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恋人たちの囁き声にも慣れた所で違う音にマリーネは耳を傾けていた。

少しずつ酷くなっていく咳の音に、マリーネはもしかしたらそのまま息が止まってしまうのではないかと、自分のことはさて置き、ハラハラしていた。

マリーネはその咳が聞こえてくる方へと恐る恐る歩みを進める。


「もし…大丈夫でしょうか?」


黒い影が背中を丸めて咳の度に蠢いている。

縮こまっている影はマリーネよりも小さく、あまり恐怖は感じなかった。

応えはなく、ゼーゼーとした息だけが聞こえる。


「とりあえずお座りになりませんか?」


マリーネは自身が座っていたベンチにその影の背中に手を当て誘導した。

ベンチに座り、背中をさすっているとゼーゼーと鳴る息の中に微かにゴロゴロという音が聞こえる。


「右と左どちらがゴロゴロしますか?」


マリーネが左右をそれぞれ触れると左を触った時に、首を縦に振ったのがわかった。


「それでは左を上にして寝てくださるかしら?」


マリーネは その人を横に寝かせると、左の背中を手の平全体で軽く叩いた。

すると、左の肺にあったゴロゴロとした音が喉のすぐ音が聞こえるようになる。

マリーネはハンカチを取り出して手渡し、その人は咳込みながらそのハンカチに痰を吐き出した。


「少しは楽になりましたか?」

「…はい。」


か細い少年のような声が聞こえて、マリーネは胸を撫で下ろした。


「人を呼んできますね。」


マリーネは安心して後は使用人にお任せしようとすると、腕を掴まれる。


「心細いのですか?少し落ち着いたら一緒に戻りましょうか。」


マリーネはなんだか弟を見ている気分になっていた。

それはガイルとアイルが風邪引いた時、心配で居ても立っても居られなくて少しでも楽にようにと調べて背中を叩いたことを思い出したからなのかもしれない。

けれど、自分がこう少しでも人の為になれることが嬉しかった。

お屋敷に戻れば邪魔者でしかないマリーネに戻ってしまう。

マリーネは少年が立てるようになるまで側に付き添っていた。

見送った少年は明るい所で見ると俯いていて顔はよく分からなかったが、キラキラと光る美しい髪をしていた。

肌も貴族らしく、陶器のように白く美しい。

マリーネは自分のくすんだ肌をさすりながら、一歩背後に後ずさりした。

まるで魔法が解けたように、邪魔者に戻ってしまった瞬間だった。


「マリーネ!」


名前を呼ばれたが、マリーネは振り返らない。

どうしようか考えて立ち止まっていたが、すぐに背中にその存在は立っていた。


「何故返事をしない?」


結婚前後のように冷たい声でシリウスは言う。


「わたくし、体調が悪いので先に失礼します。シリウス様はわたくしのことなどお気になさらずにパーティーを楽しんで下さいまし。」


マリーネは今にこやかな表情を浮かべる自信が無かった為、そのまま背中を向けて話し始めた。


「奇遇だな、私も体調が悪くなったのだ。夫婦揃ってお暇するとしよう。」


シリウスはそう言って、マリーネの腰に手を当て無理矢理外に連れ出した。

押されるように馬車に乗らされ、思い沈黙のまま馬車は進み始める。


「私と離れて何をしていた?」


シリウスが重い口を開く。


「…何も。」


マリーネは約束を破ってしまったことを謝れなかった。

邪魔者がいなくなって何が悪いという、ある種開き直りがあったのかもしれない。


「すまなかった。」


謝るのは自分の方だとマリーネは思う。

これからもずっとマリーネはシリウスを傷つけて続けて、それを見ないふりをし続け無ければならない。

誰かの妻になれるなんて過ぎた夢だったのだ。


「…この結婚は間違いでした。貴方にとっても、私にとっても。」


マリーネはシリウスの顔を見れないまま、窓の外に視線を外した。


「少なくとも私にとっては間違いだと思っていない。どうしたら許してくれる?」

「許すも何も…シリウス様は私に触れることも躊躇うほど生理的に受け付けないのでしょう?」


マリーネの目に涙が浮かぶ。

今まで肌の色のことを含めて色んなことを諦めてきた。

きっと、この結婚もその一つなのだ。

マリーネは痩せて変わった。

人生や運命、色んなことを変えた。

それでも抗えないのこともある。

マリーネの容姿が生理的に受け付けないことも、どう努力してもしょうがないことなのだ。

シリウスがマリーネに触れることができなければ、子を設けることもできない。

この政略結婚は失敗だったのだ。


「それは…君は…異性に触られることに嫌悪感はないのか?」


この世に及んでもまだシリウスはマリーネをフシダラだと思っているのだろうか、今まで少しずつ仲良くなれたと思っていたあの日々はなんだったんだろうか、そんな考えがマリーネの中を巡る。


「私はっ…シリウス様ならば…どれだけ触れても構わないと思っています!」


マリーネは涙を溜めた目でシリウスを睨みつける。

シリウスはまたいつものように頭を抱えこんだ。

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