プロローグ
「じゃあ、母さん行ってくるよ」
「あいよ、気をつけるんだよ」
俺は家を出た。足下の瓦礫に足を取られて転ばないよう注意しながら走って行く。
「さて、今日はどの辺にいくか」
昨日はB地区辺りを探索したけど収穫はなかった。なら、今日は出来るだけ遠くまで行ってみよう。そうすれば、少しは何か残っているかもしれない。
「よし、行くか」
俺は一層気合いを入れて走り出した。
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この世界は一回滅んだ。言い伝えによると人間は神の逆鱗に触れてしまったと言われている。
遙か昔、人間は凄まじいテクノロジーを持っていた。それは人々を裕福にし、楽な生活を送るための物だった。しかし、その生活は大きな代償を払うこととなった。人間達は自分たちの発展のため自然という自然を破壊していった。環境保持の活動も行っていたがそれは地球が壊れるまでの時間をほんの少し延長するだけにしか他ならなかった。そして、人間は神の逆鱗に触れることになってしまった。突然の事だった。今まで人類が経験したことのない大きさの地震が発生したのだ。激しい地盤沈下や地割れが世界中で発生し建物は破壊されていった。人々は為す術もなくその状況を見ているしかなかった。多くの人々が建物の下敷きになり死に絶えていった。しかし、これで終わることはなかった。追い打ちをかけるように大津波が発生したのだ。この津波は世界の国々を飲み込んでいった。人々は逃げ惑うがもうこの地球には逃げ場所はない。人々は津波に巻き込まれ死に絶えていく。地震と津波により世界は大きく変化したのだ。何故か雨が降らず、異常な高温の快晴が続いた。海水が引いた土地は塩害により砂漠化し植物は全く育たない土地になった。動物たちは異状な気温と乾燥で死んでいった。こうなってしまってはもう人間が生きていける環境ではない。奇跡的に生き残った人々も少ずつ死に絶えていった。そして、一握りの人間達を残して神の逆鱗は収まった。それから人間達は必死に生きようとした。植物を育てるため試行錯誤をし、枯れてしまった水をどうすべきか考えた。その結果、ギリギリの状況だったが何とか生きていくことに成功した。そして、それから多くの時間が経過して人間は少しずつ増えていった。しかし、逆鱗前の生活に戻ることはなかった。
●
どの位移動しただろうか。全く見覚えのない場所なので、少なくともB地区は通り過ぎただろう。
「さて、探しますか」
周りを見渡す限り先客はいないみたいだ。もう探索済みで来る必要がないとかだと困るんだが…どうだろうか。
俺は今ロストテクノロジーを探している。言い伝えであった神の逆鱗?前の人間達の物だ。この世界ではもう役に立たないはずの物だが物好きが居るのだろう。そういう物を欲しがる人がいるのだ。その人にロストテクノロジー…長いな、ロステクでいいか。ロステクを渡すとお礼として物資をくれるのだ。物資の内容は主に食物だ。あと、お金。食物は先人の人達が頑張った結果から生まれたこの大半が砂漠の世界で育つ植物から獲れる実だ。決して美味とは言い難いが我が儘も言ってられない。あと、突然変異でもしたのか知らないが、時折現れる馬鹿でかい動物の肉が貰える。これは上手い。お金は先人達のものではなくクリスタルだ。何故か神の逆鱗後クリスタルが仰山獲れたらしい。それが今この世界の通貨になっている。基本的には食べ物が足りなくなったら買ったり日用品を買ったりしている。兎に角、生きるためにはロステクが必要なのだ。
近場の建物から探索していく。
「あぁ、やっぱり探索済みかな」
建物内はあちこち破壊されもう探索済みとなっていた。それでも何かある可能性があるので細かく見ていく。暫く探したがやはり何もない。仕方ないので建物から出る。
「ここ相当大きな街だったんだろうな」
巨大な建物が連なって建っている。今は多くが破壊され見る影もないがきっと立派な建物だったんだろう。よく分からないが。
「次行くか」
次々探索していく。ロステクはそんなに量はないが見つかった。俺にはそれがどういう物なのか全く分からない。とりあえず、バッグの中にしまっていく。
六つ目の建物に入ったところで外から物音が聞こえた。俺は物陰に急いで隠れた。俺と同じ探索者だったら良いんだが時々人攫いが現れる。人攫いは探索に来ている者を襲い攫うと奴隷として売られるらしい。詳しいことまでは分からないが兎に角捕まるとまずい。
「アレン、見えてるわよ」
「え?」
後ろから声が聞こえた。恐らく俺の思っている人物で間違いは無いと思うが慎重に物陰から除いた。てか、今隠れているところをよく見ると半分ガラスになっていて丸見えだった。慌て過ぎた…情けない。
「私じゃなかったら大変だったわよ」
「リナか、良かった」
俺は安心して物陰から出る。リナは家の近くに住んでいる女の子だ。性格は男勝りで正義感がとても強い性格をしている。俺は何度もこの性格に助けられている。こんな性格の割には見た目は大層綺麗な顔立ちをしている。そのせいでよく男が寄ってくるのだがリナはいつも
『邪魔よ、どいて』
と、はっきり言うものだから男は吃驚するのだ。小さい頃から一緒にいるので俺は何も思わないがこの差は本当に凄い。いつか姉さんと呼ぼうかと考えている。
「良かったじゃないわよ。なんで先に行くのよ。昨日、一緒に行くって約束したじゃない」
「え?あっ、忘れてた。ごめんごめん」
バシンッ
リナは思い切り頭を引っぱたいてきた。
「痛った」
「これで勘弁してあげるわ。そんなことより、何か収穫はあった?」
「そんなことって…ほら、こんなもんだよ」
叩かれたとこを擦りながらバッグの中を見せる。
「やっぱりここも外れかな」
「そうかもしれないね。てか、リナなんでここに居るって分かったの?」
「あんた道を真っ直ぐにしか行かないから分かるわ
よ」
「そりゃ迷子になったら戻れないからな」
ここの周辺はどこまで行っても光景は変わらない。だから、非常に迷子になりやすいのだ。一度迷子になると生きて帰れない可能性が高いから行動は慎重になる必要がある。
「でも、それじゃ価値のあるロストテクノロジーは手に入りにくいわよ」
「そう、それが問題なんだよ。多分この場所探索済みだよな」
「そうでしょうね。この辺りを探してるのなんて私達位でしょ。移動手段がある人はもっと遠くまで行ってるよ」
「はぁ…俺たちも移動手段が欲しいよ」
この世界にも移動手段はある。ロステクだ。ロステクの中には移動手段が眠っていることがある。それを見つけ出すことが出来ればもっと遠くまで行くことが可能になる。
「今すぐに手に入れるのは無理かもしれないけどいずれきっとクリスタルで買うことが出来るわよ」
「どんだけ先になるのか…」
クリスタルで買うことも可能なのだが如何せん高い。今の収入具合じゃ十年位かかるんじゃなかろうか。
「勿論、私も協力するからね」
リナは張り切っている。
「そうだな。今は自分の手の届く範囲で頑張ろうか」
「そうよ。今日はとりあえずここの取り残されたロストテクノロジーを探しましょ」
ひとまずは俺に出来ることをしよう。もしかしたら、不意な事から手には入るかもしれないからな。そう自分に言い聞かせロステク探索を再開した。
結局あの場所にはこれと言ってめぼしい物はなかった。無理もない。探索済みの場所に価値のある物があるわけがないのだから。
「はぁ…今日も大きな収穫は無しか…」
大きく溜め息を吐いた。
「仕方ないでしょ。私達が行ける範囲なんて高が知れてるんだから」
「そうだね…。本当に移動手段が欲しいよ」
移動手段が無くても遠くまで行こうと思えば行けるのだが、そうすると夜が非常にまずい。人攫いや動物が活発に動き始めるので危険になってくるのだ。そこまでして有るか無いか分からないものに命を賭けたくはない。
「とりあえず、今日の成果を渡しに行くか」
ロステクを買ってくれる店はこの街で一番賑わっている場所にある。そこは電気が通っているので夜でもそこは明るい。因みに、電気はロステクとして発掘された風力発電と太陽光発電で補っているらしい。先人達は凄い物を発明するものだ。
街の人達の声に耳を傾けながら目的の場所に向かう。そういう会話の中に良い情報があったりするのだ。因みに、リナは相変わらず男に話し掛けられるが無視している。
「もう嫌になるわ。こういう所を歩くといつも男に話し掛けられる」
リナは不機嫌そうな顔をしている。まぁ、その見た目なら仕方ないと思う。
「もう着くから我慢してくれ」
リナがこれ以上不機嫌になると俺にまでとばっちりが来る可能性がある。それは勘弁願いたい。俺は少しでも早く着くために歩みを速める。
リナの堪忍袋が限界を迎えると同時に目的地に着いた。ここは俺たちがいつも使っている店で名前は『歴買店』。まぁ、安直な店名である。
「よう、兄ちゃん達いつもお疲れさん」
暇そうな店の店主は手を振りながら話し掛けてきた。
「おっちゃん、いつも暇そうだよな」
「まぁ、確かに暇は暇だな。でも、こういう店でも需要があるもんだぞ」
歴買店は小型のロステクのみを取引している。大型のロステクを扱っている店と比べるとかなり暇だろう。だけど、この店もないと俺達みたいや奴が困る。
「姉ちゃんの方も元気そうだな」
おっちゃんは俺の後ろの方を見ていた。どうなっているのか想像はつくが取り敢えず見る。リナが話し掛けてきたであろう奴を投げ飛ばしていた。あの男も堪忍袋の限界を迎えたリナに話し掛けるなんて運がない。
「おい、リナ。そんな奴無視しろって」
「もう大丈夫よ。あの男でストレス解消したから」
リナは満足げな顔をしていた。毎度の事だが屈強な男を投げ飛ばすってとんでもないよな。
「今日の成果はどうだったの?」
「あぁ、そうだな。おっちゃん、ほれ」
「ん?」
バッグの中にあるロステクを並べる。おっちゃんは頭にかけていた眼鏡を下ろしてロステクを見始めた。五分くらい見てまた眼鏡を頭に戻した。
「今日は…」
おっちゃんは後ろに積んである物資を漁り始める。
「こんなもんだな」
袋に入れた物資を手渡してきた。中を覗くといつもと比べて多かった。
「おっちゃん、なんか今日多くね?」
「ちょっと珍しいもんがあったからな。それといつも来てくれるからサービスだ」
「おぉありがとう、おっちゃん」
「良いんだよ、また来てくれよ」
俺は回れ右をし帰り始めた。
「あっ、そうだ。兄ちゃん達」
店主は何かを思い出したか二人を呼び止めた。
「なんだよ、おっちゃん」
「お前達ってまだ移動手段は手に入れてないよな」
「え?まぁ、そうだけど」
「なら、いい話があるんだ」
おっちゃんは少し小声で話し始めた。
「実は俺の飲み仲間からの情報なんだが、C地区を少し行った所に半壊している工場があるらしいんだがそこの地下に綺麗な状態のバイクがあるらしいんだ」
「マジで?」
「俺の仲間だ、信用にたる話だ」
おっちゃんの仲間か…大丈夫なのか。
「もし、本当だとしてなんで仲間さんはそのバイクを回収しないんだ?」
「そいつはもうすでに移動手段を持っていてな二台目はいらないらしい」
「回収して売ればいいのに」
移動手段はかなり高く売れる。なので、すでに保持している人は売ってしまう。
「お前達みたいな奴に使って欲しいんだとさ。あいつは心底お人好しだよ」
「まだちょっと信じられないけど明日でも行ってみるわ」
「おう、もし本当だったら今度酒でも奢ってくれや」
「本当にあるかわからないけどあると良いね、アレン」
「そうだな。もしあったらもっと色々な場所に行けるな」
あの街から離れると灯が無くなる。しかし、月の明かりは明るく道を照らしてくれる。
あの後、俺達はおっちゃんにお礼を言い物資を二つに分けて家路についた。
「明日行ってみような」
「そうね」
もし、本当にバイクがあるなら俺達の行ける範囲は大幅に拡大する。そうなれば、きっともっと価値のあるロステクを見付けることが出来る。そう考えると今から鼓動の高鳴りが止まらない。
「もし、あったらまずA地区の先に行こうか」
「えぇ、そうね。その後は…」
俺達二人はバイクがあった時の事に胸を膨らませ
話し始めた。
もしかしたら、明日が人生の大きな分岐点になるかもしれない。期待と不安でいっぱいだが今から未来のことを考えても仕方がない。兎に角、前に進もう。そうすれば、未来は現実になる。
「リナ、明日頑張ろうな」
「勿論よ」