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馬車が目的地に着き、馬車から出る際も伸ばされた手を断り、マリーネは一人で降りる。

つまずかないようにと下を向いていた視線を前に向けると、マリーネは感嘆の声をだした。

辺り一面ピンク色の花が咲き乱れている。

これが世に聞く花畑…

マリーネは初めて見る光景にしばらく魅入っていた。

本で読んだし、絵で知っていた。

でも本物は初めて見た。

外の世界は厳しいものだけではなく、こんな美しいものもあったのね。


「気に入ったか?」

「ええ、とても…」


シリウスのかけた言葉にマリーネは答えた後、我に返って緩んだ顔をまた普段の作られた表情に戻した。

花畑は人気も無く、マリーネを拐かすにはうってつけの場所だ。

それでも、もう少しだけ…

マリーネは屋敷の庭とは違う、作られていない自然の美しさに感動していた。


「…花を…摘んでもよろしいでしょうか?」

「ああ。好きにしていい。」


マリーネはシリウスの許可を得て、花を摘み始めた。

アイルとガイルが幼い頃はよく、お土産に花を摘んで来てくれたものだ。

マリーネはそれを丁寧に押し花やドライフラワーにして今でも大切にしている。

アイルは一度花かんむりを作って来てくれたこともあったわね…

いざ沢山の花を目の前にマリーネも作って見たかったが、作り方がわからないことに気づいてしまう。

それが何故かマリーネを苦いような切ないような気持ちにさせる。

今日、本物が見られたから過去なんてどうでもいいのに…

記念にと摘んでいた花を摘み終えると、マリーネはまた花畑を見つめていた。

風が吹くと花々は揺れ、微かに花の良い匂いが香ってくる。

マリーネはこれが最後かも知れないと、花畑を目に焼き付けるようにずっと見ていた。


「…私はもう結構です。」


花を摘み終えたマリーネがシリウスに告げる。


「もう、いいのか?」

「ええ。私は花畑を前に何をしていいのかわからないので。」


シリウスの顔が少し苦い表情になった。

計画失敗の顔かしら?

マリーネはドレスに隠した短剣の存在を確認しながら馬車に乗り込んだ。


「花の香りがするな。」


沈黙の中で口を開いたのはシリウスだった。

マリーネは膝の上にいっぱいの花を大事そうに抱えている。


「申し訳ありません。」

「違う…そう言う意味では…」


また無言の車内に戻る。

マリーネは行きでは逃げるために視線を外に向けていたが、帰りはただ名残惜しそうに車外を見つめていた。

ただ…何を考えているか分からなくても…感謝しなければいけないわね。

マリーネは外に向けていた視線を前に向けた。


「連れてきていただきありがとうございました。お陰様でよい思い出ができました。」


言った後、マリーネは恥ずかしげに花に視線を落とす。


「ならば、よかった。」


シリウスの意外な程優しい声色にマリーネは驚きながらも、視線を上げることはできなかった。

マリーネの予想に反して馬車は何事もなく屋敷に着き、マリーネは両手に花を抱えたまま馬車を降りる。

両手が塞がっていてはシリウスの手を取ることもできないと、建前が出来てマリーネは良かった思いながら足を運ぶ。

形式だけ差し出された手でも断るのはすごく悪い気がしていたのだ。

今日だってそう、お互いに触れない距離くらいがちょうどいい。

そんな思いに気を取られて、マリーネは足を滑らせてしまっていた。

受け身を取ろうと持っていた花束から手を離そうとしたが、その手が動く前にマリーネはシリウスに受け止められる。

その瞬間、驚きで花束から手を離していた。


「申し訳ありません。」


マリーネはすぐにシリウスから離れると散らした花たちをそのままに自分部屋へと逃げ帰る。

自分の手の中にあるはずの花束がないことに後悔したのは、心が落ち着いた後のことだった。

嫌だわ…折角摘んだ花なのに。

折角、何事も無く終われそうだったのに。

美しい花畑の光景を消し去るかのようにマリーネの心はまた沈んでしまう。

お花片付けられているかしら?

意を決してまた花を拾うべく、ドアを開ける。

マリーネの目の前にはシリウスが立っていた。


「花を持ってきた。」


シリウスの手にはマリーネが摘んだ花が抱えられていた。


「あ、ありがとうございます。」


マリーネはシリウスに触れないように花を受け取る。

そのマリーネ態度にシリウスの顔はまた苦々しく歪む。


「そんなに嫌か?」


シリウスの言葉に、マリーネは一瞬目を合わせたがすぐに逸らす。


「一体なんのことだか…」

「触れるのも嫌なくらいに私のことが嫌いか?」


ちらりと見たシリウスの顔は少し悲しそうだったが、マリーネはまた目を逸らした。


「シリウス様は潔癖症だとお聞きしました。私のような肌では触れるのも触れられるのもお嫌でしょう?」


マリーネはそう言って唇を噛み締めた。

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