(9)
それから再び病室で眠っていた私が目を覚ましたのは、一日後だった。
目を覚ましたときには、もう、事件について全てのことが明らかになっていた。
まず、人狼が二体だった件。
人狼たちは兄弟だった。
フェイさんが捕獲したらしい方が兄、私が襲われて、気絶した後にレイジさんが捕獲したらしい方が弟。
そして、あの場に二体共がいた理由にもなるが、事件の真相。
弟の方の人狼は病気らしく、不安定なようなので、兄の方が全て話したらしい。
全ての始まりは、弟の人狼が『病気』になったことだったようだ。
その病気とは、本来人と狼の姿を自分の意思で自在に変えられる人狼が、意思とは関係なしに狼となり、加えて、理性が欠片もなく「獣そのもの」の状態になってしまうという、病気だった。人狼特有の病気と言える。
人の姿にも戻れるが、何かに当たり、衝動を発散しなければ、戻れない状態だったという。
原因は不明で、治療もできず、ずっと兄の方が止めていた。人の姿でおさえられるはずなく、自らも狼になって。
しかし、次第にエスカレートしていった。狼になっているとき、弟の方はより不安定になり、ある日弟は狼のまま外に出てしまった。
それが、今回の事件の一件目の夜。
探しに出た兄は、その現場を発見した。
弟の方の人狼が、殺人を犯してしまったのだ。
一件目のとき、兄の人狼は、弟をそのまま連れ帰った。二件目も同様。
しかし、三件目では少し状況が変わった。一、二件目に遠吠えしたのは犯人である弟だったが、三件目は兄だったらしい。
衝動が少し落ち着いた弟を見つけ、帰ろうとしたとき、テンマさんに見つかってしまったのだ。
あのときのテンマさんの言っていた内容には、二名いるとは入っていなかったと思うが、その時点では弟だけが狼姿、兄は人の姿だったようだ。
探していたのは狼で、あの大きな体だ。人の姿が見えていなかったり、気に留めなくてもおかしくない。
テンマさんと遭遇し、兄は慌てて逃げた。逃げ、一度姿を消したところで──弟を別の方向へやり、自らも狼の姿となり、別の方向へ向かった。
そして、遠吠えした。あたかも、犯人の人狼はそちらに逃げていったと思わせた行動。
そうして、レイジさんとフェイさんが遠吠えをした兄の方を追いかけ、私が、弟の方と出くわした。
一件目以降、兄が弟を家から出さないようにするなど、何が何でも止められなかったのは、もう看病することと、不安定な弟を止めることの限界を感じていたからだったと語ったそうだ。
しかしとっさに弟を庇う行動をした。罪悪感からだろうか、ただの家族愛か。分からない。
人狼だけあって、普段の生活では人の姿で生活しているという彼は泣いていたそうな。
そのことを聞いた私も、何だか切ない気持ちになった。
ちなみに、病気の弟さんは病気が進行しており、ますます人間に戻りにくくなっている状況になっている模様。
あの人狼は病気だったから目が虚ろだと感じて、一度誰かを襲った後だったから、私はすぐには手にかけられなかったのかもしれない。
これから彼がどうなるか、私には分からない。
ということはもう解決したのでよしとして、レイジさんは今回は何も破壊しなかったらしい。
じゃあいつもそうすればいいのにという目を向けてしまうと、「面倒だろうが」と言われた。
目を向けた瞬間、病室でのやり取りは夢だったのではないかと頭に過ったことは秘密だ。
たぶん、きっと、夢ではないから。
何はともあれ、私は包帯を何ヵ所かに軽く巻かれて、数日でめでたく退院した。
何かよく分からない治療をされたんだけど、あれが良かったと推測する。
酷い傷が、とりあえず裂け目がなくなるところまで急激に回復し、当初の予定を大幅に削って退院となったのだ。
サディさんの口利きだったとか。
結果的にはありがたいのだが、得たいの知れない治療は、そのときは恐怖を感じたことは忘れないだろう。
怪我の大きさからすると、短かったけれど、入院で休日と平日を潰した私は、しかし満ち足りた感情を持ち、久しぶりに思える学校に行くこととなる。
*
「レイジ」
レイジが呼ばれ、振り返ると、リュウイチがいた。彼は、手にしていたものを軽く上げてみせた。
「これは、不要になったと理解してもいいか」
ぐしゃぐしゃの紙だった。
この組織を辞めるために、最低限必要な書類。一度、レイジがハルカに突きつけたもののようだった。
どこから見つけてきたのか、リュウイチが持つそれを見て、「ああ」と短く肯定したレイジは、窓の外を見た。
「……『死んでもいい』って馬鹿か」
「ハルが、言ったのか」
レイジは、そうだともそうでないとも言わなかった。
ただ、窓の外を見て、
「どうしようもねぇな、リュウイチ」
どうしようもない、のは何か。
レイジは漠然と言っただけだったが、リュウイチは問い返そうとはしなかった。レイジの隣に立ち、窓の外を見る。
外では、退院して、さっき一度この建物に寄っていた少女が、弾むような足取りで敷地を出ていくところだった。
――いつもと変わらぬ短期での事件解決後、以前と異なる距離ながら、安堵を抱く少女と、もう一度少女を守るチャンスを得た男がいた