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「むむ。確か、お見合いの時は赤いドレスだったな。合わせてルビーにするか…しかしエメラルドも合うな…」
シリウスが大粒の宝石類を目の前にブツブツと何かを言いながら、考え込んでいた。
目の前に置かれている宝飾品はどう見ても気軽に買うものでは無いことぐらいはマリーネにも分かる。
しかし、真剣に悩んでいるシリウスを頭ごなしに何も要らないと言うのはなんだか言いづらい。
高級品の並ぶその場をマリーネは静かに離れて、普段使いしても大丈夫そうな商品が並ぶ売り場を眺めた。
そして、一つの商品を手に取る。
それは青いガラスが透明なガラスに包まれた、瑞々しいような、宝石とはまた違った輝きを放つイヤリングだった。
本物の雫みたい。
手に取ると揺れるイヤリングにマリーネは釘付けになっていた。
「欲しいものでもあったのか?」
そんな最中にシリウスに声をかけられ、マリーネは驚いてピクリと肩を震わせた。
欲しいと言えば欲しい。
普段なら言えないのだが、シリウスの目の前にある宝石よりも良いだろうと、マリーネは口を開いた。
「これが…良いです。」
「ん?ガラスだろう?もっと良いものを…」
物足りなさそうな顔のシリウスを説得するためにマリーネは必死に理由を考える。
「しかし、シリウス様の瞳の色とお揃いです…」
それは苦し紛れに、思い付きの言い訳だった。
シリウスは言葉を失い、手で顔を覆う。
絶望したようなその動作にマリーネは心配したシリウスの様子を見ていた。
「…今日はそれにしよう。しかし、明日は外商に来てもらってドレスに合わせて買う。」
「はい!」
全く躱してはいないのだが、今日を凌げたことにマリーネは安心して元気に返事をした。
「お茶をして帰ろう。」
「お茶ですか!?」
マリーネの目がパッと輝き出す。
シリウスはまるで保護者のように優しく微笑み、マリーネを見つめていた。
落ち着いたサロンには同じく紳士と淑女がゆったりとお茶をしていて、マリーネは沢山の人がいる中で緊張すると期待で胸が高鳴っていた。
「初めて、か?」
「もちろん、初めてです。今日あったことは全て初めてです。」
思わず多弁になったマリーネは少し恥ずかしげに顔を逸らした。
「なら良かった。」
「…私も良かったです。」
マリーネはぽつりと呟く。
最近のシリウスはよく微笑む。
マリーネは怒ったり苛ついたりしていたシリウスの顔も見れなかったが、微笑んだ顔も恐れ多くてあまり見れずにいた。
互いに飲み物を注文すると、ウェイターが今日のケーキをいくつも乗せた皿をマリーネに見せる。
皿の上のケーキはどれも美味しそうでマリーネは迷ってしまう。
「迷うなら全部頼めばいい。」
「食べきれないので、それは大丈夫です。」
「では私の分と二つ頼んで分ければいい。私はこのチョコレートのものがいいな。」
「私はフランボワーズのケーキを。」
シリウスが頼むと、便乗してマリーネも頼んだ。
店員が「かしこまりました」とその場を離れる。
「残りはまた出かけた時にだな。」
シリウスの言葉にマリーネは嬉しくもくすぐったい気持ちになった。
また、一緒にお出かけしてもらえるのかしら。
「でも、あの…私はお分けしなくても大丈夫です。そんな意地汚いことを公共の場で…」
「ここは人目はあるが各々が楽しむ場だ。そこまでかしこまらなくていい。」
人目を気にしてソワソワとするマリーネとは対照的にシリウスは大人で落ち着いていた。
マリーネは深呼吸して自分を落ち着かせる。
そして、フッと笑った。
「まだ緊張するか?」
「シリウス様のお言葉で少し目が覚めました。シリウス様と二人で楽しむのだと思うと大丈夫です。」
気遣うシリウスにマリーネがそう言うと、シリウスはまた頭を抱えて何かを悩み始めた。
「…過ぎだ。」
「どうかなさいましたか?」
マリーネが前かがみになってシリウスの顔色を伺うと、マリーネの胸がテーブルに乗り、余計に強調されている。
その姿を見て、シリウスはまた悩ましげに頭を抱えた。
「…君は買い物よりもお菓子の方が好きなのか?」
話を逸らすためにシリウスがマリーネにたずねる。
「洋服は…あまり似合わないので…」
「いや、それはない。むしろ似合いすぎているのだ。君と買い物をして改めて大変さをわかったと言うか…」
マリーネを持ってすれば貞淑な修道服さえもふしだらな装いにかえてしまうほど、色香が溢れていた。
豊満な身体、そして悩ましげに垂れた目と潤んだ瞳、中でもぽってりとした唇は食べ物を食べる為の器官であると言うのに、男達は何処と無くいやらしいものを想像してしまう。
それはどんな服でも隠すことはできない。
シリウスはそのことを改めて理解し、マリーネに対して同情する気持ちが湧いていた。
「もっとシリウス様の好みのお顔だったなら、よかったのですけど…」
「中身が好ましいと外見など気にならなくなるものだ。」
マリーネはその言葉に目をぱちくりすると、微笑む。
不快にすることは無くなったのだろうか。
夫人としては不適格かも知れないが、側にいても人として少しは認められた様な嬉しさがマリーネの胸から溢れてくる。
その後、出されたケーキはいつもよりも美味しく感じられた。




