落陽__3
廊下の突き当たりの扉を開けると、すぐ左に浴室がある。反対側はお手洗い。
簡素な作りで浴槽は無く、シャワー室という方が近い。大きな水瓶があって、そこから湯を桶で掬って浴びるのだ。焼け石を入れて温めている。
お夕飯の後にお風呂をいただいている。汗やら砂やらで汚れていたからありがたい。
お料理の時も思ったけど、衛生管理はしっかりしてるみたいだ。おうち帰って最初にすることが手洗いうがいだしね。
病気の心配はしなくてよさそう。
「ん? これは……」
小さいウォールシェルフがあって、そこに白い粉状のものが入っていた。石鹸かな。
試しに少し手にとって泡立ててみる。
「おぉ…」
みるみるうちに泡は大きくなっていく。楽しいな、これ。
子供心を思い出してどんどん泡立てていく。
ミントに近い爽やかな匂いだ。両手も少しスースーする。お父さんが使ってたシャンプーを思い出すなぁ。自分のシャンプーきらした時、たまに拝借してたけど、あれもかなりスースーしてて……
というより、何か……ヒリヒリしてきた。
慌てて洗い流した。
掃除用の洗剤だったのかもしれない。
手のひらがちょっと赤くなっていた。
タオルや服はお姉さんが用意してくれていた。寝巻きらしく、簡素な作りで着替えには手間取らず済んだ。浴衣の帯が無いバージョン、といったところか。帯の代わりに紐で留める箇所がある。
流石に、肌触りは日本製の物に負けるが、白地にピンクの小花柄で、とても可愛らしい。
ただし、大きな問題が一つあった。
下着が無い。
何度確認しても無い。
この世界ではノーパンがデフォルトなのか?
いつまでも裸ではいられないので、一応素肌の上から寝巻きを着てはみたが、何とも心もとない。
私が今まで着ていた洋服は洗濯物用の籠の中だ。
履こうと思えば、履けるが……いやしかし、結構汗かいたし、二日連続って、女子としてどうなの?
いやノーパンの方が女子としては問題か?
ぐるぐると熟考した結果、私は決断した。
郷に入りては郷に従え、だ。
翌日、ヤルンさんがとても申し訳なさそうに差し出したものがある。
ふんどしだった。
窓の外はまだほのかに明るい。
ずいぶん長い夕焼けだな。
「コトハ」
「はい……」
今はダイニングのテーブルでこっちの言語を教わっている。バルナートさんは思いの外スパルタだった。よそ見なんて厳禁である。
最初にバルナートさんがテーブルや本など、身近な物の名前を指差しながら声に出した。私は全部復唱して覚えようと努めた。
その次に、バルナートさんはさっき読み上げた物を黙って指差した。
テストである。
「えーっと……テーブルは……ダケット?」
「フー、ダイェーン」
彼は首を横に振る。ちなみに「フー」というのは否定の時に使う言葉だ。
それから彼は椅子を指差して、
「ダケット」
と言った。
椅子がダケットだったか。テーブルはダイェーン……
この部屋にあるものを全て完璧に答えられるようになるまでこれが繰り返された。その頃には外は真っ暗だった。
正直それだけで、もうヘトヘトだったのだけど、バルナートさんは笑顔で、チョークと片手で持てるサイズの黒板を持ってきた。
さっき教えて貰った単語を声に出しながら、黒板に書きつけていく。どうやら文字も叩き込むつもりらしい。
あぁ、星が煌めき始めたなぁ。
「コトハ」
「ヤー……」