異邦鳥__3
「疲れた……」
ため息まじりの言葉がこぼれた。
結局質問攻めは一日中続いたのだ。途中お昼御飯や休憩も挟んだけど、正直めっちゃ疲れた。
この世界の人たちは体力があるのか、長時間同じことを続けるのが得意な気がする。ヤルンさんも暇な日に五時間くらいぶっ続けで刺繍してたし。
それでも半日質問攻めし続けるとか、正気の沙汰じゃないよ。もうフクロウは悪魔にしか見えない。
「悪かったな」
ヴィクさんがパンをちぎりながらおざなりに謝った。
「でもようやく、お前が異世界人だって信じる気になったぜ」
そう言ってからパンを口に運ぶ。
返事をする気力もなく、私はサラダをつついた。
サンチュみたいな葉のサラダだ。私のお気に入りメニュー。
無心でサラダをむさぼる私を見て、バルナートさんが笑う。
「ヴィク、ずいぶん嫌われたね」
「流石にやりすぎたか……」
ヴィクさんは頭を掻いてから大あくびをした。
そういえばこいつ、私が命令に従ってアラビア数字や漢数字を書いてる間もウトウトしてやがったな。
ふつふつと怒りの感情がよみがえる。
「もう昼だからね。寝なくて平気かい?」
「夜軽く寝たし、この後帰る間にまた寝るから大丈夫だ」
……? 徹夜でもしてたのか?
私が首をひねっているのに気付いて、バルナートさんが「そういえば」と説明した。
「コトハには教えてなかったね。ヴィクはノーグディアなんだよ」
「のーぐでぃあ?」
「昼間に寝て、夜活動する種族のことだよ」
なるほど、夜行性ってことか。確かにフクロウって夜行性っぽいよね。
そんなことを思ってヴィクさんを見たら目が合った。
「はぁー、異世界の話、まだ色々聞きたかったんだがな」
うげっ。勘弁して。
「もし良かったら、しばらく泊まっていくかい?」
「いいのか?」
バルナートさんの提案に、ヴィクさんは目を輝かせた。
私とヤルンさんは目を見開いている。
「何泊でもするといい。その代わり……二つ、お願いしたい」
バルナートさんは指を二本立てた。
「自分の身の回りのことは、できる限り自分で済ませること。食事の用意とかね」
「おう。分かった」
ヴィクさんは食いぎみに頷く。
「それと、夜の間コトハの面倒を見て欲しい」
「えっ?」
思わず声をあげた。
「夜、子どもを一人にさせておくのは心配でね」
バルナートさんは私に微笑みかける。それからまたヴィクさんの方を向いた。
「この子はまだトラヴィス語も完璧じゃないし、歴史とか文化とか、僕よりヴィクの方が詳しいだろう?そういうのを教えてあげて欲しいんだ」
「家庭教師ってことか……教師なんてガラじゃねぇけど」
ヴィクさんが頭を掻く。
「難しく考えなくていい。この子から異世界の話を聞く代わりに、君もこの世界のことを話せばいいんだよ」
「まあ、そういうことなら……」
夜の間一人だし、寒いし、ずっとお裁縫してると飽きるけど、二人は本当に良い人たちで、不満なんて感じてなかった。最近は新しくレース編みも教えてもらったんだ。
でも誰か一緒の方が安心してもらえるなら、受け入れよう。バルナートさんが心配しなくてすむように。
ヴィクさんはちょっと人格に問題がある気がするけど。
いや、バルナートさんの知人なんだから、実はそんなに悪い人じゃないのかも。
今日だって……
……
…………駄目だ。全然良い人とは思えない。めっちゃ尋問された記憶しかない。
「あれ……ヴィクさんが泊まってる間、毎晩、今日みたいになる、ということ?」
ヴィクさんがニィ、と笑った。
「よろしくな」
こ、この悪魔め。
「私からも、一つ条件が」
それまで黙々と食事を摂っていたヤルンさんがすっと挙手した。
「この家にいる間、お酒は一滴も飲まないでください」
「そんな殺生な!」
ヴィクさんは悲鳴に近い声をあげた。
「それが守れないなら、私は貴方の滞在に断固として反対します」
「せめて一日一杯だけでも」
「駄目です」
食い下がるヴィクさんに毅然とした態度のヤルンさん。
「日々の癒しなんです! どうか、どうか!」
ヴィクさんが段々情けない感じになってきた。
どんだけお酒好きなんだ。
バルナートさんが堪えかねたように笑いを漏らす。
「くくっ……ヴィク、覚えてないのかい?」
「はぁ? 何を?」
「君、昨晩、酔っ払ってヤルンに抱き付いたんだよ」
「なんだと!」
思わず私は日本語で叫んだ。
ヴィクさんは心なしか顔が青くなった。
「……マジか」
「マジだよ」
「いや、何て言うか、その、すまなかった」
ヴィクさんが頭を掻いて恐る恐る謝罪するも、ヤルンさんはツンとしたままだ。
「申し訳ないと思うのなら、お酒は止めていただけますね?」
「……どうしてもダメか?」
「くどいですよ」
「はい……」
こうして、ヤルンさんがヴィクさんに冷たい理由が判明したのだった。
「これ以上うちの女性陣に嫌われないようにね」
「おう……」