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マリーネは全身鏡の前に立っていた。
んー…
マリーネの表情が険しくなる。
肉が付いていた時には分からなかった細くて長い脚にプリンと形のいいヒップ、腰はキュッと引き締まり、胸は太っていた時と変わらずだが、他の部分との差で物凄く目立っていた。
顔は…肉が落ちると大きな目が発掘され、鼻はそこそこ形も良く、厚い唇はチャームポイントに変わっている。
これが…私か…
マリーネは変わった容姿を喜ぶでもなく、ため息をついた。
「姉上!今日夜会に行かれるというのは本当ですか!」
いつのまにか「穀潰し」から「姉上」と呼ぶようになっていたガイルがノックもせずにマリーネの部屋に入ってくる。
「ええ…ガイルには迷惑をかけれないですからね。」
マリーネは驚きつつもガイルに微笑みかけた。
その笑顔はもはや肉団子ではなく、男子の肉欲を誘うような妖艶な笑みへと変わっていた。
「迷惑なんて、そんな…姉上が良ければずっと一緒に…」
ガイルはマリーネの手を握りそう言う。
すっかり反抗期を終えたガイルに嬉しくも思ったが、その反動の所為かガイルが甘やかしてくれることにマリーネは少し戸惑っていた。
「初めだから、ガイルにエスコートしてほしいの…ダメですか?」
「初めて…わかりました!姉上と僕の関係をお披露目しなければいけないですからね!」
言葉を鵜呑みにして甘えるのは良くないけれど、これくらいならとマリーネが甘えると、ガイルは嬉しそうに夜会の準備をするために自分の部屋へと向かった。
ふぅ。
一人残った部屋の中でマリーネは溜息をついた。
部屋には今日の為にと妹のアイルに選んでもらったドレスがかけられている。
これを着たら…私…
「姉上!準備は出来ましたか!」
こら!もう!お姉ちゃんだからって女子の部屋にいきなり入るなんて。
「ガイル、恥ずかしいわ…入る時はノックして…」
マリーネは大きく露出した胸を手で隠してガイルに言うと、ガイルはすぐに後ろを向いた。
「お…お着替え中でしたか…」
「違うの…ガイル…見て…」
マリーネに言われ、ガイルは振り向くがそのマリーネの格好を見て前のめりに倒れそうになる。
「大丈夫?ガイル!」
マリーネがガイルを支えようとすると、その豊満な胸がガイルの顔に押し当てられた。
「姉上!今日はもう…」
「ちょっと待ったー!」
妹のアイルがノックもせずに部屋に入ってくる。
流石双子といったところか、ガイルもアイルも同じ様な登場である。
「アイル…折角選んでもらったけれど、私には…」
「魅力は出すものです。幾らお姉様が魅力的でも良い物件は早いうちに無くなってしまうものです。ガイルなんて置いて早く準備してくださいませ!」
マリーネはアイルに押されていつのまにか一人で夜会へと向かっていた。
その心境はライオンの檻に入れられたウサギのようである。
結局、ジロジロと見られながらのマリーネは夜会に立っていた。
マリーネは心は震えるウサギだが、胸を大きく露出してお尻の形もハッキリと分かる真っ赤なドレスを着た姿は百戦錬磨の女豹である。
「初めて見るお顔ですね。」
はい、きました!
マリーネ、初の声かけ事案である。
「ええ。初めての夜会ですの。色々とお教えていただけたら嬉しいですわ。」
マリーネは冷静に答るが、頭はパニックを起こしている。
「またまた。初めての夜会らしからぬ堂々としていらっしゃる。」
「でしたら、以前にお会いした筈ですわ。」
男と目が合い、マリーネはニコリと笑った。
引きこもりマリーネはこの方、男性ならいざ知らず女性まで家族以外は殆ど関わったことがない。
私…ちゃんと受け答えできてるわよね。
マリーネは疑心暗鬼のまま会話を楽しむ…というより何かの訓練をしているような気持ちだった。
「確かに。」
男性がフフッと笑う。
その姿を見て、マリーネも正解なのだと気を緩めて笑った。
「折角ですから、部屋でゆっくりと会話いたしませんか?」
「フフ…折角ですから、もう少し夜会の雰囲気を楽しみますわ。」
マリーネは笑顔の奥で気を引き締め直して、男の元を去っていった。
これが世に聞くお部屋に連れ去り、いけない事をするアレだ!
マリーネは今日の日の為にアイルから夜会に関するアレコレを教えてもらっていた。
アイルは歳は若いがお茶会などで話を仕入れているらしく、マリーネが時々声を出して驚くようなことも教えてくれた。
先生、これでいいのよね…
家にいるアイルを思いながらマリーネは歩いて自分の居場所を探していた。
「キャッ!」
マリーネは女性とぶつかり、女性の持っていた飲みものがマリーネのドレスにかかってしまった。
「申し訳ありません…お召し物が…」
相手の女性が申し訳なさそうに、ハンカチを取り出して拭う。
「こちらこそ申し訳ありません。わたくしは大丈夫ですが、貴女様のお召し物は大丈夫でしょうか?」
「ええ、こちらは何とも…」
「でしたら、わたくしも安心いたしました。わたくしめの不注意によりハンカチを汚してしまい、申し訳ありませんでした。」
マリーネは女性が汚れていないことを確認するとホッとした。
「姉上!」
ガイルの声がして、マリーネが振り返る。
「それでは連れのものが参りましたので、失礼致します。」
マリーネは女性に軽く会釈してその場を離れた。