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こんな世界の真ん中で、生きていくならあなたの近く  作者: 久浪
『犯人は意外とそこら辺にいる』
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(1)




 街灯がちらほらと並び、オレンジ色の光が、真っ直ぐ伸びる道を照らしている。

 私は、茶のレンガ造りの建物が並ぶ道沿いを走っていた。

 大きめの薄手のコートが風に煽られ、身体に張り付く。高い位置で一つにくくっている髪が、走るたびに左右に大きく揺れて、金色に近い薄い茶色の毛先がちらちらと視界に入ってくる。

 呼吸は乱れ、苦しい。

 追っていたはずの姿は、もう前方には見えず、それでも追い続けなければならない。

 そのとき、後ろから一つの影が私の影を覆った。


「何とろとろ走ってる」


 後ろから悠々と追いついてきたのは、長身に真っ黒な服装、黒い髪、赤い目をしたひとだった。


「レイジさ……、全力です!」


 まったくもって理不尽だ。

 私の足が遅いわけではなく、レイジさんの足が速すぎるだけなのに。

 背後から現れたレイジさんは息を乱すはずがなく、軽く歩いているのではないかというくらいに、軽く尋ねてくる。

 だから全速力で走っている私は懸命に全力であることを伝える。というか、見て分かるはず。

 この呼吸の乱れようが見えないか、聞こえないか。……とは口には出さないけど。


「前、犯人、あそこの、角曲が、りました」


 指差したのは、一番近い一メートル先の角……ではなく、遥か遠くの角。

 現在、とある事件の犯人を追っている最中。さっきまで、その姿はまさに前方にあった。

 私から連絡を受けて来たレイジさんは、指で示された前方を見て、私の方に視線を戻す。


「見えないのは俺だけか」

「あはは、レイジさんに、……見えないのにっ、私に見えるは……っいったああああぁ」


 走り息を切らせながら喋っていると、とうとう舌を軽く噛んでしまった。

 喋るか走るかどちらかに絞るべきだった、とかいう後悔はすでに遅い。

 急な痛みに悶え、足の運びがぐんと遅くなる。


「馬鹿か」

「い、たい……」


 一瞬舌が取れてしまったのではないかと思ったくらいの衝撃だった。

 涙が勝手にじわりと滲み出てきて、苦しいことと重なって、とりあえず一回走るのを止めたいと思った。


「しょうがねぇな」

「うおわっ⁉」


 突如太もも辺りに違和感と、足が何にもつかなくなった頼りない感覚、その代わりにしっかりと身体を支えてくれる安心感が表れた。

 気がつけば、レイジさんに腕一本ですくいあげられていた。

 走りながらにも関わらず、流れるような出来事にとっさの声が出たが、女の子らしい悲鳴にすればよかったと若干後悔する。

 いや今さら無理か。


「あーらく

「落とすぞ」

「すみませんでした」


 流れる景色のスピードが、倍になった。さすがレイジさんである。


 私が走っていくよりも余程早く、示した角を曲がり、細い道に入る。

 犯人はとっくにそこを曲がったあとだったため、姿はない。


 街灯の光が届かない。

 その暗さに、私は懐中電灯はどこにしまったかと灯りを求め、身につけた薄いコートのポケットに手を突っ込む。

 が、何の手応えもない。

 次に、下に着ているシャツのポケット……は、そもそも入れられない。パンツのポケット……にも入るはずなし。と、いうことは。


 ない。

 意識しなくとも整えていた息を思わず潜め、服の上から全身をくまなく手で確認する。パンツから下は靴しかないから確認する必要がない。

 コートのポケットに膨らみがなかった時点で、嫌な予感はしたのだけれど。


「何探してる」

「懐中電灯です」

「忘れたのか」

「ぽいです」

「ぽいって何だ。……ったく」


 レイジさんの顔は比較的近いから見える。

 彼は呆れた顔をしたが、懐中電灯を忘れたらしい私は、取り残される恐れはないし別にいいか結論を出した。

 そうして服をごそごそするのを止めたところで、……膝に固いものが落とされる。

 なにこれ。

 外装が冷たくなっていて、細長い。これは……。


「懐中電灯ではないですかレイジさん」

「いるなら持ってろ」

「肝試し回避だ。ありがとうございます」


 嬉々として、暗闇回避アイテムのスイッチを探し、早速つける。


「ふざけてんのか」

「不可抗力ですすみませんでした」


 明るいライトが一直線に向かった先はレイジさんの顔で、照らされた彼は額に青筋を一本立てたような気がした。気がしただけ。だって私はすぐに目を逸らしたから。

 きらきらと、レイジさんがじゃらじゃらつけているピアスに光が反射していた。


 何はともあれ、気を取り直して前方を照らすと、途端に見つけたものがあった。犯人ではない。


「これと鉢合わせか」


 呟いてから、もう少し歩いたレイジさんが足を止めると、私はその前に現れた「もの」に懐中電灯の光を当てる。

 正体は容易に分かり、顔を軽くしかめる。


 まず懐中電灯の光に照らされる黒っぽい液体が見えた。傍にあるものから流れている。

 傍らにあるものはというと、事切れて壁際に横たわっている髪の長い、たぶん服装と体つきから見ても性別は女の人だった。

 すでに命はないと察することができる身体を、照らす。


 白いタートルネックだと思われる服の大部分は、赤黒くなっていた。

 もしも、大きな水溜まりのようになっている液体が身体から流れている様を見なければ、その服を黒色だと判断したかもしれないくらいに染まっている。

 腕の部分などのわずかな部分に白が覗いていたから、元々は白色の服だと分かったというわけだ。


「ったく笑ってるな、野郎」


 近くで舌打ちが聞こえた。


 追っていたはずの犯人が、逃げる途中でまたも殺人を犯してまんまとその姿は眩ましていった。私たちはここで立ち止まる他ない。

 もう走ることはないと、地面に降ろされる。


「見たところ、これまでと同じく十字に切られていますね」

「だろうな」


 すっぱりと切れた服と、同じく――綺麗にと言うと何だが――切られた肌。深い、深い傷だ。

 骨まで切り裂かれていることだろう。細かく調べて照合してもらわなくとも、レイジさんと私が思っている通り、これまでと同じ犯人で、追っていた犯人の仕業だ。


「リュウイチに連絡しろ」

「はい」


 目の端にまた一人増えてしまった犠牲者を捉えながら、コートのポケットから通信端末を取り出す。登録してある番号を呼び出すと、コール一回で繋がった。


「あ、リュウイチさんですか。ハルカです。犠牲者が増えました」


 






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