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こんな世界の真ん中で、生きていくならあなたの近く  作者: 久浪
『忘れた頃に鬼は起きる』
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(6)





 砲撃の音がなくなったことに気がついた二人は、そのとき走っていた。


「鬼の足止めは今どうなっている」

『先ほど応戦していたエリアは突破され、鬼は人々が密集している通りに入りました! 準備したエリアまでは予定していたルートではありませんが、あと十分程度で着く模様です!』

「分かった。……ふむ、どうやら我々の方が先に出くわしそうだなリュウイチ」


 車の通れない通りに入っていた二人。

 リュウイチの速さに合わせている褐色の肌の男が、状況を聞いたのち全く息を切らさずに後ろを走るリュウイチに話しかける。

 彼らとは真逆の方向へ行く人々が明らかに増えているが、その人波の端を彼らは行っているところだった。

 足には、気のせいではなく、微かな振動が感じられていた。


「そうだな。だが、通りが一つ隣か」

「曲がれる道があればいいがな。曲がるか」


 鬼は自分達がいる通りにはいないと察した言葉に、男は突然脇の道に入る。

 入った道には、向こうの通りからこちらに抜けてこようとしている人々がいた。が、リュウイチの前を行く男は、力ずくで押し退けて行く。


「全く避難が間に合っていないな」

「仕方あるまい、と言いたいところだが、今後の課題になるだろうな」


 狭い道を抜け、隣の道へ出た。


「あれか」

「そのようだな。攻撃準備がされているエリアはこの先だ」


 人々が道一杯に満ち、必死の形相で同じ方向へ行く。

 人々が逃げている原因を、ようやく少し遠くに見つけた二人は、また道の端に沿って進む。

 端に寄っても、前を行く褐色の肌の男には人々がぶつかるが、彼はびくともしない。それどころか、ぶつかって転びそうになった人を助けるということまで済ませている。


「リュウイチ、準備はいいか」

「準備はする必要は特にないが、あれが音を聞いてくれるといいが」

「確かにそうだ。無理だった場合は即座に撤退する」

「出来ればいいな」

「お前らしくもないなリュウイチ」

「そうか? さすがに俺も最悪の事態は考える」


 たとえ人々の叫び声にこの場が満ちていようと、リュウイチが能力を使うのに関係はない。

 しかし、当の鬼に音が届いたとして、あの図体、そして普通の行動をしていない鬼の精神状態で中にまで浸透するかどうか。


「鬼はあんなに巨大なものなのか」


 段々と姿がはっきりと、そして近づいているために大きさが大きくなっていく鬼。

 ずしん、と、身体に響く音だけでなく振動も足から直に伝わる。


「いやあれは特別のようだ。本来は十メートルもないくらいだが、あれは人を喰いすぎたのやもしれないな」


 破格の大きさらしい。ますます特殊能力が効くかどうかが怪しくなるところであるだろう。


「それから、良くない知らせだ。あの鬼の様子では、十年前より元気らしい」

「そうか」


 続けられた今さらの情報に「それを今言うか」と言いかけたリュウイチだが、それこそ今言っても何もならないと理解し、相づちだけに留める。


 鬼の寿命は、百年ほど。

 対して問題の鬼は推定九十ほど。だが全く衰えていない様子なのは、眠っていて体力を使っていなかったからということか。いや、普通は動くことさえままならないだろう。

 だが、今、動き回り、空きっ腹を満たしにかかっている。十年間何も食べていなかった鬼がどれだけ飢えているか、現在まででどれだけのものを喰ったのか。


 鬼を止められなければ、今度はこの巨大な街が空っぽになるという可能性がある。


「そろそろだな」


 リュウイチがぽつりと言うと、前の男がスピードを少し遅くする。

 その後ろで、リュウイチはスーツのポケットに手を入れる。能力の媒介にする鈴を取り出すのだ。


「大きなものにするべきだったかもしれないな」

「次は鐘を用意するか?」

「遠慮する」


 ただの媒介だ。音の響き易さは、能力によって広がる。

 とはいえ、大きくて困ることは、あの巨大な鬼に対してはない。そう考えて呟いたものの、愛用の小さな鈴を取り出したリュウイチの顔は、見ようによっては涼しげだ。


 地響きのような足音が大きくなり、対象が近づいていることを知らせる。

 リュウイチは鈴を持ち上げて、まだ離れている鬼に目を向ける。最大限の力を使うべく意識を集中させる。使うのは、鎮静能力。


 ちりん、


 と鈴が揺れる前に、


「……何だ」


 地響きが鳴り止んだ。

 鬼が立ち止まり……後ろを振り向いた。

 それだけで、一気に静かになったと錯覚しそうなものだが、人々の声がすぐに聴覚を刺激する。


 鬼の足が止まっている間に、逃げている人々が消える。

 残ったのは、なぜか足を止めた鬼。その周りに倒れる人々。


「……?」

「一応聞くが」


 鬼の足が止まったあと、知らない内に止まっていた二人。隣に並んだリュウイチに、男が目を向けずに尋ねる。


「リュウイチか?」

「いいや」


 リュウイチもまた、鬼から目を離さずに端的に答える。

 原因は分からないが、鬼が止まった。

 タイミングからしてリュウイチが能力を使ったと思えなくもないタイミングだったが、彼の鈴は鳴ってもいない。

 さながら、奇妙なオブジェのごとく止まった、それが。


「グオオオオオオォ」


 咆哮した。醜い頭を振り乱し、何かに抵抗しているよう。

 あまりの声の大きさ──鼓膜が破れるのではないかという咆哮に、二人は耳を塞ぐ。敏感な耳を持つ褐色の肌の男の方が、顔を厳しくする。


 咆哮する鬼が膝をついた。地面が震える。

 太い腕を一振り、また街が破壊される――というとき、鬼の頭上に影が現れた。

 鬼と比べると小さすぎる、普通の人のサイズ。

 しかし空から降ってきたようには見えず、その跳躍は明らかに人のものではない。

 その人物はそのまま、今度はぐらぐらしはじめている鬼の頭に落下をはじめ――何か鈍い音がして、鬼の太い首が不自然な方向に一気に曲がってしまった。


 鬼は、支えるものがとれたようになり、ぐらりと揺らぎ、次の瞬間、街中に響き渡るような轟音を立て、倒れた。激しく煙が立つ。


「――どうやら攻撃準備のエリアは無駄になったようだな」

「俺もな」

「それもそうだな。ふむ、鬼は止まったらしい、という結果はいいとして」


 地面が砕けたことによる煙が完全に晴れない内に、リュウイチと男は鬼の方へ歩き出す。


「先ほどの現象は何だったかということに……何だ」

「ああ。何かが立っている」


 言葉を継いで、顎に手を持っていきかけていたリュウイチは自らの前に出された腕に、その持ち主に目を向けた。

 返ってきた言葉に鬼に目を向ける、が


「鬼ではない」


 すぐに否定され、リュウイチはもう一度横の男を見上げ、その視線の先を正確に追う。


 通りのど真ん中、力を無くした鬼の身体……ではなく、もっと道の先。

 鬼が通ってきたはずの場所は、踏み潰されたのか、衝撃で吹き飛ばされたのか、恐怖で気を失ったのか――という人々が倒れている。

 立つ者が他にいない中、

 立つ者がいた。


「……ハル、か?」


 その姿に、今日はオフのはず。まさか、巻き込まれたのかと、リュウイチは自分の班にいる少女の名前を呼んだ。記憶力はいいので、服装が違えど姿と顔は間違えようがない。

 それでも、彼が最後に疑問をつけることとなったのは、その少女の目による。


 こちらを見ていると表すよりは向いている、というだけのその双眸は、爛々と異様な光たたえていた。

 通常と色が異なる目は、得体が知れない、と見る者に感じさせさえする。


 ちりん、とリュウイチが手に握り込んでいた鈴が、手をすり抜けて紐に宙吊りになる。

 すると、先ほどの鬼の倒れようを彷彿とさせる風に、糸が切れたように、少女の身体が傾いだ。

 小さな鈍い音をさせて、崩れ落ち、……背中が動く。手を突き、俯いている体が上下に動き、ひどく咳き込んでいるようで……


「ハル!」


 金縛りが解けたかのようにリュウイチは走り出し、鬼の横を抜け、駆け寄る。

 小柄な少女はその背を丸めて――血を口から吐き出した。苦しそうに咳き込む。

 顔がこの上なく歪み、口ではなく、なぜか頭を押さえている。


「う……」

「ハル、しっかりしろ」


 何がどうして少女が苦しんでいるのか全くの不明であるので、背を擦りながらリュウイチは声をかける。

 目の色が異なるが、これは間違いなくハルカであるとの確信を持っている。

 その目の色がすうっと元の色に戻る。

 しかし彼女は苦しげに、ぎゅっと目を瞑り、そして、その身体から全ての力が抜けた。

 口の周りに、べったりと血の跡が残り、意識を失ってもなお、顔は今までに見たことないくらいに険しかった。


「これは驚いた――まるでサコンのようだ」


 ハルカが地に打ち付けられる前に受け止めたリュウイチは、上から降ってきた声に見上げる。

 褐色の肌の男が白髪を垂れ流して、リュウイチを、ハルカを見下ろしていた。


「ジュリアン、サコンとは」

「ああ、そこの鬼を捕縛する際に、一人でやってのけたという催眠の特殊能力保持者だ。まさか同じものを見ることになるとは。目の色が変わるところもそっくりだ」


 サコン、という名前自体はリュウイチは知っていた。ハルカの祖父の名前であるからだ。

 だが、その人物がまさか鬼に催眠をかけた人物と一致するとは――別人であることは、この時点ではないだろう。

 その孫であるという少女が()()()()、鬼をどうにかように見えたのだから。

 同じ、催眠能力を持つ彼女が。


 ひゅっと空気を切る音がし、上から誰かが降りてきた。

 かなりの高さから降りてきたように見えたが、よろめくことなく、怪我をした様子もないような男はレイジだった。スーツ姿だ。


「レイジ……電話は繋がらなかったはずだが」

「親父の用事だった。それよりあれ何だ」

「鬼だ」

「鬼? あんな図体デカいもんしまってやがったのか」


 中身の見えない試験管のような形のものを持っていた彼は、手からそれを離し、口の端から流れるものを親指で拭う。容器が、落ち、割れる。


「首折ろうと思ったら折れなかった。頑丈だなありゃあ、まだ生きてる。けど思ったより簡単に倒れたのは、リュウイチか」

「いや、違う」


 リュウイチが完全に振り向いた。

 レイジが、目を見開く。


「ハル」

「生きている。怪我はしていないようだ」

「なら、なんでこんなに血が出てる」

「血は怪我によるものではない。よく見ろ」


 リュウイチが立ち上がり、近寄ってきたレイジに少女を渡す。

 そっと彼女を受け取ったレイジは、腕の中のハルカを見る。


「……吐いたのか?」

「そうだ。レイジ、俺が鬼を鎮静するより前に鬼は止まった」


 レイジがリュウイチを見る。


「話の途中すまないが、あれが生きているのならば一先ひとまず後の処理をせねばならない。レイジ、リュウイチお前たちはこの子を連れていけ。知り合いか?」

「……班員だ」

「なるほど」


 リュウイチは褐色の肌の男の問いに、一瞬のためらいのあと簡潔に答えた。

 一部始終を見て確認した男は、少女を抱き抱えているレイジをちら、と見た。


「レイジ、助かった」

「ああ」


 ぽん、とその肩を軽く叩き、背を向ける。

 

「ジュリアン」


 リュウイチが、事後処理に向かう男に声をかける。


「……善処はするが、他に見ている者がいる」


 褐色の肌の男は一度止まり、また歩き出した。

 リュウイチは、男の背中を黙って見送る。同時に、倒れる鬼を視界に映さざるを得なくなり、眉間に皺を刻む。

 

「レイジ、鬼に催眠をかけ止めたのは、おそらくハルだ」

「……成長っていうレベルじゃねぇだろ、これは。どうなってる」

「それは分からない。だが……その能力の大きさは彼女には無害ではないようだ」


 それに、隠すことは出来ないだろう、とリュウイチは静かに続けた。









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