(7)
朝に向かっていく空は、本来ならば遠くの方から白くなっていくはずだが、厚い雲に覆われているため暗かった。
その代わり、ちらり、ちらりと白いものが地上に舞う。
空気は冷え、天気と時刻のせいか、街はしんと静かで、住人の姿はまばらだった。
雪が舞い落ちる建物の内、一つの屋根の上に、ぽつんと黒い人影があった。
小柄な姿は、季節にしっくりくる黒いコートを身に付け、頭からすっぽりとフードを被っている。
薄茶の髪がそよ風に吹かれ、漆黒の大きなフードからはみ出て、揺れる。フードの陰にある緋色の目が、地上をじっと見つめている。
その大きな目が、あるものを捉え、輝いた。
*
ちょっと早く来すぎてしまって、冬空の下、じっと待っていた。
じいっと下を見て、膝を抱えていること五分。待っていたひとの姿を見つけて、私は嬉々として立ち上がった。
「レイジさーん」
よいしょと屋根から飛び降りて、駆け寄っていくと、向こうから歩いてきたレイジさんが足を止めたのが見えた。
だから、ますます足を速める。
「その内怪我するぞ」
「うっ」
まさにその通り、その瞬間だった。
一気に飛びつこうなんて考えていたら、足が地面のどこかに引っ掛かって、転んだ。べたりと地面に張り付くことになった。
「いたあ……」
強かに打った箇所をさすりながら、身を起こしていく。
高い身体能力を有する身になりながら、恥ずかしいが見事に転んでしまった。
あははと笑いながらレイジさんを見ようとしたら、もう少し先にあると思っていた姿が、すぐ前に来ていた。
手が伸ばされて、手を伸ばした。
手が重なると握られて、ふわりと身体が浮き上がって、あっという間に立ち上がっていた。
「だから言ったろ」
「以後気をつけます!」
きりっとして言ったのに対し、かなり上にある顔は本当かよという感じで、私を見る。
思わず視線をうろうろさせてしまう。いや、本心から言ったことには間違いないのだ。
「ったく……帰るぞ」
「はーい」
笑顔で返事をしたら、先に歩きはじめて前を向く直前、レイジさんが笑ったのは見逃さなかった。
理由なく嬉しくなる。
雪がちらちらと舞う空は濃い灰色なのに、美しく見えたりなんかするのは、変わった視力によるものではないはずだ。
どんなものでも、きっとこの歪な世界でさえ、そう見える。
――あなたとの未来が約束されていて、はしゃがないわけにはいかないでしょう
「レイジさん大好きです!」
「そうかよ」
その手は私に伸ばされるのだから。
本編は完結です。
この後番外編を少し、更新します。