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こんな世界の真ん中で、生きていくならあなたの近く  作者: 久浪
『海が楽しいのは最初だけ』
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(2)





 数日後、すべてのテストが返ってきて、私は補習対象にもならずめでたく長期休暇だけど、順調に仕事。


 汽車で五時間、さらに車で三十分。

 着いた場所は、海に面した小さな街。

 どうやら住んでいるのは人間の割合が多いが、海が近いからか魚人もいる。

 魚人とは、人魚の下半身が魚であるのに対し、魚の要素もありながら下半身には二本の脚を持っている種族のこと。

 魚のように海の中でも呼吸が出来て、自由自在に泳げるけれど、陸では生活出来なさそうな人魚とは異なり、陸と海を行き来して暮らしているひとがほとんどらしい。

 人魚と近い種族だが、近いだけで、共に暮らしてはいない。


 それから、獣人のひとたちともすれ違った。

 どうも聞くことによると、この街、海が観光スポットみたいで、ホテルがいくつかあって私たちはそこに泊まるらしい。

 海が真っ青で綺麗である。



 *




 ……なんで、私、釣りなんてしてるんだろう。


 目の前に広がる、どこまでも続く海。

 ああ、水平線が見える。太陽はまだ出ているけど、だいぶ下の方にあって、水面はきらきらと輝く。

 防波堤にて、私は釣竿を横に座っている。落とした視線の先には、ぷかぷかと浮くうき。足は、だらりと空中に垂れている。


「お、釣れた釣れた。これで六種類目かな。毒があるものを除いたら今日の夕食にしてもらえるかな? いやあでも是非とも毒があるものは毒を採取して持って帰りたいね。もしかすると新しい薬のヒントになるかもしれないし、意外と」


 後方では、今の状況を満喫している方が一人。言わずもがなサディさんだ。

 こんなところでも白衣は着用している。もしかして普段着兼ねてる?


「ハルくん引いてるよ?」

「え、あ、はい」


 どうやら、魚を少し離れたところのバケツに入れにきたらしいサディさんが、通りがかりに教えてくれる。が、逃げられる。

 私は落ち込まない。淡々と次の餌をつけて、また糸を放る。


 直に地面に座っているので、後ろに手をついて、息を吐きながら軽く上の方を向く。

 手に当たる固い石の地面は、朝から快晴の空の下にあったにも関わらず、熱くはない。

 南に来たとはいえ、こっちもまあまあひんやりとはしてきているようだ。


 私だって、数時間前までは滅多にしない釣りに、何というかはしゃいでいた。それはもう一匹釣れるたびにはしゃいでいたのだ。


 ――「おおぉ釣れた! 釣れましたよレイジさんっ」

 ――「良かったな」

 ――「また釣れたっ」


 だが今はどうだ。もう釣れなくても構わない、とさえ思っている。

 要は、疲れと飽きが来た状態。

 のめり込むほど、釣りに惹かれはしなかったみたい。

 しかし、飽きたとしてもここから離れるわけにはいかない。釣りはやめてもいいけど、あとやることがない。から、私は一応釣りを続けている。


 というのも、犯人が人魚であるとして、海に潜るという方法をとるわけにはいかないからだ。

 潜ったとしても人魚を見つけられるとは思えない。彼らは海の深い場所にいるとされている。

 それに、これは言わなくとも当然だろう、海は広いので探す場所が絞れない。

 そして私たちがここにいる理由はただ一つ。ここに出没した件数が一番多いから。

 とはいえ、同率で海上の船の上、っていうのがあるけど、そっちはリスクが高いのでここで様子見だ。


 幸い事件は毎日起きているわけではないし、一、二件目のときはまだしも、三件目が起こるとさすがに地元の人も海に近づかないようにしているらしい。

 漁は別みたいだけど、小舟でなければ大丈夫のよう……今のところは。

 小舟だと、海面からでも手が届くんだろうな。


 そうやって海の近くに近づくことを控えられても、海は目玉の観光スポット。観光業をストップさせられるのは、痛手になるかもしれない。

 解決には、そんなに日数はかけられない。


 けれどもまあ、今日はもう望みは薄いだろうな。沈んでいく太陽に、ぼんやり思う。

 私の座っている横の延長線上では、レイジさんがフードをすっぽり被って、寝転がっている。もう釣りもしていない。

 違った。思えばこのひと、元々釣りはしてなかった。

 ちなみにリュウイチさんとテンマさんは、こことは違う街での別件に行っている。泊まるホテルは一緒だ。


「人魚って何食べるんだろ……」


 少し離れた海面で何かが跳ねる。魚以外にないだろう。

 人魚も魚を食べるのかな。まさか人は食べないだろう。返しているようだし。あ、海藻とか貝っていう選択肢もあるか。

 何だか、まだ見ぬ人魚の食生活が気になり出してきた。

 それだけ暇っていうことには目を瞑る。


 種族によって、当たり前に食生活は異なる。

 人間は牛や豚などの肉、魚、野菜等を食べる。しかし魚人のほとんどは、魚は食べないらしい。魚も魚を食べて生きているはずだけれど、微妙に異なる部分の一つなのだろうか。不思議。

 獣人は人間に限りなく近い食生活のようだけど、それも個々によって微妙に異なる。


 ……これらのことが分かっているのは、彼らが他の種族と共に生活していることが多いからだ。本当の意味での共存である。

 けれども、同じ世界に詰め込まれても、他とは関わりたがらず、その姿を滅多に現さない種族の食生活は不明。

 人魚もそのひとつというわけだ。


 あ、釣れた。

 引いていたので、今日でつかんできたタイミングで引っ張ると魚一丁。流れ作業で、目の前に持ってくる。

 で、姿を拝んだ瞬間、軽く仰け反る。


「……これは……」


 ……すごくリアルな人の顔の魚だ。

 人面魚の中の一種類だろう。心なしか情けない顔に見えないこともない。

 びちびちと尾が暴れて、水が微かに飛ぶ。冷たい。


 私が釣った中では人面魚は初なので、逃がさない程度に持って立ち上がり、種類分けされているバケツのところに向かう。

 人面魚はどこだとバケツを覗き込むと、色々とえげつない、魚? となりそうな魚の入ったバケツがあった。もちろんスルー。サディさんが釣ったやつだろう、あれ絶対毒持ってる。


「おっと、あ」


 ひとつひとつ覗き込んで、人面魚のバケツを見つける前に、手の中の魚が一番の足掻きを見せる。最後の力でも振り絞ったのか、という感じ。顔は必死なものだった。

 私は思惑通りにか、人面魚を離してしまった。……が、落とした場所が悪い。


「…………」


 必死な顔が落ちた先は、鋭い歯並びで凶悪犯感が増している魚のバケツ。

 ぼちゃん、とありきたりな音がして、再び生命力に溢れた姿を見る前に、一気に水が赤黒く濁る。

 私はその数秒での出来事を見てしまって、なんとも言えなくなる。きっとあの中で、私が釣った人面魚は……。


 無言で何秒。

 私は静かに目を逸らして、周りを確認する。よし、サディさんはこちらにあったことに気がついている様子はない。まだ楽しんでいる。


「サディさん、水汚れてるんで、換えてきますね」

「お、そう? ありがとう」


 いえいえ、私が汚したようなものなので。

 私は出来るだけ魚だけを、予備の水の張ったバケツに移す。

 次いで、濁った水の入ったバケツを持ち上げて防波堤の下、海に向かう。


 大丈夫、犠牲になった魚は私がさっき釣った魚だけで、サディさんが釣った凶悪犯感のある魚は無事だった。水を交換すれば何もなかったことに。そうなる。


「……あんな凶悪な魚がいてもいいのかな」


 そっと海に水を流していると、流れる中に骨が見えた。ごめんね魚。でも、どうせ食用なら食べられてたか。人面魚って食べられるのかな。

 とりあえず、恐るべし弱肉強食。

 私はしみじみと自然の厳しさを感じながら、バケツを濯ぎ、海水を汲む。


 その手を掴まれる。


 掴まれる。


 がしっと。


「え?」


 海の中に入れたバケツ。バケツを持つ私の手。私の手を掴む、冷たい白い手。


 ゆらり、と揺れる海面の、その透き通る水の奥に目を凝らす。ゆらり、白い手に繋がるものが、顔を出す。


 女の子?


 出てきたのは、長い髪の女の子。出てきた上半身は頭からびしょ濡れ。当たり前かな、海から出てきたし。


 …………海から?


 今、街には規制がかけられている。自主規制だけど。

 しかし、あんな事件が起こって、親が子どもから目を離すものだろうか。

 私はそこまで考えて、視線を下に、下にずらす。海面の方へ。女の子が出てきている、海の中へ。水中に光ったのは、


「うろ……っ」


 鱗。

 その声は、幼い姿に似合わない力で引っ張られて、意味を成すまでに至らなかった。

 ぐらりと前のめりに傾いた身体。とっさに踏ん張ろうとしたけど、突然の加わった力の強かったこと。

 私の眼前に水が迫る。海。


 私は、目を瞑った。








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