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「あのっ…出かけたいのですがっ…」
緊張して言葉が飛び飛びになりながらマリーネはシリウスに話しかけた。
初めて自分から申し出たマリーネにシリウスは驚きながらも、にやけるのを抑えて冷静なふりをする。
「わかった。今日の昼に予定しよう。…」
シリウスはすぐさま執事に今日あった予定を変更の話をするが、マリーネは不思議そうに頭を傾けた。
「あの…シリウス様にわざわざご予定を空けていただくのも心苦しいですから…私一人で…」
マリーネのその言葉を聞いた瞬間、シリウスは断られたショックを隠しきれず、固まってしまった。
「し、しかし…外出はまだ慣れないのでは?」
シリウスの言葉にマリーネも察して、色々と考え込む。
「…それでは空いた日にちがあれば、その日に…」
「今日空いたが?」
「私のわがままを通すのは良くありません…」
マリーネはシリウスに付き従う初老のバトラーに目を向けた。
長年伯爵家に仕えてきたバトラーはマリーネを拒絶する使用人の一頭である。
それに気づいたのか、シリウスも浮き足立っていた心を鎮め、都合のいい日を頭の中で探す。
「ああ、そうか…ならば三日後ならどうだろうか?確か空いていたはずだ。」
「それでは、三日後、よろしくお願いします。」
マリーネが大人しくしようとも、シリウスがどう気遣おうとも交わることの無い、ピリピリとした空気が屋敷には流れている。
使用人達はこの家に誇りを持ち、そして中にはシリウスことを守りたいと思っている人達もいる、そのことはマリーネにも何となくわかった。
幼い頃から側で見守ってきた子どもが独り立ちする前に両親を亡くし、更に人間関係で傷つき絶望した姿を、嫌いな相手と結婚しなくてはならなくなって荒れた姿を、目の当たりにして主人を守りたいと思っているのだろう。
それはとても美しい絆だとマリーネも思う。
マリーネは何かを思い出すように目を伏せた。
両親が弟と妹を見つめていた時のように慈しむような眼差しをバトラーも幼いシリウスを見つめていたのだろうか。
両親がマリーネに向けた眼差しはいつも憂を含んでいた。
自分に微笑みかけてくれて嬉しい気持ちもあるのに、胸の中は少し寂しくて悲しかった。
しかし、すぐにシリウスの優しい微笑みにマリーネは気づく。
シリウスの目に憂はなく、マリーネを安心させるように、大丈夫だと諭すように、ただただ優しい。
シリウスは時折、そんな眼差しをマリーネに向けた。
自分を真っ直ぐに見つめてくれる憂の無い優しい視線、遠い過去に諦めていたものが目の前にある、そんな幸福をマリーネは未だに手放しで喜ぶことは出来ない。
しかし、少しずつ和らいでいく緊張感と寂しさに胸に何かが込み上げてくる。
ごめんなさい、やっぱりここを離れることは、シリウス様から離れることはできないの…
マリーネは心の中で使用人たちに謝った。




