表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夢幻旅行  作者: るい
第一章
1/24

走れ少女

サブタイトルは毎回なにがしかのオマージュを使おうと企んでいますが、既に心が折れそうです。

今回は太宰治の『走れメロス』から。

宿代のカタに友人を残し、太宰本人はのんきに井伏氏と将棋を打っていたという逸話が有名ですね。

太宰は作品だけじゃなく人柄というか、生き様も有名ですよね。


よろしくお願いします。

ずっと昔の話になるが、夢の中を全速力で走っていた事がある。

何かから逃げる夢はよく見る。が、その時は追われていた訳でも無い。ただただ走っていた。

喉は焼けつくように痛んだが、不思議と体は軽く、何処までも走っていけるような気さえした。

風を切る音が爽快で、いつまでも止まらなければ良いと思った。


だが、現実世界ではそうもいかぬ。



拝啓、お父さん、お母さん。

私は今、異世界で狼男達に追いかけられています。

ええ。意味が分からないでしょう。私もです。

しかし残念ながら私の頭は正常の様です。

足は千切れそうで身体は鉛のように重く、灼熱の夕陽に当てられ汗が止まりません。

これが夢ならあの時の様に体を動かせる筈なのですが。嗚呼、これが夢ならばどんなに良かったでしょう。

呼吸もままならず、意識が朦朧としてきました。



私はいつも通りふらりと散歩に出掛けただけだった。まだ知らない場所を目指し、足の向くまま、気の向くまま。そして野良猫専用かと見紛うような細い道をどうにか通り抜けた時だった。

穏やかな昼下がりの空が急にオレンジ色に変わった。建物や地面が乾いた土色をしている。

おや、と思った時には時既に遅し。足元がなんだか柔らかい。バランスを崩し、顔から地面に突っ込んだ。


「いたた……」


顔を上げれば、半人半獣の化け物が私を囲むように座っていた。いや、正確には車座になっていた狼人間達の真ん中に私が飛び込んだのだ。

私も狼たちも訳が分からず、不気味な程よそよそしい沈黙が場を包んだ。


狼男達は全身が毛で覆われており、背丈は二メートル程。分厚い筋肉がついていた。頭部は完全に狼のそれで、獰猛な双眸が驚きを孕んで私を見詰めていた。

狼達は着物のような物を身にまとっていた。しかし高価な着物では無い。布地は薄く、汚れていて、使い古されている事が窺えた。彼らは懐手をしていたり、煙管から紫煙を吹いていたり、古傷があったり、とても雅とは言えぬ風貌だった。風来坊や浪人と表すればしっくりくるだろうか。


突如背後から咆哮が上がった。

ぎょっとして振り向けば、一際ガタイの良い狼が深い青色の毛を逆立たせ、怒りの雄叫びを上げていた。

太ももには不自然に毛並みが凹んでいる部分がある。先程私が踏んでしまったのだろう。そいつをきっかけに、他の狼たちも私を敵認定したらしい。目を覚ましたように狼たちが動き出した。

ひくひくと私の頬が痙攣した。

ここにいたら命が危ない、そう警鐘をならす本能に従い、狼の輪の中から飛び出した。



そして、捕まったら即死のデスレースが始まった。いや、捕まらなくとも死ぬ。走り過ぎて死ぬ。

文字通り私は必死で遁走し、到頭脳内で両親への手紙をしたためるまでに至ったのだ。


ちくしょう、こんな所で死んでたまるか。


左に曲がり脇道に入った。真っ直ぐ走っていてもすぐ追い付かれる。かれこれ三回は角を利用して撒こうとしているが、全くの効果なし。一つ一つのブロックが大きく、曲がり角が少ないのだ。狼達が入れないような細い道を探すが、見つからなかった。

明らかに日本とは違う街並みだ。ニュースで見る中東の地域に似ている。

次の十字路が見えてきた。無我夢中で右の道へ飛び込む。

そして、それをひどく後悔した。


目の前に茶色の壁が現れた。

どうにか避けようと強引に体を捻る。かなり無茶苦茶な体勢になってしまった。

為す術なく、近付く地面に目を瞑った時、ぼふっと何かに受け止められた。

混乱しつつ瞼を上げれば、視線の先には夕空を背景に鳥がいる。

更に混乱しつつ、鳥を頭から足元まで目線だけ動かして観察すると、狼達と同じように、首から下は人の体に近いらしかった。彼も背が高い。

同じく着物だったが、上品な赤をベースに、金糸で美しい模様が広がっている。肩から先は暗い茶色の翼が解放されていて、私はその翼で抱きかかえられている。翼の先端には人の手から小指だけ省略したような、四本の指が顔を出していた。


鳥は琥珀色の瞳でちらりとこちらを見遣ると、狼男達に向き合う。それから黄色い嘴を動かして何やら鳴いた。人の言語とは、はっきりと違っていたが、普通の鳥の鳴き声とも違う。ある種のリズムを含んだ、言語らしきもの。

対して狼人間の集団は息を上げながらも、鳥を威嚇するように唸ったり、吠えたり、言葉とおぼしき音を発していたり。先程の群青色の狼をはじめ、皆、毛が逆立っている。

鳥は私にも何やら声をかけたが、何を言っているのかさっぱりだ。困ったように見つめ返すしかできない。

鳥はしばらく私を観察し、考え込んだのち、狼たちとまた話し始めた。


私は荒い息を潜めながら、彼らのやりとりを見守っていた。何を言っているかは分からないが、この鳥人間に私の命運はかかっている、多分。走った汗と緊張の汗でベタベタだ。

二、三言交わした後に、鳥人間が私の頭上に話し掛けた。不思議に思って首を捻ると、なんという事だろう、人間がいた!

大柄な人だったが、狼でも鳥でもない。百パーセント、完璧に完全に圧倒的に、ホモ・サピエンス!

しかもアジア系の女性。さっぱり切られた黒髪に、黄色っぽい肌。深緑の着物がよく似合う。


大人しくなりかけていた心臓がまた高鳴る。海外で事件に巻き込まれたところを日本人に出会ったとしよう。私は今それ以上の興奮を、安心を感じていると断言できる。

彼女は少し困ったような顔で鳥と何か会話をしていたが、私の拝むような視線に気付くと、バツが悪そうに頬を掻いた。

最後に一言こぼすと、彼女は狼達の方へ歩み寄った。何をするつもりかと思えば、空手だか柔道だかの構えをとった。

狼達が嘲笑するかのように声を上げる。正直私も不安しかない。相手は複数だし、いかにも屈強そうな、ガラの悪い狼だ。


が、その声はあっという間に悲鳴に変わっていった。


彼女の戦いは舞のようだった。無駄の無い、美しい動き。気張っていないのに、一撃一撃が的確で致命的な威力であった。

拳を突き出されたら、半歩下がってかわし、勢いを利用する形で投げる。投げた先には他の狼がいて、被害が拡大していた。そんな調子で、ちょっかいを出した者から叩きのめされる。

早いうちにリーダー格が倒されると、狼達は茫然とし、遅れて焦り始めた。尻尾を巻いて逃げ出す奴もいれば、懐から得物を出す輩もいた。私は肝が冷えたが、彼女も鳥人間も至極冷静のままである。

彼女は臆せず、踊るように戦い続けた。

不思議な事に、彼女がすっと手首を叩くと、狼達は面白いくらいあっさり、武器を取り落とす。そうやって落とした刃物やこん棒のような物を彼女が拾うから、むしろ彼女に有利だった。


呆然とその光景を眺めていたが、突然背後で怒鳴り声が聞こえた。

咄嗟に振り返れば、ナイフを鳥人間のうなじに向ける狼がいた。まだ子供なのか、身長は私と同じくらいだ。数少ない生き残りが下卑た笑いを発した。


が、刃を向けられた当の本人は私の肩に手を置いたまま平然として振り向きもしない。

ちら、と彼女の様子を窺うと、一度動きを止めていたが、気にせず戦闘を再開した。

私だけがおろおろとするだけで、後ろにいる小柄な狼も想定外だったのだろう、戸惑いながらまた叫んだ。鳥は、やれやれとでも言いたげに首を振ると、私から手を離して両手を上げ、降参だと態度で示すようにゆっくりと後ろの狼へ体を向けた。小さい狼は余裕を取り戻した笑みを浮かべ、おそらくお姉さんを止めろみたいなことを吠えた。


鳥の人は目を細めて笑うと、次の瞬間には仔狼は宙に舞っていた。

彼に殴られたのだ。


最初は、突風で狼が吹き飛んだようにしか見えなかった。ゴッという武骨な音と、鳥の姿勢から殴ったのだと推測できただけで、何が起きたのかしばらく理解できなかった。まさに、瞬く間の出来事。

狼は大の字でのびている。鳥は力と速さで相手をねじ伏せるスタイルらしい。あなおそろし。というか貴方が戦えば良かったんじゃ。

鳥は何もなかったかのように彼女の闘いを見物していた。


いよいよ私は、私の普段暮らす世界とは全く違う場所に来てしまったと痛感した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ