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(2)




 午後三時。


「まあまどこお」

「私、どうすればいいの」


 迷子。


 *




 事の発端は、数日前の学校でのやりとり。私の休みは、友人たちにジャックされることとなった。


 そしてその休日。

 朝から友人たちと遊びに出かけていた。

 といっても、放課後の付き合いが悪すぎてか、放課後の寄り道の延長のようなものから始まり、ここら辺で一番大きいショッピングセンターに向かうこととなった。

 ゲームセンターに行ったり、何か変なぬいぐるみばっかり置いてある店をのぞいてみたり、服を見たり……していたところまでは良かった。


 問題は昼食のあとだった。

 一週間前にオープンしたばかりのエリアに行くともう大変。混雑してるったらない。

 その混雑具合に拒否したい私に構わず、友人たちはすごい乗り気で、進むにつれて隙間がなくなっていく人混みの中に突入。


 その三十分後、迷子という名の私が出来上がっていた。

 ……迷子だなんて認めない。

 絶対はぐれたのは私だけじゃない。皆はぐれてる。でもはぐれたことに気がついていないかもしれない。

 私は人混みを抜けてきたけど、まだあの中にいるんだろうなあ、と、もう二度とごめんのエリアの出入り口を見ていた。


 

 そうして現在、隣には小さな男の子がいる。

 何歳くらいだろう。三歳くらい? 

 小さい子と触れあう機会がないから、正確な年齢が分からない。

 こんな状況になったのは、出てきたエリアほどではないにしろ、混んでいる通路から壁際に避難していたとき。

 この子が泣きべそをかきながらやって来た。きょろきょろと不安げな目を揺らしながら私の隣に歩いてきた理由は……同じ匂いをかぎとったのだろうか。

 迷子、という。

 そうだとしたら失礼極まりない。私は断じて迷子ではない……はずだ。

 壁に寄りかかって、隣の子どもを見ることもう数分。


「ぼく、迷子なの?」


 腹をくくってしゃがみこみ、目を合わせて口角を上げる。

 この子は、他に壁にもたれかかっている誰かではなく、確かに私の近くに寄ってきた。だって、明らかに距離が近いし。


「ま、まま、いない」

「そっか、ママとはどこではぐれたの?」


 うるうるとその瞳に涙の膜を張りながらも答えられるあたり、人見知りでなくて助かる。

 ああ、私の傍に寄ってきた時点で、人見知りの線は消えているのかな。


「あっち」

「あー、そっ……か……」


 はぐれるだろうね。

 子どもが小さな指で指した先は、私が出てきたエリアだった。

 そう、人でぎゅうぎゅう詰めのエリアだ。子どもと手を繋いで行くだけでは、絶対離れてしまうだろう。

 あ、今、また子ども連れの女の人が入ろうとしている。あ、男の人もいるみたいだな。どうせならパパが抱き抱えて……あ、入った。

 思わず立って、観察していたが、ふと上着が下に引っ張られている感覚に気がつく。


「ん?」


 下を見ると、子どもが私の服を掴んでいた。


「おねえちゃん、抱っこ」

「おー……いいよ。おいでおいで」


 なに、結構重いね、ぼく。

 全く人見知りではない強者つわものの要求通りに、その脇に手を入れて抱き上げる。こんな感じかな、と目の前を通り過ぎていった親子の格好を真似しながらだ。


 ほとんど同じ目線に来た子どもの顔を見ながら弟がいたらこんななのかな、とぼんやり思う。

 子守りに自信なんてないから、泣かないでくれるこの子に私も呑気なものである。


「おねえちゃんも、ママとはぐれたの?」

「おねえちゃんは友達とはぐれたんだよ」


 今さらだけど、おねえちゃんっていう響きが新鮮すぎる。自然と口元が緩む。

 よいしょと子どもの位置がしっくりくる抱え方に固定しながら、子どもの無邪気な問いに、私は再び混雑するエリアに目を向ける。

 若干遠い目になっていることは分かっている。


「ママはどんな格こ……服着てるの?」


 このくらいの子どもって、どこまでの言葉が理解できるかふと疑問に思って、言葉を変えながら尋ねる。

 私はいいとして、この子だよね。迷子を見つけたときの義務。母親を探すべくの問いかけ。


「ままは……。みどりと、」


 上が緑なのだろうか、下が緑なのだろうか。

 そんなことを考えて、たどたどしく喋っている子どもの言葉が終わってから聞けばいいか、と子どもの言葉の続きを待つ。


「みどり」

「み、緑と緑?」

「うん」

「上も下も?」

「うん。上のふくも、下のスカートもみどりだったよ」

「そっか」


 つい、子どもを凝視する。

 そっか、上も下も緑色か。緑一色か。すぐ見つかるかもね。

 でも、人がすごいから……。

 通り過ぎる人。人。しばらく人波を追う。けど。


「ぼく、迷子センターに行こっか」

「まいご?」


 すごくヒントになる服装を聞いたものの、この人の数では見逃す可能性が高すぎる。それに、こちら側に出てくるとは限らない。

 私は、自分の手に負えないことを悟って子どもと目を合わせる。

 首をかしげると共に、単語を繰り返す声が返ってきた。

 気のせいでなければ、何だかすごく眠そうになっている。眠いの?


「ママやパパたちとはぐれちゃった子が行くと、ママたちが迎えに来てくれるところだよ」


 おそらくね。


「そうなの?」

「うん。おねえちゃんも一緒に行くから、行こうか」

「う、ん」


 目をこする子どもの口調が、舌っ足らずを増す。

 「寝ててもいいよ」と言いながら、すでに寝かけている、見方によると図太い子どもを眺め、私は壁から背を離す。

 子守唄代わりにふんふん鼻唄を歌いながら。

 はぐれては困るので、子どもを抱えたまま歩き出す。それにしても重い。


「――ハルちゃんじゃん」


 横からの肩を叩かれ、声をかけられ、鼻唄を止めて顔を向けると、


「……え、テンマさん?」

「すごい偶然」


 なんと、いつものように帽子を被ったテンマさんがいた。

 偶然って、偶然すぎるだろう。

 たしかに場所としては、被ってもおかしくはないけど、この人の多さで。同じ時間に同じフロアって。

 目を疑う。


「ところで、何歌ってたの?」


 ……聞いていたのか。

 やばい恥ずかしい。

 人多くてざわざわしてるから、子ども以外に聞こえないかな、と思ってたんだけど。

 鼻唄を聞かれていたらしい。

 テンマさん耳がいい。その耳を隠している帽子に一瞬目を向けてから、私は、口を開く。


「私のおじいちゃん作の子守唄です」


 出来るだけ平然と。胸さえ張って堂々と。


「へえ……で、この子弟? それとも隠し子?」

「迷子です」


 足を止めて向き合うと、当然目が行く、私が抱き抱えている子どもを見て尋ねてくる。

 子守唄だと聞いてそれ以上突っ込まなかったのも、子どもの姿があって納得してくれたからか。

 ありがとうぼく。いや、この子がいなかったらそもそも鼻唄歌わなかったのかな。

 それはそうと、弟はまだしも、隠し子ってテンマさん。どうせわざとだろう。


「迷子って、ハルちゃんが?」

「この子がですよ。確かに私もはぐれちゃってますけど」


 それもわざとですよね? 楽しそうに笑っているテンマさん。


「もしかしてボーイフレンドとでも遊びに来てんの?」

「男女混合、友達ですよ。学校の」

「何だつまんねーの」

「テンマさんこそ、誰かと来てるんじゃないんですか?」


 恋人と来ててはぐれるって最悪のパターンでしょうよ。

 そもそも、テンマさんどこから現れたの。面白味のある答えを期待していたらしいテンマさんに、今度は私が訊ねる。


「あー、そうそう。今待ってたとこでハルちゃん見つけた」


 「女の子のお手洗いは気長に待ってあげなくちゃなんねーかんな」と、頭から取った帽子をくるくるさせながらの返答である。

 どうやら、女の子と来ているらしい。


「っていうのは嘘で、男のダチと来ててトイレ待ちは本当」


 嘘かーい。しれっと嘘をついて、しれっと種を明かすテンマさんにずっこけそうになる。


「まあそれはどうでもいいけど、ハルちゃん」

「はい」

「止めちゃったけどどこか行くとこだったんでしょ?」

「あ、そうでした。迷子センター行くんです」

「それはそうか、その子迷子なんだっけ。いってらっしゃいハルちゃん、また仕事でね」

「はーい」


 どうやら好奇心で声をかけてきたテンマさんと別れて、私は改めてこの子と迷子センターへ行くことにする。


「ついでにハルちゃんも名前呼んでもらえば?」

「嫌ですよ!」


 歩き始めてすぐに後ろから飛んで来た言葉に即答する。

 出来ることなら、友人の呼び出しをしてやりたいくらいだ。

 しかし、私には最終手段がある。




「じゃあ、よろしくお願いします。じゃあね、ぼく」

「はい、責任を持ってお呼び致しますのでご安心してください」

「おねえちゃん、ばいばーい」


 迷子センターに子どもを預けて、手を振ってくれる子どもに手を振りながら歩き出す。

 そういえば名前聞かなかったなあ。まあ、また出会うとは限らないし。

 

 そして私はというと、そののちやっとあのエリアを抜け出せたという一人から電話がかかってきた。

 最終手段とは、電話だ。

 と、いうことで、私は再び子どもと出会った場所でもある場所に戻り、その友人と合流。他の友人も一人一人合流してくるのを、クレープを食べながら待っていた。

 やっぱり皆、はぐれてバラバラになってたんだね。








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