落陽
今回のサブタイトルも引き続き太宰です。
『斜陽』。没落する華族のお話らしいです。残念ながら作者は読んだことがありません。
狼達が全滅したところで、騒ぎを聞き付けたのか、黒い着物で身を包んだ犬男がやって来た。頭部はドーベルマン風で、帯刀していた。紋章のついた首輪をしていて、大柄な狼男や鳥よりも更に頭一つ大きい。
三人は親しげに話をした後、犬だけ置いて歩き出した。私は鳥に手を引かれたので素直に着いていった。助けてくれたこの人(?)たちなら大丈夫だろう。
最後に振り返ると、犬は狼達の手に縄を掛けていた。リアル犬のお巡りさんだ。
しばらく人気のない道を進むと、商店街のような場所に出た。そこは打って変わって半獣が溢れていた。犬や鳥だけではない。ネコ科の動物や爬虫類もいた。見たことのない生き物も人のように二足歩行していた。誰もが大柄だ。純粋なヒトは珍しいらしく、全体の一割くらいだろうか。
様々な声が飛び交う。店の全ては石造りで乾いた色をしている。突き出した庇の下、小さいメロンや鮮やかな緑の大きな葉、足の太いダチョウのような鳥、謎の干物など、見たことも無い食べ物(推定)が並んでいる。おや、あそこにあるのはトマトだろうか。
そんな中を、地球と同じように主婦らしき面々が篭をもって買い物をしていた。
鳥の細い指をしっかりと握り、人混みの中へ入っていった。
二人はこの付近では有名らしく、色々な人や動物達に声をかけられていた。その度に私を紹介していたので、会釈をしておいた。この世界での挨拶として正しいのかは分からないけど、怒られなかったし、私の頭を撫でていく人もいたから大丈夫だと思う。
私はもう十六なんだけど、半獣達と比べて背が低く、細っこいため、完全に子供と思われているようだ。周りを見れば、他の子供達も頭を撫でられている。女子高生の中ではでかい方なんだけどな。
それから鳥達は、野菜やパン、小さいお椀などを買って商店街を抜けた。荷物は鳥とお姉さんで半分くらいずつ。私は食器を任された。お皿は粘土を焼いたものらしい。こまごましたものばかりだ。軽い。
籠の中を覗くと、銀製のスプーンと平べったいバターナイフみたいなもの、そしてお皿が何枚か。いずれも子供用で、二人が使うには小さすぎる。
それはつまり、私が使う用、ということで、いいのだよね。
ちょっと嬉しいような、この世界に居場所を認められたような、そんな気がする。
道なりに進むと、人波は引いていき、随分歩きやすくなった。先には小高い丘が。乾燥した黄土色の登り坂の先に白壁の家が見えた。小豆色の塀に囲われ、ちらりと緑が覗いている。
鳥がその建物を指差し、私の顔を覗き込んで何か言った。あれが家だよ、とかだろうか。
……いや、遠くないッスか。
しばらく奮闘したものの、結局お姉さんに抱きかかえられている。買った物を腕に持った状態でお姫様抱っこだ。恥ずかしさや申し訳無さやらで顔が赤い。ああ、それに肌が汗や砂埃でべたついている。臭くないだろうか。
でも脚はずっしりと重く、もう一歩も歩けないと鈍痛が主張していた。
長い坂道の終点にようやく塀の門扉を越えた。太陽はかなり傾いてきた。紫の空に星が見え始める。
庭に入ったところで優しく降ろされた。
「あ、えっと……ありがとう」
通じないだろうけど、一応。感謝の気持ちが少しでも伝わるように。
お姉さんは、汲み取ってくれたのか、柔らかく微笑んで頭を撫でてくれた。
足が少し軽くなった。
庭は広く、畑として機能しているようだ。カボチャっぽいものがなっていたり、灌木に赤紫のトゲトゲしい実が連なっていたり。固そうな地面だけど、頑張って耕した跡がある。
畑を二つに分断する真っ直ぐな道を進めば、小豆色の屋根の瀟洒な館にたどり着く。
この世界では初めて見る木造建築だ。窓の配置からして二階建てだが、かなり高い。
脇には背の高い木が鮮やかな緑の葉をふんだんに繁らせているが、木自体も、こっちでは初見だった。
家に入る前に町を見下ろした。風景は茜色に染められている。
深い影を落とす四角い家々。切り抜いただけの窓の奥で、ろうそくの暖かい光がゆらめいている。
町の外周にはこの庭のような、しかし比べ物にならないほど広大な畑と、家畜を囲む柵がある。さっき見た大根足のダチョウや牛とカバを混ぜたような生き物、大きな犬、鶏。見たことのあるものも、ないものもある。
更にその外側には乾燥した土地に、群生する草。頼りないほど細い木が点々と立っている。
町の中では多くの住民達が各々に帰路につき、商店街も店じまいだ。
そしてその奥、わずかに水面が見えた。赤やオレンジが幻想的に煌めいて、夕空と混ざり合っている。湖だろうか。
日本とは違う景色。
いや、地球とも違う世界。
それは、とても綺麗だった。