(12)
そういえば、昔おじいちゃんと、おじいちゃんが言うには昔ながらの家に住んでたとき、家には色んな本があった。
世界が交わる前の本もあった。
その内の一冊に書いてあった、というか、おじいちゃんに読んでもらったことを思い出したことがある。いかにも恐ろしげな挿し絵が載った、その隣ページのことを。
吸血鬼という存在は今こそ――見たことがある人はあまりいないけどそれは別として――当たり前にいるという世界だ。
だけど、昔はそうじゃなかったらしい。
伝説とか、空想にすぎない存在だったようだ。
そのことを聞いた私は思った。
世界が交わる以前から生きていた人たちは、世界が交わった後の世界に何を思ったのだろう。誰もが、おじいちゃんのようではないはずだ。
おじいちゃんは、かっかっかっ、といつも笑っていた。
それはさておき、そんなことを思い出してどうしたかって?
吸血鬼の話の続きで、おじいちゃんが言っていたんだ。吸血鬼って、十字架が苦手って書いてあるって。
今思えば、それは世界が交わる以前に書かれた本だったから、人間の想像で書いてあったものだったというわけ。
つまり、「吸血鬼は十字架が苦手」ということが人間の想像上の吸血鬼では正しくても、世界が交わった後に現れた実物の吸血鬼はどうかという話。
私はそのことを思い出したとき、何も考えずに口に出したのだ。
思い出すきっかけとなったレイジさんの前で。
どうなったかと言えば、当の吸血鬼との混血であるレイジさんに笑われたのなんのって。
それだけではなくて、数日後、私が見たものがあった。レイジさんの耳についているピアスの中に混ざる、十字架モチーフのピアスだ。
レイジさんの耳に今もついているそのピアスは、そういう経緯でついたのである。
私はその小さな十字架を見るたびに、当時のことを、懐かしくも思い出す。
*
重い瞼を持ち上げると、ぼんやりした視界に、小さな十字架が躍っていた。
直後、身体の感覚があらわれる。主に痛みだ。
何だろう。何が起こったのだったか。どうして、こんなに身体が痛むのか。
――――ああ、思い出した。
肩が痛むのは、押さえつけられていたから。手が痛むのは……。
のろのろと手を上げて、見る。
血だ。
目の前に持ってきた色を見て、認識した。噛まれたのだったか。……抉られもしたか。
一番の痛みを訴える手は、真っ赤に濡れている。
……いや、それよりも今、やけに風がすごい。揺れてもいるし、何だ、まさか運搬されてる途中?
はた、と周りの状況に気がついた途端、心なしか意識がはっきりした。
自分の状況を確かめないわけにはいかず、恐る恐る掌から目を上げる。
「え、──れ、レイジさん?」
驚くしかない。
覚悟した私が見たのは、レイジさんの顔だった。目を見開いてしまう。
……あ、最初に見た十字架、レイジさんのピアスか。そうだった。
「……ああ、起きたか」
私が声をあげて、私が起きたことに気がついたらしいレイジさんがちらりとこっちを見下ろしてから、また目を前に戻す。
周りを見てみると、ものすごいスピードで景色が流れていた。
それは風がすごいはずだ。そして例によって屋根の上。
いわゆる横抱きにされて、運ばれているようだ。脇に抱えられていない時点で、違いに気がつくべきだっただろうか。
「もうすぐ病院だから寝てろ」
そんな無茶な。周りが夜だからといって、この状況で寝られるものか。
それよりどうしてレイジさん?
気になるのはやっぱりそこだ。私は、吸血鬼と一緒にいたはずなのだ。
だが、そこで思い出す。最近L班にレイジさんがいなかった理由を。
ああ、そうか。
特別編成の班は、やっぱり今日も街中を張っていたらしい。件の吸血鬼と思われる吸血鬼と遭遇した私の前に、レイジさんがいる理由はそれしかない。
つまり、事件は解決したのだろうか?
吸血鬼は捕まえたのかな。あの男の人は生きているのかな。
それから、レイジさんの顔をぼんやり見ていると、気がついたことがあった。
何だかぼろぼろだ。こんなレイジさんは、はじめて見る。吸血鬼と戦ったのかな。レイジさんからしても、やっぱり強かったのかな。
「……レイジさん」
「何だ」
「今日のは本当に、不可抗力、です」
今までも、犯人に追いかけられたり、人身売買の売られてしまいそうな側にさせられてしまったりしたことがある。
いずれも私の迂闊な部分が原因だったりした。
けど、今日は本当の本当に仕方なかったと思う。自分で巻き込まれに行ったようなものだけれど、今日は……
「んなこと分かってる」
「そ、ですか」
「いいから寝てろ」
「はー……い」
思ったよりも、体力を消耗していたのか。
頭の中では再度関わってしまったらしい吸血鬼事件のことを考える、けど、どんどん瞼が落ちてくるのが分かった。
目を開けたときにいたのが、レイジさんで良かったと思った。
ぼんやりと目の前を見ていた私の視界が、もっとぼんやりしてくる。
そして、真っ暗になった。
安心する腕の中、おじいちゃんの子守唄が、いつものように聞こえてくる気がする。