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「少しいいかな?」


女性同士の会話を微笑ましく見守っていたシリウスが声をかけ、女性陣が一斉に振り返る。

話に花を咲かせて自分の夫であるシリウスを忘れてしまっていたことにマリーネはハッとした。


「すみません…」

「いや、いいんだ。少し仕事の話をしてくるから、帰ってくるまでこのまま一緒に居てくれると嬉しい。」


謝るマリーネに意外にもシリウスはこのままでいいと言う。

マリーネはその言葉に顔が明るくなり、嬉しさが隠せない。

シリウスの妻として紹介されることは嬉しかったが、値踏みされるようにジロジロ見られて随分と精神をすり減らしてしまっていた。


「お嬢様方、どうか度妻のことをよろしくお願いいたします。」


丁寧にお辞儀をし、ニコリと紳士な笑顔を浮かべるシリウスはその美貌を遺憾なく発揮する。

アイルの友人たちは頬を染め、シリウスが立ち去った後に「きゃー」と黄色い歓声を上げた。


「まぁ、そこそこ及第点ね。」


アイルだけはシリウスに対して偉そうにそう放つ。


「アイルったら…」


マリーネがアイルを諌めると、堰を切ったようにアイルが本心を話し始めた。


「私、あの人あまり好きじゃないの。最初はお姉様と釣り合うかと思ったけれど、あの結婚後の態度有り得ないから。ガイルも激怒していたわ。」


結婚後、すぐにアイルとガイルを呼び寄せてお茶会をしてからというもの、アイルのシリウスに対しての評価はガタ落ちしていた。

妻の兄弟に対してあの態度なのだから、マリーネにはもっと辛く当たっていたことくらいアイルにはすぐわかったのだ。


「…それは勘違いがあったし、私の方が悪かったのよ。結婚した自覚もなかったの。」

「お姉様のフォローは当てにならないわ。ガイルでさえ許してしまうのだもの。」


アイルはツンとして自分の弟であるガイルを名指しして糾弾する。


「ガイルが言っていたことは本当のことよ。理不尽なことなんて何一つ言ってなかったわ。そののおかげでこうして痩せることができたから…」

「…もしかして理不尽なことを言われたの?」


アイルは探偵の様な洞察力でマリーネが何気なく言った言葉を拾い上げる。


「どうせ、お姉様のことを知らないくせに勝手に勘違いしたのでしょう?そんなことする奴なんて見る目の無い愚か者よ。婚約期間もあったというのに、お姉様の言葉に一度も耳を傾けなかったなんて、信じられない。」

「アイル!」


マリーネはアイルの頰を両手で包み込んで、お喋りを辞めさせる。


「アイル、聴いて。私、嬉しいの。私の内面のことをやっと見てくれる人ができて、初めて人からそばにいて欲しいと言われたの。幸せなの。この上ないくらい幸せなの。」


マリーネの言葉にアイルは黙り込み、ばつが悪そうに下を向いた。


「しかしながら、お嬢さんの推理は当たっているよ。」


そんな背後から声をかける男がいた。

マリーネはその聞き覚えのある声に振り返る。


「やあ、お久しぶり。」


そう言ったのは以前鉢合わせたシリウスの友人だった。


「お姉様に何か?」


危険を察知したアイルがすかさず男の前に立ちはだかる。


「少しお姉さんを貸して欲しいな。この前、誤解があったんだ。いいかな?」

「ダメだと言ったら?」


両者目を合わせてそう言うが、睨む様に鋭い視線のアイルと違って男の方は余裕綽々といったところだろか、微笑むように口角は上がったままだ。


「やましい事はない。この前シリウスの奥様が指差された女性について話そうと思ってね。彼女は…」

「わかりました、二人でお話しましょう。」


飄々と喋り始める男の会話をマリーネが遮る。

シリウスの…自分の夫の想い人である彼女のことをみんなの前で言えば、シリウスの印象は悪くなってしまうだろうし、シリウス本人も嫌がるだろう。


「アイル、ごめんなさい。大丈夫だから…」


マリーネがアイルにそう言うとアイルはハッと息を吐いた。


「いいわ。二人で話しても。けれど私の見える範囲で。何かあればすぐに駆けつけるわ。」

「お許しありがとございます。とても賢いお嬢さんだ。」


男がマリーネの手を取り、お礼の挨拶を込めてその手の甲にキスしようとしたが、マリーネはピシャリとその手を払う。


「それでは失礼。」


男はそんなアイルの態度に微動だにせず、笑顔のままマリーネを連れて少しアイル達から距離をとった。


「彼女はシリウスの好きな人ではないよ。」


足を止めるなり男はマリーネにそう言った。


「ならば…」

「元恋人だ。」


マリーネが訊ねる前に男は答える。

マリーネは「恋人」と言う言葉の強さに、頭を思い切り殴られたように驚いたまま固まってしまった。


「君はシリウスが両親を事故で亡くしていることを知っているよね?」


男から問われ、表情を変えることなくマリーネは静かに頷く。

シリウスは成人して間も無くに両親を事故で亡くしており、爵位を継ぐには非常に厳しい状態だった。

そんな中、シリウスの後ろ盾になったのが彼の叔父と叔母、マリーネたちにこの縁談を持ち込んだ張本人である。

だからこそ、シリウスは縁談を断れなかったのだ。

マリーネはその事を思い出して胸が締め付けられる。


「そんな時に付き合っていたのが彼女だったんだけれど、簡単に言えば逃げちゃったんだよね、彼女。爵位を継げそうにないシリウスを捨てたんだ。」


どうしてそんなことを…

マリーネは熟れた果実をナイフで裂くように自分の胸の柔らかな部分を傷つけられた感覚を感じていた。

つけられた傷からドロリとしたものが流れて滴り落ちる冷たさを、その感覚が示す感情をなんと表現したらいいだろう。


「可哀想だろう?」


男の言葉にマリーネは同意できなかった。

心が冷たく悲しい気持ちは痛みさえ感じるようだ。

それは明確に同情や憐れみとは違う。

シリウスのその時の感情を知ろうとすると客観的に見ることができず、自分のことのように痛むのだ。

その比ではない苦しみを抱えたシリウスの事を考えると、更に胸が痛み、それと同時に何もしてあげられない無力感に苛まれる。

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