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こんな世界の真ん中で、生きていくならあなたの近く  作者: 久浪
『血を吸う者にも好みがある』
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(7)





 特別に編成された班の構成員は、七人である。

 しかし、直接吸血鬼に対処するのが七人だということで、事件に対処する全体の人数としてはかなりの規模となっている。

 次の対象も、細かい場所も絞れないという変わらぬ状況なのだ。

 受け身受け身で行くしかない状態で、街中まちなかに、かなりの人数が巡回に駆り出されている。

 事件が起きればすぐその現場を把握し、待機している面々に伝えるために、だ。


 問題の吸血鬼が出没するエリアとされている範囲自体は、そう広くはないが、狭くもない。

 けれど、そのエリアに最低限目を配れるほどの人員を投入しなければ、捕まえられない。

 吸血鬼を追える人材は限られている。


 そして、そのときは、全員が気を張り詰めているときに来る。


『二番街Cエリア、北から東の方向へ移動中! 出ました! フェイさん待機前です!』


 どうやら今夜は運がいいようだ。

 吸血鬼は、待機していたフェイの目の前に現れたらしい。


『フェイはそのまま追跡及び捕獲準備。レイジ、行けるか』

「向かってる」

『他もすぐに向かえ』


 通信機から聞こえてくる報告を聞いた瞬間に、待機場所が一番近いわけではないが、比較的近かったレイジは地を蹴る。

 責任者が彼の名前を出したのは、距離的な問題と単純な足の速さ、加えて捕獲能力という要素が揃っていたからだ。


『も、もうすぐ、追い付きます』

「早ぇな」


 時刻は、太陽は沈み、夜の闇が満ちて一時間経ったくらいの頃だ。

 星が雲の間で瞬く空の下を走る者が、今何人いるだろうか。

 その内の一名となるレイジは、耳の機械から聞こえてきた内容に感想を漏らした。

 時間がかかればかかるほど、引き離されているということを示すが、挟み撃ちするまでもく、追い付きそうなのは眼前で事件が起きたからか。

 問題の吸血鬼は北から東へ向かっている。北から吸血鬼を追っているのはフェイ。

 そして、レイジは東から挟み撃ちするべく向かっている。


「あれか」


 猛スピードで屋根から屋根へと移り走るレイジは、右前方、同じく屋根の上にある姿を捉えた。おそらく二つ。

 学習能力なく屋根の上を逃げてくれて助かるな、と思いながら、レイジはとりあえずそちらに向かう。

 屋根の上は障害物がない分、追っ手よりも足が早ければ逃げやすいと言える。

 しかし、今回は運悪く、犯行現場が待機していた者の前だったとはいえ、犯人が自分を過信しすぎているのかもしれない。

 そうでなければ、対策を打ってくるであろうこちらから逃げる確率を上げるのは障害物のある、()だ。


 視線の先で、二つの内一つの影が一瞬、僅かに揺らぐ。

 直前に、レイジの目が確かに見たものがあった。一直線に、吸血鬼に向かう弾だ。

 フェイと思われる方ではなく、正確に件の吸血鬼の方を狙った。どうやら、狙撃ポイントの近くに来られていたようだ。


『ミスった、たぶん掠ったくらいだ。やっぱ速ェよ』


 狙撃した、特別編成班の補助として作戦に組み込まれていた人物の声がした。命中はしていない、と。

 それだけでも相当なものだ。


 一方、前方では二つの影が重なった。僅かながらに出来た隙に、フェイ追い付いたか……が、姿が二つとも消える。

 下に降りたか。


「いや、フェイが追いついた」


 決着がつく目処は立ってきた。

 レイジもまた、姿が消えた地点に来るやいなや、地面に向かって飛び降りる。

 あとは相手の吸血鬼がこっちがやりあえるくらいの力であれば、と考えながら。







「問題ない。今日は帰っていいぞ」

「はい」

「気をつけて帰るように」

「はい、お疲れ様です」


 本日の業務が終了した。


 報告書を完成させて数十秒後、リュウイチさんのチェックを受けて許しを得た私は、挨拶をして帰路につくことになった。

 何だか数日前――思い出すと、四日前くらいから帰るときに必ず念押しされてる。

 未だに解決していない事件の、被害者の一人となってしまったからだろうか。


 例の吸血鬼事件は、いつ起こるか分からない。

 といっても、朝や昼には起こっておらず、夕方から夜の間のようだ。

 一日という時間の中で考えると、朝と昼という選択肢がなくなって、大分絞られている印象は受ける。けれども、事件を未然に防いだりするには、実際の時間としては長いものは長いだろう。


 かくいう今、太陽が沈んで夜に差し掛かっている。現在もこの辺りを含めたエリアで、何人もの人が吸血鬼が出てくる時を、息を潜めて待っているのだろう。

 L班含め他のいくつかの班は通常通りに業務を行っているが、少なくない班が吸血鬼の事件に組み込まれているらしい。

 どこから仕入れてくるのか、詳しすぎるサディさんによる知識なんだけど。


 今起きている事件で一番死傷者が出ている……かどうかでは、他に多いものがあるかもしれないけど、相手の危険度で言えば一番なのは間違いない。

 とはいえ、『本物の吸血鬼』を見たこともないし、詳しく知らない私は、一度それらしいものを前にしたけど、実感が湧かない。

 ただ、血を致死量抜かれていたらしい死体を思い出すと、あれを短い時間でやってのけるのは怖いと思う。


 そんなときには、無意識に首の噛まれた痕をさすってしまう。

 これは、吸血鬼ではなく人に噛まれたはずなんだけど。

 結局、なぜあの人はあんな状態だったのだろうか。錯乱状態、にしてはおかしかった気がする。

 病院では、教えてもらえなかった。


「テンマさんは最終的には解決するだろうって言ってたし、解決は、するんだろうけど……」


 歩いている場所が、犠牲者が出たと聞くエリアだと思い出す。

 吸血鬼の話は否応なしに広まって、さずかの犯人像に多くの住民が恐怖しているエリアは、人気が少ない。

 そう、人っこ一人いないわけではない。今も、団体の多腕族と見られる方々とすれ違った。


 そんなのビビってたら夕方から朝まで出歩けねえぜ、っていう考えなのかな? 

 それとも、ここ最近は連続で人間が犠牲者っていう話が回っているのかな?

 ……私もそれにビビっていたら、学校休みの日にしか仕事に行けなくなるのではある。そんな頻度じゃ、使い物にならないし。

 かと言って、帰り道はその辺りを避けようにも、ここら一帯が吸血鬼出没したエリアなのだ。

 そう考えると、私はビビりだしたらキリがなくなってしまう。


 やっぱり自転車を買うべきか。でも、自転車人口は少ないんだよね。せめて時間を短くできれば……と、関係ないことも合わせて、自転車購入を久しぶりに考え出す。


 ──正直、私はビビっているのである。

 吸血鬼の本当の脅威に実感が湧かなくとも、怯えている。

 いや、無理もないことだと思うのだ。なぜなら、私は被害の現場に居合わせたことがある。

 音もなく、いつの間にか首に噛みつく吸血鬼に、なすすべなく倒れた人々。私が吸血鬼を前にして切り傷で済んだのは、偶然かもしれないのだ。目撃したのも偶然だろうが、少し何かが違えば、私が襲われていたのかもしれない。

 一発目で狙われたのが私だったら、本当の被害者は私になっていた。


 この経験を持っていると、どうなるか。

 もしかするとこの近くに、気づいていないけど吸血鬼いるんじゃないの? というお話になる。


 考え出したら止まらなくなって、頭を一度リセットしようと空を見上げる。

 星が見える。

 対吸血鬼事件の特別編成の班の皆さん並びに巡回に当たっている方々は、同じ空の下で、警戒に当たっているのだろう。

 頑張って下さい。

 レイジさんも巡回しているのだろうか。と考えが至ったところで、彼が今私を見たならば早く帰れって言うだろうな、と思う。


「……帰ろ」


 私は、走ってさっさと帰ることにした。



 






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