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 それから何年か。わしは仕事を引退した。

 人間の中では、その年まで働いていたことが珍しかったようだな。

 そんなときに、レイジが訪ねてきた。レイジが家に来たのは初めてだった。聞いてきた元は大方分かる。まあそれはいい、とにかくわしは驚いた。


 実は、レイジとは何度か話をしたことがあった。ハルカと引き合わせる前にもだよ。

 だからこそ、今さら息子がいるなどと言われた日は何を今さら、だった本当に。


 レイジは迷っておるようだった。

 自分がどこに行くべきか。

 血に従うならば吸血鬼に従えばいいが、それは絶対にないと心底嫌そうな顔をしとったものだ。あの顔を、あいつに見せてやりたかったわ。ざまーみろってな。


 おっと、すまん、話がずれたか。

 それはそうとハルカ、お前はレイジによくなついておったわ。レイジもいつの間に、とわしが思うほど、ハルカに慣れておった。最初の嫌な顔などどこへやらとな。

 わしと話しておるときにレイジのところへハルカが行ったときなんて、ひょいっと膝に乗せてやっとったくらいだからなあ。

 レイジに言うと、今度はそれはもう……これはわしだけの秘密だな。まあ「あれだけしつこけりゃ、誰だってこうなるだろ」と言っとった。どうだ? 似てたか? ……そ、そうか。


 あまり喋るわけにはいかんが、レイジがわしを訪ねてきた理由は、わしがしていた仕事に興味があったからだった。

 あれは中間を取るにはピッタリだからな。

 わしもレイジがその関係の仕事をしてくれるのなら、向いているだろうと思った。

 昔も、その頃も、事件を起こした者に対抗できる人材を欲しておったからな。


 じいちゃんの仕事、話したことあったか? なかったろうなあ。じいちゃんはな、種族間の架け橋をしておったんだ、どうだ、格好いいだろう? そうだろう?


 それからしばらくして、レイジは去っていった。わしの古巣に入ったと耳に届いた。

 最後にお前の頭を撫でて行ったんだよ、ハルカ。子どもは、大人がはっとするほど聡いときがあるからな、ハルカはそのときひどく泣いておったんだ。


 レイジは人間の血を捨てんかった。吸血鬼の血は……捨てることは出来んからな。それでも、上手くそれをも受け入れたようじゃった。



 *






「省きすぎたかもしれんが、まあハルカの記憶も今は甦ってきたろうからな、こんなもんか」


 私は真っ白な場所──ここ最近見ていた夢のような場所にいた。

 ただし、身動きできない場所ではなく、動ける代わりに、何だがふわふわした感覚のする場所だった。

 それから目の前には、おじいちゃん。

 白髪、白い髭。シワの刻まれた顔。おじいちゃんそのもの。ちなみに表情は豊かです。


 私の顔といえば、ぽかーんとしていたことだろう。


「い、今さらだけど本物のおじいちゃん?」


 話をしようか、なんて、縁側に座るみたいに促されて話に浸っていたけど。


「じいちゃんだ。信じられんか?」

「だ、だっておじいちゃん……」


 死んだ。

 最期まで子守唄を歌っていって、死んだんだ。私が呼びかけても、息を最後に吐く、そのときまで。


 現実だとは思えず、かといって夢だとも思えない場所であるにも関わらず、ぼろぼろと涙が出る。

 だけど、濡れた感じがしないあたり、やっぱりここは現実ではない。


「ハルカはまだ泣き虫か、ほら来んか」

「まだって、私」


 昔だってそんなに。……泣いていたかもしれないけど、それは子どもは泣くのが仕事だって言うでしょ?


 おじいちゃんに手招きされるまま、手を伸ばすと、


「そんなに時間はないからなあ、じいちゃんがここにいるわけを話そうか」


 おじいちゃんは私を抱き寄せながら言う。

 温かいと感じるのは、思い込みなのだろうか。


「わしはもちろん実物ではない。死んだからなあ」


 涙が止まらなくなる。

 だって、おじいちゃんが死んだことを、こんなことでまた実感されられるんだから。それもおじいちゃんに。


「まずな、わしがハルカに歌っていた子守唄は、ハルカに催眠をかけるためのものだった」

「……え」


 顔を上げると、おじいちゃんは悲しそうに笑っていた。

 どうして、そんな風に笑うんだ。そんな表情を、私はおじいちゃんに見たことがない。


「ハルカの中には、二つの特殊能力があるんだよ」


 知っている。私は頷く。


「一つは、この変わった世界を正確に見る地理把握の能力。もう一つは、わしと同じ催眠能力だ」

「でも、おじいちゃん、おじいちゃんは、世界が交わる前から生きてたから特殊能力を持ってるはず……」


 世界が交わったのは、今から五十一年前。

 おじいちゃんは、それ以前にとっくに産まれている。


「特殊能力はなあ、世界が交わったときに人間の脳に何らかの異変が起こったゆえのことだから、五十一年前以前に生を受けている人にも当てはまるんだよ、ハルカ。より確率は低くなるものだがな」


 そうだったのか。それは知らなかった。


「特殊能力はなあ、神様がくれた能力なんだ」

「神様?」

「そうなんだよ。神様が、わしら人間のためにくれたものなんだ」


 ――いくつかの世界が交わったとき、全てを取りまとめる集まりのようなものが出来上がった。

 世界を纏めようとした種族、手を取り合おうとした種族、他の見たことのない種族を殺そうとした種族……それらの主な代表者たちから出来た、集まり。

 彼らは、世界についてある結論を出した。

 曰く、この世界を創造した、「つまり神と呼ぶしかないものは、いる」と。


 世界が交わった。特殊能力は、まるで、生身に何も持たず弱者となった人間の内わずかな数に、ささやかながら、他の種族とのハンデを埋めるかのようにもたされている。


「目が痛かったろう。頭痛がしたろう。子守唄が聞こえただろう」


 それが起きたことを、忘れていた。

 はじめはいつだっただろう。けれど、ついさっき、私の頭はとてつもない痛みに襲われていた気がする。

 死ぬかと思うくらいに。


 私は、素直に頷く。


「うん」

「それはなあ、ハルカ、目が痛むのはわしの催眠が働いていたからだ。ハルカの中にある力が出てこないように」

「……なんで?」

「特殊能力というものはな、せっかく神様がわしら人間のためにくれたものでも、能力保持者の中には、その力に押し潰されて早くに命を亡くしてしまう者もおったんだ」

「え」

「ハルカの中に二つの能力があるのはな、おそらく本来ハルカのものであるものと別に、わしからマナに、それからハルカに能力が遺伝してしまったことによるんだろう。人間一人に一つ。そのはずが、二つ無理矢理詰め込まれてしもうたんだ」


 マナっていうのは、私の母親の名前だ。私が一歳のときに死んでしまったという母の。


 それより、話が、わからなくなってくる。


「それでつまりは、どういう、こと?」

「ハルカの中には、収まり切らない大きすぎる力があるんだよ」


 おじいちゃんは悲しげな目をして、私の手を両手で包んで撫でた。


「身体が受け付けず、耐えきれないほどの大きな力がハルカを押し潰してしまわんように。身体に巡ってしまわんように。わしは催眠をかけ続けた。マナは死んでしもうたが、ハルカにはどうしても生きて欲しかったからな」

「お、あかさんは、」


 顔を覚えていないお母さんは、能力に押し潰されてしまったんだろうか。

 そして私は……


「それに終わりがあると分かっていても、かけずにはいられんかった」


 ろくに声が出る状態じゃなくて、見上げることしかできない私に、おじいちゃんは続ける。


「ハルカ、じいちゃんを許してくれ」


 最期の最期まで子守唄を歌っていたのもそのためだったと。少しでも長く、力を押し込め押し潰されないように、と。

 そしてそれが途切れるときに、私にすべてを話せるように、と前もって仕込んでおいた、なんちゃっておじいちゃんが出てくるように。


 じゃあ、これも催眠の中なのか。

 そして、これでおじいちゃんの力は消えるのか。本当に、おじいちゃんに会えるのは最後なのか。


 私は頭のどこかで理解しながらも、抱き締められるがままになるしかなかった。


「……おじいちゃん、私、死んだの?」


 もしかして、ここってあの世ってやつなのかな。


「違うわい」

「そうなの?」


 ちょっと安心する。

 でも。


「おじいちゃん、……私死ぬの?」


 抱き締められる力が強まった。


「ごめんなあ、ハルカ」


 おじいちゃんの声が震えていて、私は聞くべきでなかったことを聞いたのだと、遅いくらいに気がつく。


「ここにおるわしは力の残りだ。もう、ハルカの力を抑えてやることはできん」

「……」

「ごめんなあ」

「──でもさ、でも、おじいちゃん。私が、私が、ここまで生きれてたのは、おじいちゃんのおかげっていうことでしょ?」


 だからさ、


「謝らないで、おじいちゃん」


 それだけは、理解できたから。


「おじいちゃん、ごめん……私、おじいちゃんの努力を無駄にしちゃったのかな」

「違うわい。遅かれ早かれこうなっとったんだ、ごめんな、ハルカ」

「謝らないでよおじいちゃん」


 この話であれば、私の催眠の能力はおじいちゃんからの遺伝。

 今まではろくに使えない代物のはずだったが、本当は強いもの。

 でも、私には本来の私の特殊能力があるということもあって、有り余って私自身を押し潰してしまいかねないものだから、使い物になる機会が少ないくらい弱いものにおじいちゃんがしていたんだ。おじいちゃんによる催眠で。

 そうでなければ、私は、本当はずっと前に死んでしまうのだったのだ。一つの器に無理矢理乗せられた能力に押し潰されて。


 なんという、ことだろう。


「大丈夫。私意地で、頑張って生きるから」

「……そうか?」

「うん。で、さ、おじいちゃんまた会える?」

「もう無理だなあ……」


 ぐっと声が詰まる。

 おじいちゃんの腕の力が弱まってるのを、感じたから。私がもっと力を込める。


「おじいちゃん、」

「ハルカ、元気にやっとるか」

「うん。うん……レイジさんに会ったよ」

「レイジにかあ。昔はレージレージ言っとったが。そうだなあ、レイジが側におるなら安心か」

「うん。だからさ、おじいちゃん」

「うん?」

「安心してよ、おじいちゃんも」


 こうやって死んだあとも心配させてごめんね、おじいちゃん。折角休めるところに行っただろうに。

 わざわざ話をするために、思念か何かはいまいち仕組みが分からないんだけど、私の中に残っていたわずかなおじいちゃん。


「おじいちゃん」

「なんだいハルカ」

「天国ってあるの?」

「まだ来んようにな、ハルカ」


 結局あるの? ないの?









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