(1)
最終話から時を遡って。
知ってる。熱に襲われて寝込んでいたとき、ずっとレイジさんが傍にいてくれたこと。
*
かなり、とても、これまでの人生の内で一番……なんて、言い表し方は色々あるだろうけれど、とにかく、ひどく苦しくて痛くて身体中が熱かった。
小さい頃に熱を出して、唸っていたときの比ではないだろう。
どれくらい、それが続いていたのか分からない。とても長い時に感じられた。
その終わりは、とても唐突に訪れたような気がする。
目を開いていると、いつからか自覚した。
暗い部屋の中であることは理解できた。
電気もつけられず、一筋足りとも外からの光もない空間だった。それでも、周りの様子が窺えた。
何だか、不思議な感覚がする。
仰向けの状態で、自然と見ることになっている天井は、何の変鉄もないものだが。目に映る様子だけでなく、耳にも、不思議な感覚がある。
けれど、原因を細かく探りあてるような気力はなくて、その感覚に、ぼんやりと、少しだけ翻弄されていた。
「ハル」
額に触れた、誰かの手。同時に呼びかけられた名前、声。
ああ、ここは。
そうだった。
私がいる場所と、どうしてこうなっているのか、思い出した。
身体は、全身にくまなく重りがつけられたみたいに、微塵も動かせる気配がしない。片腕さえも動かせないようだった。
肌に触れている布の感覚はあるから、何かしら神経は生きているだろうけど、困ったのは、頭も動かせないっていうこと。
自分の身体ではない感じがする。何かの入れ物の入れられたら、こんな感じがするのかもしれない、なんて思った。
そんな私の視界に、天井以外に入ってきたものがあった。
「目ぇ覚めたか」
「――――」
名前を呼ぼうとして、これまた思った通りにならなかった。
でも、身体がこんな状態なのに、悲劇的な感情が生まれることなかった。
私を撫でる手の主が、声の主が、存在が。意識が朦朧としている間にも、自分を安心させてくれていた存在だと分かったから。
「頑張ったな」
額にあった手が降りてきて、目の下を撫でていった。
ちょっと息がしにくくなっていたと思ったら、いつの間にか泣いていた。目尻から、伝い、流れていくものがある。
ベッドの側にいて、私に手を伸ばしているレイジさんの顔がぼやける。
「まだ辛いか」
「……ちが……っ」
違う。
これは、間違いなく喜びだ。
私の目は覚めた。
最後にレイジさんに会えたことを思うと、覚めなくたって、後悔はなかっただろう
だけど、レイジさんが任せろって言ったなら、信じていて。目が覚め、再びこのひとを目にすると、表現できない感情が胸の奥から湧いてきた。
自分が生きていることはもちろん。ああ良かったと、心の底から思った。
「レ、イジさ……」
「身体はまだ動かねぇか。無理に動こうとすんなよ」
「レイジさん」
「なんだ」
「私、」
言いたいことはいっぱいあったけど、口がついていかなくて、つっかえる。出る声も掠れてしまっている。
「私、もう……」
生きられるのか。大丈夫なのか。成功したのか。
あなたと、生きられるのか。
全く言葉にならなかったのに、全部理解しているように、レイジさんは「ああ」と、彼にしては穏やかな笑みを浮かべて答えた。
「もう辛いのは終わりだ」
手が、頭を撫でる。
「何も心配すんな」
優しい声はそう言い、肌を滑る手が、私の目を覆ってしまう。
「だから、安心して寝てろ」
「……う、ん」
身体は、依然として重い。
次目覚めたら、動けるだろうか。
たぶん大丈夫だろうな、と思うのは、レイジさんが心配ないと言ったから。それだけ。
大丈夫なんだろうって、思う。
吸血鬼になったという実感は、まるでないのだけれど、どうなのだろう。とか、つらりつらり、とりとめもない考えが浮かんでき始めた。
寝ろという言葉に抗わずに、目を閉じて、重い身体に眠りへと誘われているからだろうか。
レイジさん、まだいてくれるかな。