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マリーネは結局両親に破談を伝えることはできなかった。

彼に言い訳するならば、マリーネの心が弱かった、その一言に尽きるだろう。

初めて向けられる両親の嬉しそうな顔を踏みにじることが、マリーネにはどうしてもできなかった。

ガイルやアイルにだってそう、いつか迷惑をかけてしまう恐れから、心配事一つ言うのもためらってしまっていた。

マリーネはキリキリと痛む腹部をさすりながら、二度目のシリウスとの顔合わせに向かった。


「言えなかった、だと?」


その彼の表情と言ったら、この世のものに例えられないくらいに恐怖を感じるものだった。

更に宣言通り酷いことをされる覚悟はしていたものの、マリーネは泣きたい気持ちをグッとこらえて、シリウスと対峙する。


「私も…家族を傷付けたく無いのです。自身で破談を告げてください。」

「君は分かってないな。早くに両親を亡くしてから何故この家を保つことができたと思う?ひとえに叔父と叔母のおかげだ。その叔母を傷つけたくはないし、家に泥を塗るような人物を迎える事はできない。」


シリウスは案にマリーネを家に入れては家名に傷をつける人間だと言っている。

マリーネはそれくらい知っていると、心で開き直った。


「理由ならば私だってあります!文句があるならば、私を見つけてくださいました貴方の叔母様にお願いいたします!」


この縁談がダメならばあんなに喜んでくれた両親はどうなるんだろう、そう考えるとマリーネに力がみなぎってくる。

気づけば、自分の知らないような激しさで啖呵を切っていた。


「叔母を誑かしたのは君だろうが!この阿婆擦れが!」


阿婆擦れなんかじゃ無い!

そんな言葉を飲み込むようにマリーネは唇を噛み締めて、シリウスを見ていた。

シリウスは直接言い過ぎたような素振りで視線を外したが、マリーネだけはただ真っ直ぐにシリウスを見ていた。


「勝手にしろ。不幸になるのはお前だ。」


シリウスが部屋を出て足音が聞こえなくなると、マリーネは自身の部屋、ましては自宅でもないのに涙を流してしまっていた。

阿婆擦れなんかじゃ無い。

私はちゃんと父と母の子で、何一つやましい事なんてしたこともない!

浅黒く生まれて、怠惰に甘えて育ってきたかもしれない。

けれど、人に言えない事なんて何一つ…

マリーネは膝から崩れ落ちた。



マリーネは純白のドレスを身にまとっていた。

マリーネとシリウスは結局破談にすることができずに、今日結婚式を行う。

シリウスの叔母の主導の下、華々しく行われる式は二人の後戻りを許さないようだった。


「これは政略結婚だ。君の要望に応えることは決してない。」


物腰柔らかに見えるその目を見開き、シリウスはマリーネに凄む。


「それで構いません。」


マリーネは意地になっていた。

早くに両親に伝えていれば、まだ後戻りはできたかもしれない。

それでも両親を失望させたくなかった。

自分さえ我慢すればいいとそう思っていたのだ。

笑顔を貼り付けて挑んだ式は記憶にも残らないくらいに足早に過ぎ去って行った。

シリウスの叔母から命を受けたメイドたちからマリーネは隅々まで綺麗にされ、殿方を虜にするような透けたネグリジェを一枚羽織らせられる。

マリーネは一人残された部屋の中であっても、その姿は心許無く、すぐさま身を隠すようにベッドの中へと潜り込んだ。

どうせ、夫はこの部屋に来ない。

マリーネは皆の前で交わした誓いのキスを思い出しながら、瞼を閉じた。

その口付けはマリーネの唇ではなく、少し逸れた場所に落とされた。

お前とは誓うことはないと、そう言うシリウスの宣言なのだろう。

瞼の裏には両親と弟と妹が仲睦まじく戯れている。

マリーネはそれを遠目に見ていた。

自分がその中に入ってはその自然な美しさが壊れてしまうから。

でも、自分もその中に入ってみたかった。

そんな家族を築いてみたかった。


「おい!夫を待たずに寝るとはいい身分だな。」


シリウスの嫌味で、マリーネは少し切ないけれど幸せな夢から現実に戻る。

その目覚めの悪さに、現実なんてこんなものだと納得するようにマリーネは上半身を起き上がらせた。


「てっきり、来ないかと…」

「叔母の手前、だ。」


言葉を交わしていると、シリウスの視線がマリーネを観察していることに気づく。

マリーネもその視線の先に目を落とすと、男性を誘うような自身の寝巻き姿にたどり着いた。

マリーネはハッとしてシーツで露わになっている身体を隠す。


「よく似合ってるよ、君みたいな阿婆擦れには。」


マリーネの眠気が消えてハッキリとした頭の中でシリウスの言葉が響く。

近づいていくシリウスの顔はマリーネの顔を横切り、首元に収まった。

酒の匂いがする。

瞼を閉じればまた両親と弟と妹が仲睦まじく戯れている光景を見ることができる。

切なくて、寂しさも感じるが、マリーネの守りたいと思う家族の姿だ。

それを思い浮かべるとこれから起きることも乗り越えられると、そう思いながらマリーネは時を過ぎるのを待った。

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