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こんな世界の真ん中で、生きていくならあなたの近く  作者: 久浪
『血を吸う者にも好みがある』
32/67

(2)





「ちくしょ、ここまでこき使われるとは思ってなかった」

「同感」


 学校の正門に向かう、私と友人たち。

 外は薄暗い。

 太陽はもう見えないけど、まだ隠れきっていないらしいその微かな光が、辛うじて空を薄暗い程度にしてくれている。

 私と友人は、正門への直線の道を歩きながら、愚痴を垂れ流していた。


「騙された。楽だって、早く終わるって言ってたのによー」

「ほんと詐欺あれ。ありえない。というより待って、完全に巻き込まれで、とばっちり」

「まあまあ」


 友人の言葉に頷きながら同意していたけど、事実を思い出した。


 時は放課後。

 そう放課後、だ。

 どうして長期休暇に入ったのにも関わらず、学校に行っているのかには理由がある。

 友人の一人が、定期テストの一つを落とした。そのため彼は泣く泣く補習に出席していた。

 短い補習は今日で終わり。

 狂喜乱舞のメールが来て、異なる友人から、祝ってあげようとメールが来た。

 何のお祝いだ。


 何はともあれ、学校に行くと、補習が終わって、妙なテンションで友人が教室から飛び出てきた。「自由だ!」と。

 私は何だか笑えてきて、帰りに一緒に寄り道だと、つられてハイタッチしたり、らんらんしていた。


 しかし廊下で騒いでいたそのとき、一人の先生に声をかけられることとなる。

 内容は、ちょっとだけ手伝ってくれないかというもの。楽だし、働きようによっては早く終わる、と。

 私たちは顔を見合わせた。「えーどうする」だ。

 しかし相談する前に、テンション高めの友人のテンションが斜め上に行った。引き受けたのだ。


 ところが、実際先生について行ってみて、あったものとは、大量の紙だった。

 一メートルは積み上がっているものがいくつもあるのが、私の目に見えた光景。

 「じゃあこれ仕分けしてね。方法は……」とか何とか、先生の言葉を傍らに、友人たちと無言で視線を交わした。

 やばい騙された。

 だがしかし、気がついても後の祭り。

 私たちは説明を終えた先生の無言の促しによって、ため息をつきながらも、それぞれ紙のタワーの前に立った。


 それから数時間の格闘を終えて、今帰路につけたというわけだ。

 ああ達成感。やってやったよ。「意外と早かったね」という先生の言葉を聞いたときには、やっぱり騙されていたと感じた。


「働きようによってはとか嘘だった」


 思い出すと、愚痴にきりがなくなる。

 確かに私はあの手の仕分け作業は、手伝いでよくやっている。

 だけど、だ。

 それとこれとは別ものだ。よく考えよう。今日のあれは無賃金だ。

 いや、そういう問題ではないかもしれないけど。


「もう騙されねーわー」

「とりあえず今日はもう解散ね」

「うえ、マジかよ」

「だってあんたが変に引き受けちゃったんじゃない」

「あのときは解放感で」

「何が解放感よ」

「じゃあばいばい」

「え、ハルカ早っ……まあしょうがないか、じゃあ今度な!」

「ばいばいハルカ!」

「うん、じゃあね」


 寄り道せずに帰るとなると、友人たちとは帰る方向が違うので、私だけ正門を出た段階で、手を振って別れる。


「……あーまさかのまさかだった」


 せっかくの私のオフ! 

 ため息が止まらないけど止める。まあいいか。


 世の中の人も今から帰るのか、それとも飲みに行くのか。はたまた、今から仕事という人もいるのか。通りはそこそこの人が歩いている。

 その中を、私は私で、肩にかけている鞄の持ち手を持ちながら、他の人と同じくらいのスピードで歩く。

 今さら早く帰ろうなんていう考えもなく、周りの人の一部として。


 だから、『それ』が起こったのが隣で運が良かったのか、遭遇した時点で運が悪かったのか。


 急に風が吹いた。


 と思ったら、その風は私の近くに()()()()()

 漠然と感じ取った感覚があったが、理解できない感覚だった。

 それを理解する前に、吸い込まれるようにして、右手の方を見た。足を、止めた。


 何か、黒いもの、がいた。正確には、黒い衣服に、頭から足まで覆われているひと、か。

 黒いものが、誰かに覆い被さっていた。一体、何をしているのか。

 理解は出来ないが、異様な光景であることは間違いなかった。


「何して、」


 無意識から音が零れた瞬間、黒いものがこちらを向いた。

 衣服で顔も何も見えないけれど、動作で振り返ったとは分かって、突然のことにギクリとした。


 直後、ひゅっ、と風が吹いて、目線の先から黒いものが消えた。

 ぱち、と瞬くと、──何かに首を捕まれた。目の前には、『黒い誰か』がいた。

 数秒前、少し離れたところにいたそれが、目の前に来て、すっぽりと被られたフードから初めて肌色が見えた。

 人、か。何か。

 にたりと、いやに赤い唇が弧を描き、近づく。

 ──頭の中で、警鐘が鳴った。

 『これ』は、危険だ──!


 反射的に、フードの奥の目を探し、瞬時に力を入れる。


「いった」


 刹那、首に走った痛みと、熱い何かに撫でられたような――例えるなら、舐められたみたいな――感触に気を取られて目を閉じてしまった。

 次、目を開くと、目の前にいた『何か』はいなくなっていた。

 まさしく、風のように。


 たら、と首を何かが伝う。

 私が何かを見かけて、消えるまで、一分も経っていない。それこそ瞬く度に何かが起きていたようで。

 事態が把握できていない中、ぼんやりと手を持ち上けで首に当てたら、指が一本、乾いた感触でないものに触れた。


 これは、血だろうか。と、思い当たったところで我に返った。

 血?

 手のひらを見ると、確かに手は血に染められていた。

 なぜ。さっきのあれが、何か、したのか。しかし、あれは何だったのか……。


「あれって……」

「誰か倒れてる」

「大丈夫か、あんた」


 手のひらを見下ろしていた私は、周りがざわざわしていることに気がついた。

 騒ぎの原因、周りのほとんどが足を止めたりして見ている方を視線で追うと──さっき、私が黒いものを見つけたところだった。

 私は、正体は分からないが見たもの思い出し、胸騒ぎがして、足早に近づく。


 人の間から覗き込んだら、


「ぎゃあああああぁ」


 叫び声が、横からダイレクトに聞こえて、びびるどころではなく、とにかく驚く。

 ぎょっとして見たのはすぐそこ。

 人の向こう。

 衝撃的な光景があった。


 人が、人に、食らいついている。


「何してるんだ! やめろ!」

「きゃああ!」


 一気に倍騒然とする。

 口許をおさえて凝視する人、逃げる人、止めようとする人。

 私も目を見張って見ながらも、目を疑っていた……が、食らいついている人を止めようとした人が、今度は、食らいつかれた。

 一方、今まで噛みつかれていて、口を離されたばかりの人の喉が、真っ赤に染まっている様子が見えた。


「ちょっ、」


 これは駄目でしょ。こんな時間にこんな場所で……とか関係ないけど、堂々と何をやっているんだ。

 学校帰りの一学生ということは忘れて、私は足を踏み出す。

 踏み出して、噛みついている人の腕に手をかけてから、思い出した。

 あ、今仕事中じゃない。武器持ってない。やばい人に反撃されてもこっちがまずい。

 この順番で、思い出し。


 そのため、こっちを向いた人の動きに、ついつい手を離して後ろに下がった。

 けれども、常軌を逸した目つきを見てしまって、動きが鈍る。このひと、まずい。危険だ。


 数秒後、瞠目する。


 何、今、何されてる。

 喉に違和感と、痛み。

 頭が見下ろせる。

 立てられる歯の、リアルな感触が伝わってくる。


「……う」


 明らかな身の危険に、今日二度目、ほぼ無意識の危機感が働く。

 今までぼけっとしていた腕を振り上げ、拳を叩き込む。間髪いれずに膝も入れる。

 相手はどうも人間だが、申し訳ないという気持ちは一切ない。

 首にあった感触がなくなり、少し距離を置く。


 特殊能力を使うのは、原則勤務中のみ。許可証を携帯しておかなければならない。という規則が頭を過ったものの、関係ないと頭の中で一蹴する。さっきもう使った。

 この人はまずい。

 特殊能力を使うべく、顔が上がるのを用心して待っていると、顔が上がった。

 よし。目に力を入れて……


「くれえええ」

「……っ!? ったあ」


 突進されて、身体が飛んだ。

 まさかのまさか。そんなに勢いよく向かってくるとは。

 頭を打って、視界が滲む。

 突発的な涙ではなく……意識が朦朧として、手が伸ばされる光景が見える。

 はっきりしない視界で、目だけでなく眉間に力を入れて近づいてくる人に特殊能力を叩き込んでやった。

 間一髪、ぐらりと身体が傾いだ。たぶん。

 こっちはこっちで意識がどんどんぼやけていく上に目が痛くなって、目を閉じたら、余計くらりとしてきた。

 視界がない中、私は誰かに横たわらされて、一度意識を楽な方に持っていく。

 つまり、意識を無くす。



 *





 私が物心ついた頃から、今は亡きおじいちゃんが歌ってくれていた子守唄がある。おじいちゃんが死んでしまった今も、私の耳に残っている。

 例えば眠りに落ちるその直前や、目が覚める、という直前に聞こえてくる気がするのだ。

 きっと、おじいちゃんが歌ってくれたものの名残だろうけど、今でもこれじゃあ、おじいちゃん離れ出来ていないのかもしれない。

 ああ、ほら、また聞こえる。懐かしい唄。






「……あ、」


 目を開けると、最近も見たような景色が広がっていた。

 最近といっても、肩の怪我と背中の怪我が完治するくらいには期間が空いているはずなんだけど。


 私は病院にいた。


 白い天井を真っ直ぐ見ていた目を、横たわっている部屋に向け……たが、ベッドの周りにカーテンが引かれている。

 これまた白い色で、私の視界のほとんどは白だ。

 久しぶり、この景色。嬉しくないよ、この景色。


「私、何で」


 ここにいるんだったっけ。

 ここに至るまでの記憶を掘り出すべく、目を閉じる。すぐに思い出せない。

 ええっと、今日は確か友人と先生にこき使われた。それは今日だったか……?

 何か空白ができているような感覚に陥る。でも、それ以外に最新の情報はない。帰って、部屋にたどり着いた記憶がない。

 じゃあ、その前か。

 学校を出て、道を普通に歩いていて……ここだ。


 道端での騒動を思い出した。

 普通ではない様子の男性。

 喉に。

 異物感を思い出して、目を開く。


 首の正面に手をやると、何かで覆われている。ガーゼがテープで止められているのか。

 ……なるほど、あれは現実だったらしい。

 それにしても何が起こったというのか。

 喉以外には特に身体に異変はない。打った記憶のある頭にも痛みはない。

 そこまで確認して、上半身を起こす。


 制服のスカートを意味なく整えて座り、どうしたものかと考える。

 とりあえず何ともなさそうだから起きたことを伝えて、帰ろうか。


「あ、目が覚めたんですね」

「は、はい」


 傍に畳んであった制服の上着を取って羽織ながらベッドから降りようとしていたら、ベッドの周りを囲んでいるカーテンが開けられた。

 顔を覗かせたのは、白い服装の女の人。看護師さんか。

 突然で若干浮いた声で返事をしてしまった。ちょっと恥ずかしい。


「身体に違和感などはないですか?」


 だがそんなことには気がつかずに、中にいる私が起きていることを見つけた看護師さんは、カーテン内に入ってくる。

 そして素晴らしい笑顔と共に、確認の問いをこちらに投げ掛ける。


「ないです」


 ベッドの下に置いてある靴を履きながら答える。


「それは良かったです」


 「道で突然だったそうですね。周りの方が対応して下さったみたいですよ」と、手に持つボードに挟まれている紙に何かを書き込みながら、看護師さんは、私が覚えていないところを教えてくれた。

 しかし、その笑顔が、眉が下がったことによって申し訳なさそうなものになる。

 何だろう。

 私は軽くベッドに腰かけたまま、看護師さんを見上げる。


「本来ならこのまま帰って頂けるんですけど……。このところ続いている事件に関係があるようなので、少し待っていただくことになるかと思います」


 事件? 


 







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