(3)
おじいちゃんが死ぬときに、ろくに感謝出来なかったから言えば良かったのに、私はどこまでも馬鹿だ。
いいや。今度お墓にお礼参りだ。
「……あ」
目を開けると、あの不思議な真っ白さなんてなかった。
何だか最近似たような天井を見ている、と思った。
まず自覚したことがあった。何か、目から横に伝っていた。鼻から息を吸おうとすると、上手く吸えない。
情けない。こっちでも泣くとは。
鼻をごしごししながら、私は泣いていた痕跡を抹消していく。
私は組織の建物内の、病室にいた。
とてもではないが、頭がものを考えられる状態ではなかった。涙が新たに出てこないのは、自分のことながら不思議だった。
――私の中にある、二つの能力
――収まり切らない大きすぎる力
――力に押し潰され死んでしまう特殊能力保持者
頭は、もう痛くない。目も、痛くない。
そのせいもあって、実感が湧かなくて手を眺める。
この身体は。次、私が能力を使おうとしたそのとき、どうなるんだろうか。
分からない。
分からない。
私は、どうなっているんだ。
「あ、目が覚めたんですね」
目を向けると、看護師さんがいた。目が合ってにこり、と微笑まれる。
「目が覚めたら教えて欲しいと言ってらっしゃる方がいたので、お教えしてきますね」
「え、あ、はい」
誰だろう。
ぼんやりとベッドに腰かけて待っていたら、それほど時が経たずに部屋に入ってきたのは、リュウイチさんと、レイジさんだった。
「ハル、具合はどうだ?」
「あー、大丈夫です。何があったか覚えてないんですけど、私どうしてここにいるんですか?」
リュウイチさんが教えてくれた。
何でも、私が見たあの怪物は『鬼』だったそうで、収容所から脱走して街中を荒らしていたらしい。
リュウイチさんはそれの捕縛に駆り出されていたのだとか。ご苦労様です。
鬼は捕まったという。
話し終えたリュウイチさんは顎に手をあてていたことから何か考え事があるらしい。
話を聞き終えた私は、ぼんやりする。
ここに至る直前の記憶は思い出せたが、とても今日のこととは思えない。
額に手をやっていたら、ふと、窓際にもたれてるレイジさんと目が合った。
あ、またスーツ姿だ。似合っているけど、どこかの悪い人に見えないこともないよね。
どうでもいいことを思う。
――私は、レイジさんとはおじいちゃんの葬儀ではじめて会ったのだと思っていた。でも違った。
おじいちゃんが言っていた。
その事実を忘れていたのは、催眠を本格的にかけ始めたのがレイジさんが来なくなった頃だったからだと。だから、かけた本人であるおじいちゃんの記憶は残ったけど、レイジさんのことを覚えていなかったのだ。
今思うと、「はじめて」会ったとき、私が「だれ」と尋ねたとき、レイジさんは目を見張っていたような気がする。
そもそも、普通、会ったこともないのに私のことを本名丸ままではなく「ハル」と呼ぶはずもないか。
幼い頃に会ったっきりだったから、レイジさんは覚えていないのは子どもの記憶はそんなものかと思ったのかな。
おじいちゃん、私は、私の中は今どうなっているのかな。とりあえず、まだこのひとの近くにいられるのかな。
「ハル、ひとまず今日は帰ってもいいそうだ」
「――あ、はい。……ん? 今日は?」
「今度また来てもらわなければならないようだ」
「今度、ですか?」
リュウイチさんに視線を戻すと、考え事をする仕草のままで、見られる。
「その前に聞きたいのだが、今日、気を失う前のことを覚えているか」
「……いえ、何か命の瀬戸際だったことは薄々」
頭が痛かった。意識が飛んで、おじいちゃんに会った。
私は、もしかして何か、したのだろうか。鬼が通りすぎたあと、私は、私に、何があったのだろう。
不安になった。おじいちゃんと交わした会話を思い出した。
今日は、頭の中を整理したかった。
通信端末には、友人たちから連絡が入っていた。電話をかけると、擦り傷は負ったが無事とのこと。電話が繋がらない私をとても心配してくれていた。申し訳ない。
ちなみに告白の結果が恋した友人から連絡がきていたそうで、結果は成功したしい。彼はかなりハッピーな日になっただろう。
一人で帰路についた私が空を見上げると、月と星が輝いていた。雲はどこかにいったみたいだ。
いつの間にこんなに寒くなっていたのか、外は寒くて、空は澄んでいた。
目を閉じても、私の中には、もう懐かしい子守唄は流れない。