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こんな世界の真ん中で、生きていくならあなたの近く  作者: 久浪
『彼女と彼が過ごす日々』
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(1)


最終話から時を遡って。







 知ってる。熱に襲われて寝込んでいたとき、ずっとレイジさんが傍にいてくれたこと。





 かなり、とても、これまでの人生の内で一番……なんて、言い表し方は色々あるだろうけれど、とにかく、ひどく苦しくて痛くて身体中が熱かった。

 小さい頃に熱を出して、唸っていたときの比ではないだろう。

 どれくらい、それが続いていたのか分からない。とても長い時に感じられた。

 その終わりは、とても唐突に訪れたような気がする。


 目を開いていると、いつからか自覚した。

 暗い部屋の中であることは理解できた。

 電気もつけられず、一筋足りとも外からの光もない空間だった。それでも、周りの様子が窺えた。

 何だか、不思議な感覚がする。


 仰向けの状態で、自然と見ることになっている天井は、何の変鉄もないものだが。目に映る様子だけでなく、耳にも、不思議な感覚がある。

 けれど、原因を細かく探りあてるような気力はなくて、その感覚に、ぼんやりと、少しだけ翻弄されていた。


「ハル」


 額に触れた、誰かの手。同時に呼びかけられた名前、声。

 ああ、ここは。

 そうだった。

 私がいる場所と、どうしてこうなっているのか、思い出した。


 身体は、全身にくまなく重りがつけられたみたいに、微塵も動かせる気配がしない。片腕さえも動かせないようだった。

 肌に触れている布の感覚はあるから、何かしら神経は生きているだろうけど、困ったのは、頭も動かせないっていうこと。

 自分の身体ではない感じがする。何かの入れ物の入れられたら、こんな感じがするのかもしれない、なんて思った。

 そんな私の視界に、天井以外に入ってきたものがあった。


「目ぇ覚めたか」

「――――」


 名前を呼ぼうとして、これまた思った通りにならなかった。

 でも、身体がこんな状態なのに、悲劇的な感情が生まれることなかった。

 私を撫でる手の主が、声の主が、存在が。意識が朦朧としている間にも、自分を安心させてくれていた存在だと分かったから。


「頑張ったな」


 額にあった手が降りてきて、目の下を撫でていった。

 ちょっと息がしにくくなっていたと思ったら、いつの間にか泣いていた。目尻から、伝い、流れていくものがある。

 ベッドの側にいて、私に手を伸ばしているレイジさんの顔がぼやける。


「まだつらいか」

「……ちが……っ」


 違う。

 これは、間違いなく喜びだ。


 私の目は覚めた。

 最後にレイジさんに会えたことを思うと、覚めなくたって、後悔はなかっただろう

 だけど、レイジさんが任せろって言ったなら、信じていて。目が覚め、再びこのひとを目にすると、表現できない感情が胸の奥から湧いてきた。

 自分が生きていることはもちろん。ああ良かったと、心の底から思った。


「レ、イジさ……」

「身体はまだ動かねぇか。無理に動こうとすんなよ」

「レイジさん」

「なんだ」

「私、」


 言いたいことはいっぱいあったけど、口がついていかなくて、つっかえる。出る声も掠れてしまっている。


「私、もう……」


 生きられるのか。大丈夫なのか。成功したのか。

 あなたと、生きられるのか。

 全く言葉にならなかったのに、全部理解しているように、レイジさんは「ああ」と、彼にしては穏やかな笑みを浮かべて答えた。


「もう辛いのは終わりだ」


 手が、頭を撫でる。


「何も心配すんな」


 優しい声はそう言い、肌を滑る手が、私の目を覆ってしまう。


「だから、安心して寝てろ」

「……う、ん」


 身体は、依然として重い。

 次目覚めたら、動けるだろうか。

 たぶん大丈夫だろうな、と思うのは、レイジさんが心配ないと言ったから。それだけ。

 大丈夫なんだろうって、思う。


 吸血鬼になったという実感は、まるでないのだけれど、どうなのだろう。とか、つらりつらり、とりとめもない考えが浮かんでき始めた。

 寝ろという言葉に抗わずに、目を閉じて、重い身体に眠りへと誘われているからだろうか。


 レイジさん、まだいてくれるかな。


  






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