもしれない。


 そして時は来た。

「何だよ。まるで俺が来るのを待ってたみたいだな」

 声がした方を向くと、そこには薄着の男が立っていた。見た目は人間だが、これでも人の血を糧とする悪魔。

「お前を倒すために待ってたんだよ」

「そうか。それなら遠慮なく行くぜ」

 いきなり襲いかかってきたのだが、速い!人間とは比べ物にならない程の速さで伊作の腹を蹴った。

 かなりの痛みであるが、伊作も負けじとニンニク数個を全て相手の足元に転がす。

 ところが奴はびくとも反応しなかった。すかさず今度はライトを照射するも、粉々に破壊される。

「き、効かないだと...」

「そこら辺の吸血鬼と違って俺はパワーアップしてるんだ。なめんなよ!」

 次の瞬間、目に見えない速さで取り押さえられた。

「それじゃあお前の血を戴くぜ」

 もう後がないと悟った伊作は目を閉じた。首筋に痛みが走る。

 しかし伊作は倒れない。それどころか吸血鬼の方が倒れている。

「ち、ちっくしょー。テメェの血がとんだ外れだったなんて...」

 そして気付いたら奴は灰となって消えていた。

 一体何が起きたというのだ。伊作の血は奴にとって毒だった?確かに血を少しばかり奪われた感じはするが、何だか力が湧いているような気がするし、酔いに似たような感覚にすら襲われている。

 まさか吸血鬼になってしまったのか。そうであってほしくないが、沢山の足音が聞こえる。

 村の者たちだ。村長と沙紀もいる。村長は道路の灰を見て驚いている。

「君が倒したのか...?」

「......はい」

 その一言で歓声が起こった。沙紀も喜んでいる。

「伊作さん...」

 そう言って近づいて来たが、伊作は数歩後ずさりした。

「悪い。どうやら俺、吸血鬼になっちゃったみたいだ」

 沙紀の笑顔がたちまち消える。本当は言いたくなかったけど言わなければならない。

「このままだと本能が高まってみんなを襲ってしまう。だから...」

 気付いたら走り去っていた。沙紀が止めようと何か叫んでいたが、聞こえない。とにかく走る。

 暫くすると陽が射してきた。体が熱い。

「これが吸血鬼なのか...」

 そう呟きながら伊作の体は灰となって消えた。


 あれから何年も経ったが、極楽村ではもう吸血鬼騒動は起きていない。そのおかげもあってか、村への移住者はかなり増えてきている。

 結局この村を守ったのは人間か、それとも吸血鬼なのかは未だにはっきりせずにいるが、彼が自ら犠牲となったのは紛れもない事実だ。

 それが村のためにとった行動なのか、それとも人と結ばれることに対する抵抗からとった行動なのか。それを知る村民は1人もいない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ