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次の日、早速屋敷に呼んだオーダーメイドの服屋に身体の隅々までサイズを測られたマリーネはその後暇を持て余していた。
デザイン等はシリウスが打ち合わせすると、ドレスを着る本人のマリーネは何故か部屋を追い出されてしまった。
そういうのはマリーネも疎く、当主としてのチェックも必要なのでシリウスが主になって良いのだが、部屋を追い出されたマリーネは関わらせたくないほど信頼はされていないのかと少し落ち込んでいた。
後の外商を呼んだ宝石選びもマリーネは必要ないらしい。
ちょっぴり悲しいのは、昨日嬉しいことがあり過ぎたからかしら?
シリウスから庭でのんびり昨日のお土産のお菓子を摘みながら、マリーネはお茶をする。
贅沢過ぎるわよね。
マリーネは空を眺めながら、何かに気づいたようにハッとする。
なんてこと!弛んでいるわ!
いくら娼婦の様な見た目だからと言って、前の肉団子のようなマリーネよりはマシなはずである。
マリーネはお茶は程々に運動するために庭を歩くことにした。
あら、カサブランカが綺麗ね。
マリーネは鼻を近づけて香りを楽しむ。
誰に会うか分からないため、庭にさえほとんど出なかったマリーネには考えられなかったことである。
幸せ過ぎるのだわ。
あの日、部屋の中で変わりたいと泣いた時のことをマリーネは思い出す。
あの日から自分の容姿も、周りの環境も丸っ切り変わってしまった。
他人のシリウスから罵られるのはとっても辛いことだったが、今となってはほとんどないし、それどころか妙に優しいし、外に連れ出してくれたりドレスや宝石なども買って貰えている。
マリーネは自分の欲深さに身震いをした。
だめね!本当にだめ!
対してマリーネは妻として何もできていない。
忙しい夫を癒し、後継を生み、屋敷のことを一手に引き受け、時に集まりでは夫に付き従い、外交の手助けをする。
マリーネは何一つできそうにない。
見た目で不快にし、閨の相手すらできていない、そして屋敷では使用人たちに嫌われ、そんなマリーネを外に出せば恥を曝け出すだけである。
どうしましょう?
マリーネの心臓がバクバクと動き出す。
このままだと直ぐに追い出されてしまうわ。
そんなことを考えているマリーネの前に、ちょうど打ち合わせの終わったシリウスが表れる。
「待たせたな。デザイナーとあれこれ話してやっと終わったんだ。せっかくだから一緒にお茶しよう。」
「はい。」
神妙な顔をしたままマリーネはシリウスのお茶を入れ始めた。
癒し?癒しってそもそも何かしら?
マリーネはシリウスの顔を見つめてニッコリと笑う。
「お疲れ様でした。」
マリーネがシリウスに紅茶とお菓子の乗った皿を出した。
「ありがとう。」
そう言ってシリウスが柔らかく微笑む姿をマリーネはジッと見ていた。
「マリーネ?」
その視線に気づいたシリウスがマリーネにたずねる。
「デザイナーとの話はいかがでしたか?」
マリーネは咄嗟に話を逸らした。
「うむ。自信はある。だから楽しみにしててくれ。」
シリウスがマリーネに向かってそう微笑むと、マリーネは胸がドキッと大きく拍動した。
邪魔者扱いされたとも思ったが、シリウスがマリーネに似合うドレスを考えてくれたのだと思うと嬉しさも感じる。
私ばかりが嬉しくて、私ばかりが癒されているのですけれど…大丈夫なのかしら。
「とても楽しみですわ。わたくしにできることがあれば、言ってください。」
マリーネは軽く探りを入れて、シリウスの様子を見る。
「特に何もないが…クローゼットの管理は私がしよう。それが一番確実だ。」
「それは流石に…私がすべきことです。」
主人自らが奥方のクローゼットを管理するなど、聞いたことがない。
それは使用人、ひいては妻でありクローゼットの持ち主である、マリーネがすべきことだ。
それを主人がするなんて考えられない。
「使用人が命令を聞かないのは主人の責任だ。気にすることはない。」
さも当たり前のようにシリウスは言うが、マリーネは落ち着かない。
私の意味は?
「そうだな、君は…私の選んだドレスを着て、私の選んだ宝石を身につけて、この屋敷で堂々としていればいい。」
不安そうな表情のマリーネを察してか、シリウスが続けて言った。
「それではまるで悪女ではないですか!?」
マリーネは立ち上がって抗議する。
「ふっはは…自分で言うのか?」
シリウスが笑う。
それはマリーネが見た初めての笑顔のような気がする。
でも、嘲笑うのが初めての笑顔だなんて…
マリーネは少しムッとした表情でシリウスを見ていた。
「私がここに居る意味なんてないのでしょうか?」
どうせ、誰からも望まれない妻なのだ。
そう言うと己の不甲斐なさを思い出して下を向いた。
「少しずつ探していけばいい。例えば、私の腕を取って庭を散歩するとか?」
「そんな事だけでいいのかしら?」
「夫と仲良くなることが妻の一番の仕事と思わないか?」
「確かにそれもそうですわ!」
マリーネは差し出された腕に自分の腕を絡みつかせた。
「…やっぱり辞めておこう。」
シリウスが言い出したことだというのにスルリと腕を外され、マリーネは自信を喪失してしまう。
「…やっぱり、お嫌いなのですね?」
マリーネは奥歯を噛み締めてプルプルと震えている。
その目は今にも涙をこぼしそうになっていた。
「違うんだ!人には向き不向きがあってだな!…私はこうしたい。」
シリウスはマリーネの手の平を取って、指を絡ませた。
マリーネは顔を隠すように急に下を向き、また違った意味でプルプルと震える。
「…恥ずかしいけれど頑張りますわ。」
マリーネにとって初めて男女交際じみた触れ合いに、頭がいっぱいになりながらも精一杯それらしい言葉を並べる。
しかし、シリウスはそれも分かって誰よりも嬉しそうな顔をしていたが、肝心のマリーネはその顔は見ることはできなかった。




